「折しも米中貿易摩擦が注目されていますが、仮にこの問題がなかったとしても、中国は今後もオープンな姿勢を継続することは間違いありません」。
富士通総研経済研究所の趙 瑋琳(チョウ・イーリン)上級研究員がそう断言するのは、この路線を裏付ける中国の国家としてのグランドデザインがあるからだ。
MITテクノロジーレビューが主催する「MITTR Emerging Technology Conference #7」が7月12日、東京都内で開かれた。テーマは「チャイナテックの衝撃〜世界一の技術大国を目指す、中国のイノベーション戦略を読み解く〜」。
登壇した趙氏は講演の中で、「今年は1978年の『改革・開放』から40周年となる重要な節目の年」と指摘した。改革・開放以降、中国経済は高度成長期に入り、ピーク時は年二桁パーセントの成長を続けたが、2012年、ちょうど習近平政権になったころから減速を始めている。
「年間6%台の成長率の安定的な維持を志向する『新常態(New Normal)』という言葉がいまでは定着しています」。
かつて中国は、輸出向けの製造業、公共インフラへの投資を中心に急激な成長を遂げた。だが、それらが飽和点を迎え、経済発展のモデル転換が迫られた末に中国政府が着目したのが、「創新発展」(イノベーションによる発展)の方向性だ。政府は2015年に2つの関連政策を打ち出した。製造業の競争力向上、デジタル化・スマート化の戦略をまとめた「中国製造2025」、インターネットとあらゆる産業を融合させる「インターネットプラス(互聯網+)」である。
さらに、第13次5カ年計画(2016〜2020年)の5つの発展方針の筆頭に、「イノベーションによる発展」が明確に示された。今年3月の全人代では「イノベーション国家」というキーワードがさまざまな場面で強調され、インターネットやビッグデータ、人工知能(AI)などのテクノロジーを核に、デジタルエコノミーを加速するという戦略が鮮明になっている。
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量から質への飛躍を目指す
「イノベーション国家たりうるために、2020年に向けて中国政府が設定した数値目標がある」(趙氏)という。
それが「GDPにおける研究開発の支出の割合(2.5%以上)」「特許登録の数(世界5位以内)」「学術論文の数(世界5位以内)」「技術進歩寄与度(TFP)(60%以上)」という4つの指標である。このうち、特許と論文の数は2015年の時点で目標をクリア。GDPにおける研究開発支出の割合も特に民間企業の伸びが顕著となっており、2015年時点で2.06%まで達している。TFPも55%と進捗は順調だ。
趙氏は「目標に向けて確実に進捗できるのは、国を挙げた体制があるから」と指摘する。「ただし、中国では量的なものは中間指標としてあっても、世界に対して影響力のある発明・イノベーションはまだ多くはありません。今後は、量から質への飛躍が課題となると見ています」。そこで中国では、自然科学分野でのノーベル賞の受賞が悲願となっているそうだ。
AIでビジネスモデルのコピーから脱却したい
そんな中国が現在、国家戦略の中心に据えているのがAIである。なぜAIなのか。
1つは、関連産業・市場のポテンシャルが見込めることが理由だ。特に「中国製造2025」に盛り込まれた生産のスマート化などは、AIとの親和性が高い。もう1つ、「技術的なリード・優位性の獲得」が非常に重要視されている点もAIに重点を置く理由になっている。
「中国の大手ICT企業、たとえばバイドゥやアリババ、テンセントなどはどれを見ても、基本的に米国のビジネスモデルをそのまま中国の巨大市場に持ち込んだからこそ成功したにすぎません。今後問われるのは、中国企業がコア技術をしっかり握っているかどうか。そこで、AIで他国をリードしたいという意識が強いのです」(趙氏)。
2017年7月には中国の国務院(日本の内閣府に相当)が、2030年までの長期的なロードマップとして「次世代AI発展計画」を定め、同12月にはその具体的なアクション・プラン「次世代AI産業発展を促進する三年行動計画(2018-2020年)」を工業情報化省が発表した。
「次世代AI発展計画」では、研究、産業競争力、市場規模、人材、関連法律の5つの分野ごとに5年刻みの目標を掲げ、2030年には中国が世界のAIの中心地になるとのビジョンを示している。
「これまではAIを含むさまざまな分野で米国が優位でしたが、米国政府はこの中国の戦略の実現性を脅威に感じています」(趙氏)。
地方間の競争が中央のビジョン実現を加速
もう1つ、中央政府が打ち出すトップダウンの戦略が、実現に向けて着実に推進される背景には、中国特有の構造も影響しているという。
「地方の政治を任された共産党幹部がその地の経済を上手く運営できれば、将来的に中央での出世が狙える。そうした動機による地域間の競争が、これまでも中国全体の発展に大きく貢献してきたという研究があります」(趙氏)。
たとえばアリババの本社所在地としても知られる浙江省・杭州では、AIタウンをつくる動きがある。そこでは、アリババと浙江省政府、浙江大学の産官学連携で「之江実験室」が設立され、企業、人材の誘致を図っている。AIの「スマートシティ」分野の発展プラットフォームとして政府からの認定を受けているアリババは、市の交通部門と組み、交通網を含むインフラを効率化したスマートシティの建設を目標てとしているそうだ。
また、製造業の工業地帯として発展した広東省・東莞の松山湖の地には、ロボット産業基地が作られている。このエリアは、ファーウェイの研究開発部門が東莞市政府の優遇政策を受け、拠点を移したことで一躍知られるようになった。
「日本では“深圳ブーム”が起きて、多くの企業が視察に行っている。ただ、深圳はここ2、3年で不動産価格が高騰し、企業にとっては魅力が薄れている」(趙氏)。
「自動運転」分野のAI発展プラットフォームに認定されているバイドゥは現在、河北省の雄安新区で研究開発・実証実験を実施している。
趙氏によると、「中国を見るとき、いくつか重要な地域がある」という。鄧小平が主導した深圳経済特区、江沢民による上海浦東新区、胡錦濤の時代に力を入れた天津の濱海新区といった具合に、「各時代で中国がどのエリアに力を注いでいるかを見ると理解しやすい」。現在の習近平政権が積極的に推し進めるエリアは、河北省の雄安新区なのだそうだ。
「創業したか?」が挨拶に
中国では現在、14億の人口の約半分がスマートフォンを使っている。普及率で見れば日本に及ばないものの、スマホは中国国民に広く浸透しており、ライフスタイルに変化をもたらしている。スマホが生活に欠かせない存在となり、あらゆる消費がスマホを使ってされているのだ。
「スマホの普及に伴ってさまざまなデータが蓄積されていることが、中国のAI発展にとって1つの強みです。一方で、個人情報保護の体制・仕組みが他の先進国に比べて確立しておらず、今後の課題となっています」(趙氏)。
元来、起業意欲が高い中国では、ベンチャーキャピタルによる投資も急激に増えており、ベンチャー起業も盛んだ。「『創業したか?』が挨拶代わりになっているほど」だと趙氏はいう。
80年代は製造業・不動産関係の起業家が多かったが、90年代〜2000年代初めごろ、主に米国へ留学からの帰国組が、いろいろなビジネスモデルを持ち帰って起業した例が増えた。2010年以降は、ハードウェア、AIチップなどのハイテク関連の起業家が多くなっている。
かつての起業の動機はお金や豊かさだった。しかし、90年代以降に生まれ、比較的豊かな環境で育てられた若い人たちは、社会に何かを実現したいという理想が動機になっているという。
最後に趙氏は、「最近では、日本企業も大手・ベンチャーを問わず、中国のICT企業と連携を模索している話をよく聞きます。中国側は量から質へ発展モデルを転換する上で日本を参考にしたいと思っている部分がある。日中で互いを補完し合うオープンイノベーションが促進されるのが望ましい」との考えを述べ、講演を締めくくった。
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クレジット | photo yahikoworks |
- 畑邊 康浩 [Yasuhiro Hatabe]日本版 寄稿者
- フリーランスの編集者・ライター。語学系出版社で就職・転職ガイドブックの編集、社内SEを経験。その後人材サービス会社で転職情報サイトの編集に従事。2016年1月からフリー。