高度経済成長期(1960年代〜70年代)以降に急ピッチで整備された日本の社会インフラの老朽化が今、深刻化している。少子高齢化による人口縮小社会の到来へ向けて、こうした社会インフラをいかに長く維持・管理していくかが、日本が抱える大きな課題の1つとなっている。
さまざまな社会インフラの中でも特に管理が難しいのが、橋梁やダム、港湾などの水中構造物だ。長く使い続けるには定期的な点検が欠かせないが、水中構造物の場合、地上からは水中の様子を確認できないため、実際に潜って調べる潜水士が必要となる。潜水士の仕事は常に危険と隣り合わせであり、専門的な技能が必要なことから、今後増え続けるであろう点検ニーズに対して、担い手が不足していくのは確実だ。
そこで期待されているのが、人間の代わりに水中に潜って「目」となってくれる水中ドローンだ。海洋調査などに使われる従来の無人潜水探査機(ROV:Remotely Operated Vehicle)は大型で取り扱いが難しかったが、伊藤昌平は重量28キログラムと軽く、アタッシュケースに詰め込んで持ち運べる小型の水中ドローンを開発した。強力な推進力を持つこのドローンは水深300メートルまで潜航でき、フルハイビジョンの高精細カメラで撮影した映像を見ながら、ゲーム機感覚で操縦できるものだ。すでに、ダムのひび割れ箇所の特定といった点検調査などで実際に使われている。
大学でロボット工学を学んだ伊藤は、ロボット機械・電気・組込ソフトウェアの3領域に精通するエンジニアとしてキャリアを積んできた。一方で、幼少期から持ち続けていた深海への個人的な興味から、当初は趣味として水中探査ロボットの開発をスタート。およそ10年間かけて完成させ、2016年に水中ドローンの開発・製造を手がけるフルデプス(FullDepth)を設立した。
水中ドローンの活躍するフィールドは、社会インフラの維持・管理だけではない。長期の気候変動や海の生物多様性の研究、海底資源の開発などにも役立つ。伊藤が作った水中ドローンの試作品は、バッテリー駆動型の小型水中ドローンとしては世界初となる水深1000メートル到達にも成功している。
最終的に伊藤が目指しているのは、「海のストリートビュー」を作ることだ。「海の情報を可視化し、水中に当たり前にアクセスできる世界を実現していきます」という伊藤の夢は壮大だ。
(元田光一)
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