遺伝子操作した子どもの誕生を米国当局が厳しく規制
遺伝子操作した子どもを誕生させた医師に対して、米国食品医薬品局が国内での活動を止めるように書簡で厳しく通達した。致命的な遺伝性疾患が子どもに遺伝するのを防ぐ目的でさえ、ヒト胚の遺伝子操作を許さないという当局の意思の表明とみられる。 by Emily Mullin2017.08.14
ニューヨークを拠点に活動するジョン・チャン医師は3人のDNAを利用する紡錘体核移植と呼ぶ手法で、ある夫婦が子供を持つのを手助けしている。だがこのほど、米国食品医薬品局(FDA)から臨床試験の実施を禁止する厳しい通達を受けた。
不妊治療専門病院「ニュー・ホープ受胎センター」(New hope Fertility Center)の創設者であるチャン医師は2016年に、新しい体外受精(IVF)法を開発した。若い女性から提供された卵子の核を取り除き、母親の卵子から取り出したDNAを移植する方法である。しかし、この手法は遺伝子操作したヒト胚の移植を禁じる連邦法に違反している。そこで、父親の精子を使って受精させた後、メキシコに行き、DNAを入れ替えたヒト胚を母親の子宮に移植し、2016年4月には健康な男の子が誕生した。
2017年8月4日、米国食品医薬品局は、厳しく警告する内容の書簡をチャン医師に送り、米国内での活動を止めるように命じた。遺伝子操作をした子どもを誕生させる手法の開発を厳しく取り締まり、遺伝子操作で深刻な疾患が防げる可能性がある場合でさえも認めないという連邦政府の意思の表明である。
米国食品医薬品局によると、チャン医師は子どもの誕生後、同局との面会を申し入れ、米国で紡錘体核移植を利用した臨床試験を実施する許可を求めようとしたという。米国食品医薬品局は面会には結局応じなかった。チャン医師はその後、「ダーウィン・ライフ」(Darwin Life)という会社を設立し、特定の遺伝性疾患を抱えていたり高齢で妊娠が困難だったりする女性に対し、自分の開発した不妊治療を売り込んでいる。ダーウィン・ライフの設立はMITテクノロジー・レビューが初めて報道した。
研究目的でヒト胚を操作すること自体は、連邦政府の補助金を使わない限り米国の法律では禁止されていない。しかし、胎児を育てる目的で女性の子宮に移植することは禁止されている。米国食品医薬品局からの書簡には、チェン医師が遺伝子操作したヒト胚を輸出する許可を受けていなかったともある。ニュー・ホープ受胎センターに対して8月7日にコメントを求めたが、返答はなかった。
チェン医師の「紡錘体核移植」技術の適用を最初に受けたのは、ヨルダン人女性であった。自らが抱える深刻な神経疾患が子供に遺伝するのを防ぐのが目的だった。女性と夫は以前に「リー症候群」という疾患で、子どもを2人亡くしている。疾患の原因はミトコンドリアの機能不全である。
治療の結果、女性は技術的には3人の遺伝子を受け継ぐ子どもを出産することになった。核を除去した卵子のミトコンドリアに、ドナーのDNAが含まれるからだ。もっとも、3人の親の遺伝子を受け継いだ子供が生まれたのは、これが最初という訳ではない。1990年代に紡錘体核移植以外の体外受精手法で3人の遺伝子の提供を受けた赤ん坊が10人以上誕生した。その後、FDAが介入し、体外受精治療に対して新薬同様に規制をかけることとなり、遺伝子操作による治療には認可が一切下りていない。
複数の根拠から、高齢の女性の卵子が生育しにくい原因の一つがミトコンドリアの機能不全にあるとみられており、チャン医師は、若い女性の卵子が役に立つと考えている。しかし、チャン医師の考えは物議をかもしている。というのは、長期的に見て、チャン医師の手法で生まれた子供に副作用が生じるかどうかが不明だからだ。チャン医師は2017年6月に、MITテクノロジー・レビューの取材で、自分の治療法が役立つ可能性がある40歳以上の複数の女性に対して検査を進めているが、実際に治療行為をするには米国外に行く必要があると語っている。
似たような治療法が2016年末に英国で認可を受けた。しかし治療法の適用が許可されるのは、生命の危険がある遺伝性疾患を抱えた子どもが生まれるリスクが非常に高い夫婦に限っている。遺伝子治療を実施しようとする病院は、まず英国政府から認可を得なければならない。
ミネソタ大学で生命倫理学を研究するリー・ターナー准教授は、チェン医師宛の米国食品医薬品局の書簡に対し、研究を禁止すると悪徳科学者が「規制レベルの低い環境を探し求める」原因になるという注意を初めて促した。
「米国でヒト胚の遺伝子操作が禁止されている現状は、再評価する必要があります」とリー准教授はいう。「法制度が緩かったり、取り締まりが徹底していない国はいくらでもあります。起業家の中にはそういった国に集まって、制度を悪用する人も出てくるでしょう」。
生殖テクノロジーを専門とするジョージ・ワシントン大学法科大学院のナオミ・カーン教授は、チェン医師の会社ダーウィン・ライフに対する米国食品医薬品局の対応は当然だという。しかしカーン教授は、ヒト胚の遺伝子操作を臨床試験に応用することの検討すら禁止すると、米国が科学や医療研究の分野で競争力を失ってしまうことを懸念している。
「諸外国はヒト胚の遺伝子操作の分野ではアメリカの先を行っています」とカーン教授はいう。「国際的にどのような動きが起こっているかについて、アメリカはもっと注意を払う必要があります」。
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- エミリー マリン [Emily Mullin]米国版
- ピッツバーグを拠点にバイオテクノロジー関連を取材するフリーランス・ジャーナリスト。2018年までMITテクノロジーレビューの医学生物学担当編集者を務めた。