ウンコは飲むより浣腸が効く
体内マイクロバイオームの謎
米国で毎年数千人が亡くなる感染症を治療できるはずだった糞便菌を含む錠剤の治験が失敗した。 by Ryan Cross2016.07.30
人間のマイクロバイオーム(体内微生物群)は謎のままだ。29日に、セレス・セラピューティクスが致死的感染症の治療に腸内細菌を利用する実験が失敗したという衝撃的な発表から得た厳しい教訓だ。
セレスが今年これまでに発表したデータでは、クロストリジウム・ディフィシレ菌(院内感染などを引き起こす病原菌。「ディフィシル」ともいう)の感染を治療するための同社製錠剤は、2011年に米国に推定2万9000人いる胃腸疾患の治療法を根本的に変えられる可能性を示していた。そのためセレスは、人体表面や体内に住み着く何兆個もの細菌の一部を活用して疾患を治療しようとするバイオテクノロジー系スタートアップの領域で、最有望企業のひとつだった。
セレスの薬剤「SER-109」は、治療が困難になり得る、再発性クロストリジウム・ディフィシレ感染症患者の治療用に設計されている。ただし抗生物質は、時として、善玉菌を破壊しクロストリジウム・ディフィシレを繁栄させてしまうことで症状を悪化させる可能性がある。
従来から、研究者は、便微生物移植(健康な人の糞便を他の人に体内に入れる)は、クロストリジウム・ディフィシレ感染症の治療に役立つことを実証していた。しかしなぜその治療法に効き目があるのかは科学的には不明だ。
とはいえ糞便浣腸には不快感がある。そこで経口投与できる錠剤の開発を目的に非営利の便バンク「オープンバイオーム」が設立された。セレス・セラピューティクスはこのアイデアを一歩進めて、SER-109錠剤を開発した。経口薬形状にカプセル化されるのは分離された善良な細菌種の胞子で、リステリア菌やサルモネラ菌など、病気の元になる細菌は除去される。
目標は、健康な人の腸内に住む細菌のさまざまな個体群を再導入することだ。体内の善玉菌は、クロストリジウム・ディフィシレに感染すると激減してしまう。セレス・セラピューティクスやメイヨ・クリニック、マサチューセッツ総合病院の研究者は、2016年に感染症の学界誌に論文を発表し、SER-109による治療が、初期段階の試験でクロストリジウム・ディフィシレ感染症を防ぐ効果があったとした。
しかし29日に発表された試験結果では、偽薬を投与された患者と治療を受けた患者の成果に有意差はなかったと示された。プレスリリースでセレスは、自社の期待と「矛盾」することを表明した。
マイクロバイオームには、ヴェダンタ・バイオサイエンス、シンロジック、セカンドゲノム、 エンテロムなどのバイオテック企業すべてがヒト宿主細菌を軸として展開する治療に取り組んでいる時こそ、チャンスがある。セレス・セラピューティックスも、ネスレから1億2000万ドルの資金調達を受けており、実験失敗のニュースでセレス株が78%下落する前の時価総額は14億ドルだった。セレスが臨床試験中の治療は、他に潰瘍性結腸炎とクロストリジウム・ディフィシレ用薬剤のふたつがある。
SER-109の意外な失敗は、マイクロバイオームの複雑性について、科学はもっと謙虚であるべきかもしれない、と受け取ってもいい。 しかし、たとえ治療が成功しても、なぜ成功したのか製造者も具体的な理由は提示できなかっただろう。多くの微生物学者はマイクロバイオームの研究に十分な懐疑的な態度を求めている。それのポテンシャルは大きいかもしれないが、今のところは、昔ながらの便微生物移植が、薬より効果があるのだ。
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- “Unraveling the Mysterious Function of the Microbiome”
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クレジット | Image courtesy of CDC |
- ライアン クロス [Ryan Cross]米国版 ゲスト寄稿者
- パデュー大学で神経科学と遺伝学を学び、ボストン大学の科学ジャーナリズムプログラムを卒業したジャーナリスト。コーヒーを飲むことと遺伝子編集の話も大好きですが、最新の科学トレンドや発見を解きほぐし、分かりやすく調合するのも得意です。