石やレンガ、コンクリートブロックを積み上げて建築物を作る組積造(そせきぞう)という工法は、エジプトのピラミッドの時代から存在し、どこでも手に入る材料で住環境が良い建物を建造できることから、現在でも世界人口の60%の人々が組積造の建物に居住している。しかし、組積造の建物には地震に極めて弱いという大きな欠点がある。しかも組積造の建物の多くが地震多発地域に存在し、過去100年の世界の地震による犠牲者のうち80%が組積造の建物の崩壊で亡くなっている。2023年2月に発生したトルコ・シリア地震でも、崩壊した建物の多くは組積造の建物だった。
組積造の建物の耐震強化は喫緊の課題となっているが、既存の耐震技術は導入に高度な技術や機械が必要であり、簡単に利用できるものではない。しかも、組積造の建物に居住している人の大多数を占める中流〜貧困層は、自身が住む建物の耐震強化に費用を出す余裕がない。その結果、組積造の建物の耐震強化は進まず、地震が起こるたびに多くの犠牲者を出し続けている。
東京大学生産技術研究所で特任助教を務める山本憲二郎(Kenjiro Yamamoto)は、組積造の建物の耐震強化を目的に、樹脂と繊維を混ぜ合わせた耐震塗料を共同開発した。建物改修会社に勤務していた鈴木正臣が開発したコンクリートのコーティング材をベースに、耐震塗料として改良したものだ。この塗料を組積造建造物の壁に塗布して、2週間ほど乾燥させると建造物が強い耐震性を持つようになる。塗布には特殊な技術を必要とせず、世界中の多くの地域で現地生産できるため安価で提供でき、耐震強化に費用を出す余裕がない中流〜貧困層にも利用しやすい。組積造住宅は定期的な外壁の塗り替えがされるため、その際にこの塗料を塗るだけで、建造物の耐震性能を大きく高めることができる。
山本は東京大学大学院在学中の2019年1月、耐震塗料の実用化を目指してAster(アスター)を鈴木らと共同で創業。JICA(国際協力機構)と連携してフィリピン政府に学校建物の耐震強化を提案し、現地2カ所の学校建物に施工した。施工した建物は、その後数度の地震に見舞われたが無傷のままだという。さらにAsterは現地で活動する民間建設業者にも耐震塗料を提案している。
(笹田 仁)
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