「亜人間」開発規制
米政府が一部撤廃へ
米国は「猿と人間の雑種」の規制を強化する一方、「豚人間」「羊人間」の規制は緩和することにした。 by Antonio Regalado2016.08.04
人間の幹細胞を動物の初期胚へと融合し、半人半豚の「キメラ」を作ろうとする科学者を、米国政府は税金で助成すべきだろうか? 半人半鼠だったら?
米国国立衛生研究所(NIH)は、助成する方針にした。NIHは、この種の研究は倫理上の重大な問題につながりかねないことから、昨年から助成税の一時停止措置を続けてきたが、この措置を撤廃する予定だと発表した。
NIHのキャリー・ウォリネッツ次官(政策担当)によれば、人間の幹細胞を動物の初期胚に注入する実験は「病気のはたらきを考える上で、実に重要で、面白いもの」で、新しい治療法の研究にも大きな意義がある。
ただし、NIHは同時に、サル人間のようなB級SFじみた結果を引き起こしかねない特定の実験は、より厳密に管理する姿勢だ。
昨年9月、NIHは人間の幹細胞を動物の胚に注入するすべての研究への助成金を、一時停止する大規模な措置をとり、科学界を驚かせた。NIHは1月にMIT Technology Reviewが独占記事として、数十頭の雌豚と羊が、人間の細胞が含まれている可能性のある胎児を妊娠する実験を取り上げ、この種の実験が米国で進められていることを知った。
ただし、実験で使われた動物が実際に出産した例はなかった。科学上の用心のためだ。この実験を実施したソーク研究所とスタンフォード大学の研究者によれば、「胎児」には、どんなに多くても、ごく少ない比率でしか人間の細胞を含んでいないという。
しかし、マサチューセッツ工科大学(MIT)のルドルフ・ジャネッシュ教授(生物学)は、知る限り、この種の実験が成功したことは一度もないという。つまり、人間の細胞が生きて実際に動物の身体を構成するには至っていないのだ。
「現段階では、人間の細胞を含むキメラの作成はうまくいかないでしょう。それでもこれは非常に重要な実験なのです」
人間と動物の混合という手法自体は目新しくない。ウォリネッツ次官は声明で、生物学や病気に対する知見を得るために、生物医学の研究者が「人間の細胞を含んだモデル生物を何十年にも渡って使い続けてきました」と述べている。科学者は、マウスの体内で人間の腫瘍を培養しているのはその一例だ。
だが、現在進められている研究は既存のものとは異なる。まだ数十にしか分裂していないごく初期段階の動物胚に、人間の幹細胞を直接注入するのだ。理論的には、人間の幹細胞は動物の身体のどの部分でも構成できるし、大きな割合を占めるかもしれない。
「こうした研究を進めることに、科学界は間違いなく高い関心があります。私としては、キメラ作成の研究を前進させるよりも先に、その科学的な意義と生物倫理の面での意味を充分に評価している点で、NIHは正しいことをしていると考えています」(スタンフォード大のアルン・シャルマ研究員)
何がこの種の実験の核心だろうか? まず考えられるのは、心臓(あるいは肝臓)全体が人間の細胞からできているだけの、それ以外は通常の個体とまったく変わらない豚を作れることだ。移植用に人間の臓器を培養する新しい方法になるかもしれない。
「幹細胞のテクノロジーと遺伝子操作の手法が高度化したように、科学が発展することで新たな状況が生まれ、倫理的な懸念を引き起こす科学に少しずつ近づいているのです」(ウォリネッツ次官)
NIHにとっては、明らかにデリケートな問題だ。NIHは科学の発展と、政治的な爆弾となって一般市民の反発を招きかねない問題との間で板挟みになっていた。NIHは特別委員会を設置し、人間と動物の交雑に関わる実験への助成を監視することにしたが、見方を変えれば、科学への政治的介入とも取られかねない。
だがNIHは、恐ろしい結果を引き起こしかねない実験については規制を強化しようとしている。人間の細胞を類人猿の初期胚と組み合わせる研究は、現在の助成禁止の基準をさらに厳しくする構えだ。類人猿と人間は非常に近い種であり、その結末は考えるのも恐ろしいことだ。
NIHは、人間と動物のキメラの繁殖を厳しく禁じる姿勢を崩していない。キメラの交配から人間の胎児が生まれるリスクがあるのだ(実際に起こる確率は非常に低いが、科学に対する一般社会の信頼は失墜してしまうだろう)。精子か卵子のどちらかが人間のものであれば、こうした事態が起こりうる。
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- MITテクノロジーレビューの生物医学担当上級編集者。テクノロジーが医学と生物学の研究をどう変化させるのか、追いかけている。2011年7月にMIT テクノロジーレビューに参画する以前は、ブラジル・サンパウロを拠点に、科学やテクノロジー、ラテンアメリカ政治について、サイエンス(Science)誌などで執筆。2000年から2009年にかけては、ウォール・ストリート・ジャーナル紙で科学記者を務め、後半は海外特派員を務めた。