水素と大気中の酸素を反応させて発電する燃料電池は、温室効果ガスなどの有害な物質を排出することなく電力を発生させることから、脱炭素社会の構築に不可欠な存在と考えられている。しかし、酸素と反応するカソード(正極)の触媒に高価で希少な金属である白金を使用しているため、コストが高く、普及が進まないのが現状だ。白金を使わない触媒の研究も進んではいるが、性能で白金を超えるものはなかなか現れない。
東北大学学際科学フロンティア研究所で助教を務める阿部博弥(Hiroya Abe)は、血液中のヘモグロビンが酸素と結合する力に着目し、金属錯体青色顔料とカーボン材料という安価な材料でヘモグロビンの活性点に似た構造を持つ生物模倣触媒を合成。白金触媒を凌駕する世界最高級の性能を発揮することを実証した。2023年にはこの生物模倣触媒を搭載した微生物燃料電池を設計開発し、白金触媒を使用した燃料電池を超える発電能力を実現した。阿部が開発した生物模倣触媒は、高価な白金を使わず、溶液プロセスという簡易で量産可能な方法で合成できるため、燃料電池の低価格化につながる技術として注目を浴びている。
阿部の研究の基礎にあるのは「生物を学び」「生物に学び」「生物を超える」という考え方だ。血液中のヘモグロビンから着想を得て燃料電池用触媒を開発したように、ムール貝が持つさまざまな基盤に接着する特性からヒントを得て、神経伝達物質であるドーパミンを使用した接着剤を開発したり、生物が持つ微細な多孔質構造を模倣した撥水・親水材料を開発するなど、阿部は生物が持つ優れた構造や機能からヒントを得て科学技術に取り入れる研究に取り組んでいる。阿部はこの考えを基に「生物模倣工学(Bio-inspired Engineering)」の確立を目指している。
阿部は東北大学で研究に取り組む一方、自身が開発した燃料電池用生物模倣触媒の開発と生産を目指して2019年7月にAZUL Energy(アジュールエナジー)を共同で創業し、取締役としても活動している。AZUL Energyはすでに3億円以上の資金を調達し、2021年には水素生産用水電解システムを開発しているイタリア・デノラ(De Nora)と資本業務提携を締結するなど、生物模倣触媒の商業規模での実用化に向けて着実に研究開発を進めている。
(笹田 仁)
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