スマートフォンやノートパソコン、最近では電気自動車など、リチウムイオン電池は活躍の場を広げ、今では世界になくてはならないものになった。だが、リチウムイオン電池には課題がある。電池の重量当たりの蓄電量(エネルギー密度)が上がらなくなっているのだ。電気自動車がこれから本格的な普及期を迎えるに当たって、これは大きな障壁となる。1回の充電で走行できる航続距離が伸びないということだからだ。また、従来のリチウムイオン電池はコバルト、ニッケルなどの希少材料を使用しているため、コストダウンにも限界がある。
そこで全世界の電池メーカーや自動車メーカーは次世代電池の開発に取り組んでいる。その1つに挙げられるのが、電解質に液体ではなく固体を利用した全固体電池だ。カリフォルニア大学ロサンゼルス校の博士課程で次世代電池を研究している勝山湧斗(Yuto Katsuyama)は、性能向上だけでなく価格低下も重視して新たな電池材料を選んだ。
それが、炭素、窒素、酸素、ナトリウムなどの基本元素である。コバルトやニッケルなどの希少材料を使わず、地球上に豊富に存在する材料で高性能な次世代電池を作製したのだ。
勝山は共同研究者らと、世界最高容量のスーパーキャパシタやナトリウムイオン電池の開発に成功した。これら電池はリチウムを使用せず、プトロン(水素イオン)やナトリウムイオンを使用するため、値段が大幅に抑えられる。また、電池のコスト削減・エネルギー密度向上の手法の1つに「電極の膜を厚くする」というものがある。なぜなら、電極(エネルギーを貯める部分)が分厚くなることで、電池部材(エネルギーを貯めない部分)の使用量が減り、電池全体における電極の重量比率が増大するからだ。ただし、単純に厚くするだけではイオンの移動経路が長くなるだけで、電池として機能しないものになってしまう。勝山らは市販の3万円以下の3Dプリンターを使って複数の細孔径を持つ3D炭素電極を作製し、電極内のイオン拡散経路を確保しながら電極を厚くすることに成功。従来の10倍以上の厚みのある電極でも高速なイオン移動を可能とし、世界最高容量のスーパーキャパシタ・ナトリウムイオン電池負極の開発に成功した。
(注:スーパーキャパシタとは、電池のように多量のエネルギーを貯めることができるだけでなく、キャパシタ(コンデンサ)のように高速(数十秒~数分)で充電ができるエネルギー貯蔵デバイスのこと。)
さらに勝山が、日本の東北大学との共同研究において開発した電池は有機物を使用することから「有機電池」と呼ばれるものだ。ただ、有機電池には電圧を2.5V以上に上げることが難しいという難点があった。そこで勝山らは、それまで研究の対象となりにくかった5角形型の有機分子(クロコン酸)に注目し、有機電池に取り入れ、出力電圧を4V級まで高めることに成功した。この結果、蓄電容量は従来のリチウムイオン電池の約4倍にまで向上した。電気自動車に応用できれば1回の充電で走行できる距離が4倍に延びるということになる。
勝山は米国を拠点に研究者として活躍する一方、2022年5月に日本で東北大学発のスタートアップ企業「里山エンジニアリング」を共同で設立。現在は最高科学責任者(CSO)を務め、「バイオマスから作成する環境に優しい高性能有機電池」の商業規模での開発にも取り組んでいる。
(笹田 仁)