農業は土地があればどこでもできるというものではない。作物の栽培に適した肥沃な農地が必要だ。名古屋大学大学院で人工土壌の研究に取り組んでいる西田亮也(Ryoya Nishida)は、鉱物やバイオ炭などの物質を土壌に作り替える技術を開発している。非土壌である多孔質担体に微生物を固定し、硝酸生成能を付加することで、自然土壌と同じように有機肥料を与えながらの植物栽培を実現するものだ。国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構が開発した技術に、バイオ炭の前処理、微生物培養などに関する西田独自の技術を融合させ、実用化した。
この人工土壌は、およそ1カ月を土作りに費やすだけで、有機栽培が可能な土壌に仕上がるという。一般には、慣行手法で栽培していた土壌を有機栽培が可能な土壌に転換するには、土作りに3〜5年の期間が必要となる。
西田の技術では、バイオ炭を活用することで、農地に従来よりも多くの二酸化炭素を固定することも可能になる。一般的には農地の土壌容量に対してバイオ炭は最大20%程度しか導入できないが、西田が開発した技術ではバイオ炭100%の土壌でも作物の栽培が可能になるためだ。人工土壌で、従来は農業に向かなかった土地を農地に転用することを可能にし、バイオ炭土壌で農地にさらに多くの二酸化炭素を固定することが可能になったのだ。
西田は学術研究を進める一方で、人工土壌技術の実用化を加速するため、スタートアップ企業のトーイング(TOWING)を共同で設立した。現在は同社の最高技術責任者(CTO)も務めている。トーイングでは、西田が開発している人工土壌を活用してビルの屋上でハーブを有機肥料で栽培したり、農地に最適なバイオ炭人工土壌を農家に提供したり、バイオ炭人工土壌を活用して栽培した苗や作物も販売したりしている。
さらに、大手建設会社である大林組との共同実験では、月の砂をマイクロ波やレーザーを用いて建材化する大林組の技術と西田の技術を組み合わせることで、月の模擬砂から多孔体を設計・製造し、それを土壌化してコマツナ栽培を実証した。将来、人類が月や火星で暮らす日が来たとき、その場で作物を栽培できれば輸送物資量を大量に削減できる。「ベランダから宇宙基地まで高効率活持続可能な畑を展開する」という西田の目標は大きい。
(笹田 仁)