グーグル、年内に「量子超越性」量子チップを実験へ
グーグルで量子コンピューターの研究を率いるジョン・マルティニスは、年内に「量子超越性」を満たす量子チップを実現し、スーパー・コンピューターと対決させるつもりだ。すでに30~50キュービットの量子チップの設計も始めているという。 by Tom Simonite2017.04.25
グーグルで量子コンピューターの研究を率いるジョン・マルティニスは、あと数カ月でコンピューティング史に残る業績を達成する決意でいる。
マルティニスは、驚異的性能を実現するコンピューター・チップをグーグルで開発している。チップは「重ね合わせ状態」という量子力学の奇妙な現象を使ってデータを操作する。マルティニスは、年内には、自身のチームが「量子超越性」(従来型コンピューターを使うよりも、明らかに量子コンピューターでなければ処理できないほどの計算量を量子コンピューティングで処理できるようになること)を満たす装置を開発できる、という。もし実現すれば、そのチップは特定の計算を従来のどんなコンピューターも及ばない速度で実行できることになる。「量子超越性」の実現は、グーグルのチップと世界最高速級のスーパー・コンピューターで、ある種のドラッグレース(直線コースで速度を競う自動車レース)をして証明することになる。
「私たちは実験の準備が整っていると思います。すぐにもできることです」
マルティニスの自信の根拠は、グーグルの約25人からなる研究グループが、新型量子チップを開発し、真剣勝負に参加する装置に必要な主要設計要素について、実際に検証中の段階にあるからだ。
量子チップは、データの数値ビットをキュービットとして表現する。直感的にはわかりにくい量子力学の物理法則を使うことで、従来型コンピューターでは処理に時間がかかる種類の計算時間を大幅に短縮できる装置のことだ。ただし研究者は現在まで、量子コンピューティングを少ないキュービット数でしか実現していない。グーグルは9キュービットを直列でつないだチップの成果を発表ずみだ。しかし、マルティニスは、量子超越性の実現には、49キュービットを格子状に配列した機械が欲しいという。
グーグルの最新チップは、わずか6キュービットしかない。ただし6キュービットは2×3の格子状に配列されており、マルティニスによれば、グーグルの技術は、より大きな装置と同様に、キュービット同士が連携して動作することを示しているという。
6キュービットのチップは、製造方法の検証も兼ねている。キュービット同士を接続する従来型の結線は別のチップ上に実装され、その後一緒に「バンプ接合」される。キュービット間を接続する結線を別チップに実装するこの手法は、より大きなチップで必要となる付加的な制御線(キュービットの機能に干渉しうる)を不要にする意図があり、グーグルのチームが2年ほど前に結成されて以来ずっと力を入れてきた重要な点だ。
マルティニスは「この工程は完全にうまくいっています。現在、私たちはいわば素早く行動しようとしているのです」という。30から50キュービットの装置の設計は既に進行中だとマルティニスはいうが、IEEEテクイグナイト・カンファレンス(カリファルニア州サン・ブルーノで開催された)で6キュービットのチップ画像をちらっと見せただけで、現在までに技術の詳細を正式には公開していない。
マルティニスは2014年下期にカリファルニア大学サンタバーバラ校からグーグルに入社した。マルティニスは今でもサンタバーバラ校で教授を務めている(“Google Launches Effort to Build Its Own Quantum Computer”)。マルティニスのチームは、量子コンピューティングの背景にある技術がより扱いやすくなってきたおかげで最近設立または拡張されたいくつかの企業研究グループのうちのひとつだ。量子プロセッサーの開発競争にはインテルやマイクロソフト、IBM、さらにスタートアップ企業まで加わっている(「2017年度ブレークスルーテクノロジー10:実用的な量子コンピューティング」参照)。
マサチューセッツ工科大学(MIT)量子コンピューティング研究グループのサイモン・グスタフソン主任研究員は、グーグルは首位グループのひとつだ、という。「グーグルとIBMはかなり接戦です」
通常の業務に使える性能になるには、量子プロセッサーは50キュービットよりずっと大きなキュービット数になる必要があるとはいえ、年内の実験で量子超越性を実現できれば、グーグルの競争力がはっきりする。
量子コンピューティング系スタートアップ企業アイオンQ(IonQ)の共同創業者で、メリーランド大学のクリス・モンロー教授は「学術的な到達点にはなるでしょう。その後はどうすればもっと拡張が簡単で、プログラムが作りやすくなるかを考え続けることになります」という。
マルティニスも、しなくてはいけないことが多く残ることは認める。しかしマルティニスは、年内に実験することで、動作する量子コンピューターができたと主張する人に対して、競争上の比較対象になる意義がある、という。
マルティニスはまた、年内に実現する目標を掲げて実現することで、グーグルの経営陣(と共同創業者のセルゲイ・ブリン)が、テクノロジーが本当に実現しつつある、と理解してもらいやすくなる、という。「グーグルの経営陣は皆量子コンピューティングに関する自社の優位を理解し、とても喜んでいます。私たちの研究グループは、グーグル内で支援を得たいのです。この実験は、他の技術者から意見をもらう上で、とても役立っています」
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- トム サイモナイト [Tom Simonite]米国版 サンフランシスコ支局長
- MIT Technology Reviewのサンフランシスコ支局長。アルゴリズムやインターネット、人間とコンピューターのインタラクションまで、ポテトチップスを頬ばりながら楽しんでいます。主に取材するのはシリコンバレー発の新しい考え方で、巨大なテック企業でもスタートアップでも大学の研究でも、どこで生まれたかは関係ありません。イギリスの小さな古い町生まれで、ケンブリッジ大学を卒業後、インペリアルカレッジロンドンを経て、ニュー・サイエンティスト誌でテクノロジーニュースの執筆と編集に5年間関わたった後、アメリカの西海岸にたどり着きました。