赤血球を高速度撮影したら
血液学の通説が覆っちゃった
血液の流れ方に関する従来の学説が、赤血球の粘度がどう下がるのかをハイスピード撮影したことで覆った。 by Emerging Technology from the arXiv2016.08.29
赤血球は柔軟性のある両面が凹んだ円盤状の細胞で、血漿中に浮遊しながら動いている。赤血球は通常の血液中の他の成分物質よりもはるかに大きく、身体全体の血液の流れを左右する存在だ。
通常の状態では、赤血球は複数が重なって「連銭」と呼ばれる円筒状の束になった硬貨のような構造を形成している。連銭は常に形成と離散を繰り返すが、絡まる場合もある。絡まった場合、血液は粘度が上がり、最終的には凝固する。
連銭構造によって、血管が細いほど、問題が生じやすそうに思える。特に、血管が赤血球とほとんど同じくらい極端に細いと、赤血球が詰まってしまいそうだ。
だが、血液学では、この種の問題が発生しないと昔から知られている。血液には血流が滞らなくする独特な性質があって、細い血管を通過するとき、血液の粘度が下がって流れやすくなるのだ。ただし、この現象の詳細は謎だった。
しかし26日、モンペリエ大学(フランス)のマナウク・アブカリアン研究員は、この現象を解明したという。アブカリアン研究員のチームがハイスピード撮影で人間の体内と同じ条件で赤血球の動きを録画したところ、血液内の赤血球の役割について、従来の考え方を覆す結果が出たいうのだ。
最初に背景を説明しよう。血液が細い血管を流れる際に粘度が下がる性質を「ずり流動化」という。液体の一部にかかる力が他の部分にかかる力と異なるとこの性質が生じ、ずり応力が発生する。物理学では、このような挙動の液体を非ニュートン流体(マヨネーズや生クリームのように、液体の形を変えようとしたとき、変えようとする力が強くなると粘度が高くなる性質を持つもの)という。
ずり応力は、あらゆる血管の流れで自然に発生する。血管の表面に最も近い液体は中央部の液体よりもゆっくり動き、ずり応力を生み出している。では、どのようにずり応力で血液が流れやすくなるのだろうか?
この問題の解明が進まなかった一因は、生物学では長い間、血漿の粘度は、ずり応力の影響を受けないため、血漿をニュートン流体(水のように、液体の形を変えようとしたとき、変えようとする力に比例して形がかわるもの)と考えてきたからだ。だが、血漿の非ニュートン流体的なあらゆる挙動は、血漿中に浮遊し血液の最大45%を構成する赤血球が原因だ、ということになる。
1970年代、血液学で赤血球の挙動の研究が始まった。研究で使われたのは、体内に似た条件を再現すると考えられていたデキストラン多糖類の水溶液だ。血液学者は、ずり応力が低い場合には赤血球は硬貨のような弾性あることを発見した。しかし、ずり応力が増加すると、赤血球は流れに向きを合わせ、安定する。それどころか、赤血球は流れの方向に伸長し、扁平楕円体になる。
この発見が、血流についての有力な理論になった。この理論では、ずり応力が高い状況では赤血球は液滴のような挙動をする、と提唱された。言い換えれば、血液は乳剤のような挙動をする、と理解されたのだ。
しかし、赤血球の細胞膜が流体のように挙動しないと、赤血球が液滴のようには振る舞えない。そして、このことが重要な結果を生じさせる。
赤血球が扁平楕円形になると、ずり応力により赤血球は回転する。赤血球内部の細胞質は外部の流体より粘度が高いため、細胞膜は内部の細胞質よりも高速に回転するはずだ。横から見ると、細胞膜は戦車のキャタピラの動きのように見えるだろう。
こうして、いわゆる「タンクトレッド運動」が、細い血管内を移動する赤血球の現象としてよく知られるようになったのだ。
しかし26日、アブカリアン研究員は、赤血球の挙動に関するこの理論は誤りだという。まず、アブカリアン研究員の研究チームは、従来使われていたデキストラン多糖類の溶液は、体内の条件を正確に再現していないと指摘した。また、赤血球の細胞膜は液体のようには振る舞えないため、タンクトレッド運動は不可能だというのだ。
そこでアブカリアン研究員は、ハイスピード撮影でマイクロ流路の赤血球の挙動を録画した。マイクロ流路には、血液の粘度、浸透圧、pHに似たデキストラン溶液を用意し、体温と同じ温度にした。その上で流量を制御し、赤血球が受けるずり応力の大きさを変化させた。
実験結果は、興味深い。アブカリアン研究員は、ずり応力の増加につれて血液の粘度に起きる驚くべき連続的変化は、赤血球の挙動の複雑な変化によるという。
まず、血液中で赤血球は弾かれた硬貨のように動き回る。しかし、ずり応力が増加するにつれ、この動きは回転運動に変化する。赤血球は車から外れたタイヤのように、側面で回転するように見える。この回転運動をする赤血球の割合が高まるにつれ、流体の粘度が下がる。
しかし、この回転はタンクトレッド運動とは大きく異なる。タンクトレッド運動では細胞膜が流体のように振る舞うと考える。一方でアブカリアン研究員は、この回転の挙動の重要な特徴は、赤血球の細胞膜が流体のようには振る舞わないことだ、という。
ずり応力がさらに増加すると、赤血球は押しつぶされ始め、表面積の小さな部分を流れの方に向ける。「これがさらなるずり流動化につながります」とアブカリアン研究員はいう。
ずり応力がそのままさらに増加すると、赤血球は形がねじれ、3つまたは6つの突出部が形成される。これがどのように生じるかは明確ではないが、赤血球が折り重なることでさらに表面積を減らし、ずり流動化に寄与する。
アブカリアン研究員の研究チームは、赤血球のコンピューター・モデルを作成することで観測結果を裏付けた。コンピューター・モデルでは、同じずり応力が適用された際の赤血球の挙動が再現されている。
この結果も興味深い。赤血球の液滴理論は誤りであり、血液は乳液のようには振る舞わないのだ。それどころか、観測された挙動が起こりうるのは、赤血球の細胞膜が流体とならずに、赤血球内の細胞質からより効率的に血漿を分離される場合だ。「細胞膜の流動性の欠如により、内部と外部の流体の間に大きな粘度の差異が生じます。これは赤血球の挙動を制御する重要な特徴です」とアブカリアン研究員はいう。
この新しい考察は、重要な示唆を含む。血液学では、血液は乳剤であると考えてさまざまな生理学的現象を説明してきた。たとえばタンクトレッド運動は、赤血球がATPをどう放出するかを説明する理論の重要な部分だ。「私たちの研究は、赤血球の動態に液滴の類推でこれらの現象を説明することの妥当性に疑問を投げかけるものです」とアブカリアン研究員はいう。
血液のような生物流体は、非常に重要だ。生物流体の挙動の理解を深めることで、研究者は必ず、この問題により効率的に対処できるようになるだろう。赤血球についての従来の考え方を覆すことが、この分野にどのような影響を与えるか興味深い。
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