ジャニス・チェンは、電子レンジほどの大きさの機材を詰め込み、ウーバーの車に飛び乗っていた。当時、カリフォルニア大学バークレー校の博士課程に在籍していたチェンは、自身が開発した新しい技術を使って病院の医療用サンプルからヒトパピローマウイルス(HPV)を検出するため、ある研究所に招かれていた。
成功するのに時間はかからなかった。遺伝子編集ツールであるクリスパー(CRISPR)を使ったチェンの検査は、ほぼ毎回ヒトパピローマウイルスウイルスを検出でき、病原体検査の新たな方法になりそうだった。チェンは、CRISPRの共同発見者であるジェニファー・ダウドナ教授や他の数人の学生とともに、新世代の検査機器を開発する企業を共同創業し、マンモス・バイオサイエンス(Mammoth Biosciences)と名付けた。
診断ビジネスに参入するのは容易ではない。確立された技術を持つ数社が独占しているのが現状だからだ。現在、チェンはマンモスの最高技術責任者(CTO)として、40人のチームを率いている。チェンは、10代の頃にチェスのプレイヤーとして過ごした経験が現在に活かされていると言う。チェスを通じて、一手一手ポジションを築き、意味のある犠牲を払い、競争相手の心の中を読む方法を学んだそうだ。
チェンはソルトレイクシティで育った。両親は中国からの移民だった。弟はフィギュアスケートの世界チャンピオンで、オリンピックのメダリストだ。チェンは、兄弟とともに、「情熱を持てるものを見つけ、それを大きく前進させるためにベストを尽くしなさい」と両親に言われて育ったという。
チェンは何年もチェスの手を研究して過ごしたが、父親の経営するバイオテクノロジー関連企業でアルバイトする中で、本当に興味を持てるものを見つけた。その企業で、チェンは初めて遺伝子を複製し、バクテリアの遺伝子を操作したのだ。
チェンはその後、ジョンズ・ホプキンス大学で、DNAのパーツから酵母細胞の全ゲノムを組み立てるという現在進行中の大規模プロジェクトに協力する機会を得た。当時学部生だったチェンが担当したのは、単純な作業だ。それでも、その場では生命が一から設計されており、チェンもその研究の一員だったのである。
チェンは博士課程で、2012年にCRISPR編集技術を共同開発したダウドナ教授のバークレー研究所に在籍することになった。
チェンはペースの速い研究に参加し、さらに多くの種類のDNA編集技術を発見し、それらの新たな使い方を把握した。特定の遺伝子編集酵素を診断検査に利用する方法を実証したのだ。チェンの検査は、サンプル中にウイルスDNAの特定の配列を見つけ出し、それを切断し、結果を知らせる蛍光シグナルを放つことができた。
それが感染症検査に十分利用できそうだったので、商品化を試みるために2017年にマンモスを共同創業した。
そこに、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が発生した。2020年春、標準検査の展開につまずいた米国食品医薬品局(FDA)は、マンモスをはじめとする数十社の中小企業に対し、開発した新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)用検査を急きょ販売できるようにした。危機的状況であったため、財布の紐も緩んでいた。パンデミックが始まって以来、マンモスは政府から3000万ドルの資金を獲得している。
現在、マンモスは自社製品の初の商品化に向けて準備を進めている。既存の検査キットよりも少ない人的介入で、公衆衛生研究所が1500件の新型コロナウイルス感染症の検査を同時に実施できるキットだ。
(Antonio Regalado)
2022年2月14日14時20分更新:チェン氏の兄弟に関する説明に誤りがありました。訂正します。