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The awakening of a "silent giant": How Chinese AI models shocked the world

動き出した「静かな巨人」、中国発のAIモデルが世界に与えた驚き

中国のディープシークが今年1月に公開した大規模言語モデルは、その驚異的な低コストと高性能で世界のAI業界に衝撃を与えた。米国主導で進んできた生成AI開発に、中国が新たな競争軸を突きつけたのだ。この「静かな巨人」の台頭は一時的な現象なのか、それともAI開発の潮流を根本から変える転換点なのか。 by MIT Technology Review Japan2025.04.25

2025年1月に突如として登場した中国発の大規模言語モデル(LLM)「DeepSeek-R1」は、その高性能と低コストで世界に衝撃を与えた。中国のAI企業が開発するLLMはなぜこれほどまでの競争力を持つのか。今後、日本企業はどのように中国発AIと向き合うべきなのか。2025年4月22日に開催された「Emerging Technology Nite #32」では、「生成AI革命4―中国発AIがもたらすパラダイムシフトの可能性」と題し、ジャーナリストの高口康太氏とアリババクラウド・ジャパンサービスの藤川裕一氏が登壇。中国発AIの最新動向について解説した。

ディープシーク現象、世界に「ショック」、中国国内に「バブル」

中国のAI企業であるディープシーク(DeepSeek)がLLMの「DeepSeek-R1」をリリースしたのは、今年1月のこと。オープンAI(OpenAI)の推論(reasoning)モデルである「o1」に匹敵する性能を備えながらも、圧倒的な低コストで開発され、オープンモデルとして無料で公開されたことで、いわゆる「ディープシーク・ショック」がAI業界に広がった

ディープシークはどのように生まれたのか? 中国のテック事情に詳しいジャーナリストの高口康太氏による講演では、その背景が語られた。

ディープシークの創業者である梁 文鋒氏は1985年生まれの若手起業家。もともとアルゴリズム取引の研究者として活動していた梁氏は、2018年頃からAI研究に舵を切り、2023年にディープシークを設立した。

高口氏によれば、中国国内のAI業界ではすでに2024年の春ごろから同社が話題になっていたという。「DeepSeek -V2というモデルが劇的な低価格で提供されたことに中国企業は驚き、AIの値下げ競争が起きました」(高口氏)。これに対し、アリババクラウドを含む中国の主要企業は、大幅な値下げを実施して対抗したという。

世界的に注目を浴びたのは、2024年12月の「V3」と、それに続く2025年1月の「R1」モデル。「R1は推論機能の優秀さもさることながら、同等性能を持つメタ(Meta)のモデルと比べて10分の1程度の費用で作られたとされています。こんな低価格でこれほど高性能のAIが作れるのか、という衝撃が広がりました」(高口氏)。

DeepSeek-R1が高性能・低コストを実現できた背景には、強化学習によって推論能力を鍛える手法や、MoE(混合エキスパート)の改善、メモリ効率を向上させるMLA(マルチヘッド潜在アテンション)といった技術の採用が挙げられる。これらの技術により、計算量を抑えながら高性能なモデルの構築を実現しているという。

高口氏は、ディープシークの企業風土の特徴として、上下関係のないフラットな組織や、若手のアイデア重視、「競馬制(複数チームの社内競争)」の排除などを挙げた。これらは「中国企業らしからぬあり方」(高口氏)だという。また、同社に代表される新世代の中国ハイテク企業は、80年代生まれの若い創業者が率いていることも特徴だとする。

ディープシークが与えたインパクトは、技術面だけではない。高口氏は「世界のディープシーク・ショック」と「中国のディープシーク・バブル」という2つの側面から解説した。前者は「中国からすごいAIが出てきた」という地政学的な不安と、低コストのAI技術の登場による経済的不安を含む。後者は中国国内でのAIブームの加速を指す。「中国国内ではDeepSeek -R1のリリースから1カ月で政府機関や大手企業だけでも約200社が導入を発表し、自動車業界では『DeepSeekのモデルを搭載していない車は売れないのでは』と業界紙の記者が話すほどの勢い」(高口氏)だという。

なぜ、中国からこれほど競争力のあるAI技術が生まれたのか。高口氏は、その背景として中国の膨大なAI人材の存在を指摘した。「エリートAI研究者の数で見ると米国が多いものの、元々の出身地を見ていくと中国が圧倒的に多い。世界のAI人材の半分は中国人だと言えます」(高口氏)。

さらに中国のエンジニア数は米国の9倍、理系の大学卒業生は15倍ともいわれる。「単に人口が多いだけではなく教育熱も非常に高い。実際、ディープシーク創業者の梁氏は農村の出身ですが、農村でもしっかりと基礎教育を受けさせ、成績がよければ一流大学に行かせたいという親が多い」(高口氏)。

中国の清華大学はAI研究で世界的に知られ、2010年代前半の深層学習ブーム以前からAI研究が続けられてきた。また、清華大学を含む北京の大学とバイトダンス(ByteDance)などの企業が共同で設立した「智源研究院」のような官民一体の研究機関も、中国のAI開発を支えている。中国国内では多数のLLMが開発されており、2024年11月時点で252モデルが政府に登録されている。高口氏の調べでは、IT企業が開発したモデルが105、AIベンダーによるモデルが47、研究機関によるモデルが7、事業会社によるモデルが93モデルである。「AIブームの初期の頃はIT企業とAIベンダーが中心でしたが、現在は事業会社が増えています。旅行会社や教育企業、家電メーカーのハイアール、自動車メーカーなどがモデルを開発しています」(高口氏)。

モデルを用途別に見ると汎用型と業務特化型に分かれ、ファーウェイが「当社のモデルはポエムを読まない、仕事をするだけ」と表現するような、業務特化型が多いのが特徴。また、最近ではモデルの開発以外でも、「Manus(マヌス)」のようなAIエージェントや、さまざまなAI搭載デバイスの開発もトレンドになっているとした。

一方で、高口氏は、中国のAI企業の課題としてマネタイズの難しさを指摘する。「中国国内では競争が激しく、どんどんAIの価格が安くなり、ソフトウェアではなかなかお金が稼げないという課題がある」(高口氏)。特にディープシークによる価格破壊の波を受けて、一部のAIスタートアップはLLMの開発から撤退を余儀なくされているという。

蒸留モデルも提供するアリババクラウド

アリババクラウド・ジャパンサービスの藤川裕一氏は、同社が提供するAIソリューションと、LLMである「Qwen(クウェン)」について紹介した。

アリババクラウドでは、CPUやGPUをクラウド経由で提供するIaaSから、AI開発に必要な機能を提供するPaaS、モデルをAPIとして提供するMaaS、さらにアプリケーションを提供するSaaSまで、4つのレイヤーにわたるAIソリューションを持つ。

このうちMaaSやPaaSのレイヤーでは、メタのLlama(ラマ)やDeepSeek、自社開発のQwenといったさまざまなモデルを提供する。Qwenは2023年8月にオープンソース版が提供され、その特徴について藤川氏は次のように説明する。「最大18兆のトークンを理解し、入力として最大1メガトークンを処理できます。また、日本語、中国語、英語だけでなく、欧州やアジアの言語を含む29以上の言語に対応しています」。

Qwenの性能は非常に高く、各種ベンチマークでトップクラスのスコアを記録しているという。特に日本語の性能が高いことが特徴で、「中国語と日本語には漢字という共通点があるため、日本語のパフォーマンスが高いのでは」と藤川氏は説明した。

また、アリババクラウドでは蒸留モデルである「DeepSeek-R1-Distiled-Qwen」も提供している。ディープシークが開発したモデルだが、QwenをベースにDeepSeekを使って蒸留したモデルという。「DeepSeekを教師役、Qwenを生徒役として、DeepSeekの知識をQwenに渡すようなファインチューニングがされています」(藤川氏)。

藤川氏はさらに、アリババクラウドがこれらのオープンソースモデルを日本リージョンで安全に利用できるようにするサービスも提供していると紹介した。「『中国と通信して大丈夫か』という疑念をお客様からいただくことがありますが、アリババクラウドを通して、日本国内で安心・安全に使っていただくことができます」(藤川氏)。

最後に藤川氏は日本企業によるQwenの活用事例として、日本のAIベンチャーであるライトブルーとアクセプトの例を紹介した。これらの企業は、Qwenの日本語性能の高さやサポート体制、柔軟なモデルサイズなどを評価して採用したという。

中国発AIと日本の向き合い方は?

後半の質疑応答は、MITテクノロジーレビュー[日本版]アドバイザーの遠藤 諭の進行のもと、ジャーナリストの高口氏が会場とオンラインからの質問に答えた。

まず「日本企業が中国発AIをどう活用すべきか」という質問が出た。高口氏は、オープンソースのAIが将来的に優勢になる可能性が高く、その場合、中国企業が提供するオープンソースAIを使わざるを得ない局面が増えると指摘した。

ただし、中国のAIには政治的検閲がかけられている面もある。「中国の生成AI国家標準には具体的な条件が明記されていて、中国の法律に違反する内容のデータセットを使ってAIを訓練してはいけない、政府の言うことを聞くように話すAIしか公開してはいけないといった規定があります」(高口氏)。

「天安門事件について答えないといった表面的な問題だけでなく、普遍的人権への考え方など、ぱっと見では分からないところもデータセットに影響されている可能性がある」(高口氏)と指摘する一方で、これらの課題は技術的に乗り越えられる可能性もあるという。「事前学習や事後学習によって、中国政府の色に染まった部分を取り除くことができるのではないかという試みが進んでいます」(高口氏)。

「中国企業のオープンソースAIを使うのは避けられないし、使った方がいい局面も出てくると思います。ただ、単純にそのまま使うというよりは、ある程度自分たちで大丈夫なのか確認をしたり、手を入れたりすることが求められる」と高口氏は述べた。

続いて、「米国と中国のAI開発アプローチの違い」についての質問に対し、高口氏は「シンギュラリティを追う米国と、プラグマティズム(道具主義)の中国」と表現した。オープンAIなどは「シンギュラリティを実現する」という高い目標を掲げ、「人間を超えるAIを作るために、あと5年、10年赤字を続ける」という姿勢が目立つという。

一方、中国は「ビジネスでどう使えるか、どう業界を変えるかといった非常にプラグマティックな話をしている」(高口氏)。ただし、ディープシークや最近のアリババなど、中国でもより長期的視点を持つ企業も現れているという。

「中国は中国企業のグローバル展開をどのように考えているのか」という質問に対しては、「非常に熱心に考えています」と高口氏は答えた。「中国国内は価格競争が激しすぎて稼げない。これに対して、たとえば日本人は真面目にお金を払ってくれる。最初から海外で勝負という企業がとても増えています」(高口氏)。

「中国の人型ロボットと日本のサービスロボットの関係」という質問には、中国では人型ロボットの国家発展戦略が進んでおり、「AIはロボットの大脳に当たる部分」として重視されていると高口氏は説明した。ハードウェア部分では中国が優位にあるため、「世界中で中国のサービスロボット、人型ロボットが普及する確率は相当高い」と予測した。

中国発のAI技術は、その低コストと高性能で世界のAI開発の流れを大きく変えつつある。クローズドモデルが中心の生成AIブームにおいて、積極的に「オープン」を打ち出してきたことも大きい。日本企業にとってはこの波をいかに捉え、自社の事業にどう活かしていくか。新たな選択肢が増えたいま、判断を迫られそうだ。

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