量子コンピューターでは、「量子アルゴリズム」と呼ばれる量子コンピューター専用のアルゴリズムが必要となる。ただ、現在の量子コンピューターは、ノイズの影響によって計算に誤り(エラー)が生じる可能性がある上に、希少な実機を利用するためのハードルも高い。そこで、量子アルゴリズムを開発する上では、エラーがなく利用しやすい従来のコンピューター(古典コンピューター)上での検証が必要不可欠となっている。
鈴木泰成(Yasunari Suzuki)は、古典コンピューター上で利用できる量子回路シミュレーター「Qulacs(キューラクス)」の開発を主導し、オープンソース・ソフトウェアとして公開した。量子コンピューターのシミュレーターはIBMやマイクロソフトも提供しているが、Qulacsの特徴はその高速な処理速度にある。Qulacsは、単一の計算機ノードで量子コンピューターをシミュレートする複数のベンチマークにおいて、世界最高速の記録を達成。現時点で27万回以上ダウンロードされ、グーグルや富士通が採用するなど、世界中の量子アルゴリズムの開発者が利用する存在となった。
日本の量子コンピューター研究を牽引する代表的なイノベーターである鈴木にとって、Qulacsはその膨大な成果のごく一部に過ぎない。学生時代に量子計算の実験に取り組んだ鈴木は、現在の技術の延長線上ではメガビット級の量子コンピューターの実現は難しいと考えたという。それ以来、大規模かつ現実的な量子コンピューターの設計と最適化に取り組み、多くの実績をあげてきた。
その1つに、集積化された量子ビットを演算装置として抽象化し制御するシステムの開発がある。このシステムでは、抽象化によるハードウェアの詳細とプログラムの分離、膨大な量子ビットの自動かつ並列的な校正(calibration)の2つの機能を実現した。超伝導量子ビットの集積化を目指す国家プロジェクトでも、大規模デバイス制御の基盤として利用されている。
量子コンピューターを制御するプロセッサーの設計、実装にも取り組んだ。量子ビットは通常の計算機でのメモリ素子に相当し、高速な計算にはプロセッサーに相当するデバイスが必要だ。だが、従来の研究は量子ビットの品質向上と集積化に注力しており、エラー耐性のある高速な演算機構は理論的な提案に留まっていた。鈴木は、高速な量子演算を実行するアーキテクチャーを実装レベルに具体化し、速度や性能を評価する基盤を構築した。
鈴木は、「産業的に有用な量子計算を実現し、量子情報処理を活用した社会を開拓することが目標」だと述べる。物理学と計算機科学の分野を横断する鈴木は、大規模な量子コンピューターの開発を加速し、世界に先駆けた実用化に向けて精力的に研究を進めている。
(中條将典)