ジュリア・ジョンは、遺伝子編集ツール「クリスパー(CRISPR)」が興奮に沸いた黎明期に、マサチューセッツ州ケンブリッジのブロード研究所(Broad Institute)の遺伝子編集の権威、フェン・チャン教授の研究室にやってきた。研究室でジョンは、「ゲノムスケールのスクリーニング」の世界に飛び込んだ。CRISPRなどのツールを用いてヒトゲノムの2万の遺伝子の一つひとつを変えて、何が起こるかを観察するのだ。
幹細胞でよく実施されるこうした遺伝子スクリーニングは、生物学のロジックをより広い視野で捉えようとするデータドリブンな研究所にとって最重要課題となっている。
幹細胞は理論上、どんな細胞への分化も促すことができるとされる。しかし実験室においては作製が困難、あるいは不可能ですらある細胞も多い。細胞が何に分化するかを決めるのは、転写因子とよばれるタンパク質だ。しかし、どの因子がそうなのだろうか。人間の体内には1500以上の因子がある。
ジョンは当初、幹細胞を神経系細胞に変える一つの因子を発見した。しかし、ジョンの研究は、より大規模なプロジェクトへと進化した。一つひとつの転写因子を幹細胞に加えて、それらの細胞の振る舞いに各因子が与えた影響を測定してみてはどうだろうか。
ジョンが1月に発表した研究結果は、個別の転写因子が幹細胞の特性にどのように影響するかをまとめた「アトラス」だ。最終的な目標は、「非常に制御された形で、どんな種類の細胞も作れるようになることです」とジョンは言う。
特定の細胞の供給は医薬品や新しい治療の試験に役立つ可能性がある。転写因子を研究する他の科学者は、ヒト卵子を人工的に作ったり、はたまた若返り治療のカギをもたらしたりする組み合わせの発見を目指している。「私たちはスクリーニングをするとき、単なるリストを作っているのではありません。目的を持ったリストなのです」とジョンは言う。「常に最終目標があるわけです」。
(アントニオ・レガラード)