MIT、「脳の永久保存」企業との研究契約解消へ
MITメディアラボは、デジタルな不死を望む人々に自殺を促しかねないサービスを計画しているスタートアップ企業との研究契約を打ち切る声明を出した。 by Antonio Regalado2018.04.13
マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボは、「脳のアップロード」によるデジタルな不死を望む人々に対し、安楽死を促しかねない脳の防腐処理サービスを計画している企業との関係を絶つつもりだ。
ネクトーム(Nectome)というスタートアップ企業が、医師による自殺ほう助と同様の終末期治療で自分の脳を保存することを望む人々から、20万ドルを超えるデポジットを集めた。
MITとネクトームの関係が問題となったのは、ネクトームの「間違いなく死ぬ」技術について、MITテクノロジーレビューが詳細に伝えた後のことだ。
下請け契約としてMITは、ネクトームが脳の保存と分析方法の開発のために連邦政府から獲得した補助金からおよそ30万ドルを受け取っていた。
4月2日の声明によると、MITはメディアラボの神経科学者であるエドワード・ボイデン教授と結んだ同社の研究契約を打ち切るという。
ボイデン教授は、ネクトームとの経済的利害関係や同社への個人的関与を否定した。
MITのネクトームとのつながりは、脳のアップロードは不可能だと考える神経科学者たちから厳しく批判された。
「根本的にネクトームはまったく誤った考えに基づいています。そのようなことは、まったく起こり得ないことです」と言うのは、スウェーデンにあるカロリンスカ研究所(Karolinska Institute)のステン・リンナーソン教授だ。
リンナーソン教授はまた、ネクトームと共同研究することでMITはスタートアップ企業であるネクトームに信用を与え、「一部の人々が脳を寄付するために実際に自殺をする」可能性を高めたと指摘する。
「非常に非倫理的です。どれほど倫理に反することか言い表せないほどです。医学研究としてすべきことではありません」。
ネクトームは、ニューロン間のつながりを保ったままでいかに人間の脳を防腐処理するかの研究に取り組んでいる。ニューロンをつなげるシナプスの接続網である「コネクトーム」のようなものは、個人の記憶に関する情報を保持している可能性があると推測している人もいる。
ほとんどの神経科学者は、脳組織から記憶を回収してコンピューター内に意識を再現できるのは、早くても何十年先のことで、おそらく不可能だと考えている。
ネクトームの創立者であるロバート・マッキンタイヤーCEO(最高経営責任者)からは、MITの決定へのコメントを求めるメールに対してすぐに返事はなかった。マッキンタイヤーCEOは以前、保存する脳の状態をできるだけ新鮮にするために、防腐処理は末期患者がまだ生きている間に始めるべきだと発言していた。
声明の中でメディアラボは、「ネクトームの商業計画の基本となっている科学的根拠と、同社がこれまでに発表したいくつかの公式声明を考慮して」契約をキャンセルすると伝えている。
契約の取り消しにもかかわらず、メディアラボは「脳のアップロード」の考えを却下していないようだ。声明には、この問題へのボイデン教授の考えが反映されており、「記憶と心に関するその他の情報」を死んだ組織から回収することがなぜ「非常に興味深い基礎科学問題」であるかについての論考も含まれている。
MITの声明の全文は以下のとおりだ。
MITメディアラボとネクトームの関係に関する声明
2018年4月2日
エドワード・ボイデン教授およびMITとネクトームとの関係について提起された疑問に対して、MITメディアラボは以下の声明を発表します。
MITはネクトームに与えられた米国国立精神衛生研究所(NIMH)の中小企業補助金のもとに下請け契約の当事者となっています。ボイデン教授のグループは、ネクトームの化学の様々な側面と、教授グループの発明である膨張顕微鏡法を融合させ、基礎科学および研究目的でマウスの脳回路をよりよく視覚化するための学術研究プロジェクトに取り組んでいます。
プロジェクトが達成されれば、脳疾患薬の発見、基本的な神経科学回路のマッピング、健康と病態についての将来的な研究のための脳バンクを促進することになる非常に革新的な成果となるでしょう。ボイデン教授は経済面、運営面、契約面で、ネクトームと個人的な関係はありません。
ネクトームの商業計画の基本となっている科学的根拠と、同社がこれまでに発表したいくつかの公式声明を考慮して、MITはネクトームに対し、両者の契約条項に従ってMITとネクトームの間の下請け契約を終了する意思を伝えました。
神経科学は、記憶と心に関するあらゆる種類の生体分子すべてを保存するのに十分有効な脳の保存方法があるかどうかを把握できる段階にまで進歩していません。個人の意識を再現できるかどうかも不明です。上記2点について、以下に詳しく説明します。
最初の点については、記憶と心に関するその他の情報を保存するために、具体的にどのような生体分子を保存しなくてはいけないか、まだ分かっていません。そのため、必要となる具体的な分子のセットが分かりませんし、ある脳保存技術が記憶と心に関するその他の情報を保存するために必要な生体分子の詳細を保存するのに十分であるかも判断できません。
このことは非常に興味深い基礎科学的な問題であり、私たちもMITで貢献したいと思いますが、結局のところはもっと多くの科学が必要です。もしいつの日か、ニューロン回路全体にわたって十分な生体分子型の位置を測定し、種類を同定できて、一斉にシミュレーションをすると脳機能を十分に再現できると分かれば、間違いなく大変興味深くエキサイティングでしょう。しかし、それはまだ達成されていませんし、科学における他の根本的問題と同様に可能であるかどうかの保証もまったくありません。
2つめの点については、現在、私たちは意識を直接測定したり創出したりすることはできません。このような限界がありながら、どうしてコンピューターやシミュレーションに意識があると判断できるでしょうか?
詳細で十分な生体分子マップに基づいて、コンピューターでニューラル回路を非常に正確にシミュレーションできるようになる日がいつか来るかもしれません。ですが現在は、そのようなシミュレーションがたとえ人間の脳のサイズまで拡大されたとしても、それがどのような「感じ」のものなのか判定するすべがありません。これを理解するには、今日の神経科学の延長線上にはない新たな科学が必要になるでしょう。これは解決不可能な問題 、いわゆる意識の 「ハード・プロブレム(難問)」と見なす人もいます。
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- アントニオ・レガラード [Antonio Regalado]米国版 生物医学担当上級編集者
- MITテクノロジーレビューの生物医学担当上級編集者。テクノロジーが医学と生物学の研究をどう変化させるのか、追いかけている。2011年7月にMIT テクノロジーレビューに参画する以前は、ブラジル・サンパウロを拠点に、科学やテクノロジー、ラテンアメリカ政治について、サイエンス(Science)誌などで執筆。2000年から2009年にかけては、ウォール・ストリート・ジャーナル紙で科学記者を務め、後半は海外特派員を務めた。