量子コンピューター分野ではこれまで、演算の基礎となる量子ビットの数と基本性能において、超伝導素子を用いる超伝導量子コンピューターが研究開発をリードしてきた。ただし超伝導量子コンピューターは、量子ビットの性能の点では実用化に最低限必要とされる動作精度は達成されているものの、集積化の点では依然として実用化には程遠い。
半導体量子コンピューターは、超伝導量子コンピューターに後れをとったものの、半導体集積技術との相性から集積化に適していると目されており、近年は企業も研究開発に参入するなど産業・社会的にも重要性が急増している。そうした中、理化学研究所の野入亮人は、半導体量子ドット中の電子スピン系を用いる半導体量子ビットの基本操作精度を向上させ、さらに、集積化につながる技術を開発することで、半導体量子コンピューターの実現可能性を飛躍的に高め、量子コンピューティングの研究開発に新たな指針を与えた。
野入は、独自の試料設計と操作条件の最適化により、少数の半導体量子ビット系における基本操作精度を世界で初めて実用化に必要なレベルまで向上させ、同系が超伝導系と同等の性能を持つことを示した。さらに、高い基本操作精度をもとに、半導体量子ビット系で初めて量子誤り訂正の原理検証に成功。集積化における主要課題である配線問題についても、離れた量子ビット間の量子結合技術を独自の手法で確立し、世界に先駆けて大規模化に向けた道筋を示した。
こうした野入の成果により今後、大手半導体企業を巻き込んだ半導体量子コンピューターの研究・開発が加速することが期待される。半導体が持つ高い集積性を利用した汎用量子コンピューターが実現すれば、創薬、材料科学、財務モデリング、配送や交通の最適化、天気や気候変動の予想など、幅広い社会課題の解決に貢献できるだろう。
(中條将典)