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新型コロナから5年、鳥インフルで教訓生かせるか
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How the US is preparing for a potential bird flu pandemic

新型コロナから5年、鳥インフルで教訓生かせるか

新型コロナウイルス感染症パンデミックの発生から5年が経った現在、今後起こり得る鳥インフルエンザのアウトブレイクへの備えは、どの程度できているのだろうか。 by Jessica Hamzelou2025.01.21

この記事の3つのポイント
  1. H5N1ウイルスの変異株が米国の乳牛の間で広がり人への感染が懸念されている
  2. パンデミックを防ぐにはウイルスのまん延を抑制することが重要だ
  3. インフルエンザワクチンの効果は予測が難しく衡平な供給も課題となっている
summarized by Claude 3

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

謎の「肺炎」を引き起こすウイルスについて初めて耳にしてから5年目という奇妙な記念日を迎えた。後に、このウイルスによって「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)」という病気が発症することが分かった。新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は世界中に蔓延し、それ以来700万人以上の死者を出したと報告されている。そして、その数は現在も増え続けている。

新型コロナウイルスについて私(記者)が初めて取り上げたのは、2020年1月7日付けのニュー・サイエンティスト(New Scientist)誌に掲載された『Doctors scramble to identify mysterious illness emerging in China(中国で発生している謎の病気を特定しようと医師らが奔走)』という見出しの記事だった。この記事をはじめとする多くの記事の取材で、私はウイルスや感染症、疫学分野のさまざまな専門家に話を聞いた。新型コロナウイルスやその感染経路、パンデミックのリスクに関する私の質問に対する彼らの答えは一様に「分からない」というものであることが多かった。

私たちは現在、一般に「鳥インフルエンザ」として知られている「H5N1ウイルス」で、同じような「分からない」状況に直面している。H5N1ウイルスによって何年もの間、鳥の個体数が激減してきた。そして現在、H5N1の変異株が米国の乳牛の間で急速に広がっている。H5N1ウイルスが動物に深刻な病気を引き起こす可能性があること、そしてその動物と濃厚接触する人に感染する可能性があることは判明している。1月6日にルイジアナ州の65歳の男性がH5N1ウイルス感染で死亡した。この米国初の人の死亡事例で、このウイルスが人にも重篤な病気を引き起こす可能性があることが分かった。

科学者は、鳥インフルエンザのパンデミックの可能性を懸念している。このウイルスに関しては分からないことが多い中で、私たちはパンデミックに備えて今何をすべきなのか、ということが問われている。備蓄ワクチンは私たちを守ることができるのか? 何より、いまだ完全には終息していない新型コロナウイルスのパンデミックから私たちは何か教訓を得たのだろうか?

ここにおける問題のひとつは、H5N1ウイルスの今後の進化は予測できないということだ。

1997年にH5N1ウイルスの変異株に感染した患者が見つかり、香港で小規模ながら死者を出すアウトブレイクが発生した。香港では、死亡6人を含む合計18人の患者が感染者として確認された。それ以来、世界中で散発的に感染者が出ているが、大規模なアウトブレイクは起きていない。

H5N1に関しては、私たちはこれまで比較的幸運に恵まれてきたと、ネブラスカ大学公衆衛生学部長のアリ・カーン博士は語る。「インフルエンザは人類にとって最大の感染症パンデミックの脅威です」とカーン博士は断言する。1918年に発生したインフルエンザのパンデミック「スペイン風邪」は、鳥から人に感染したと思われるH1N1型インフルエンザ・ウイルスによって引き起こされた。世界人口の3分の1が感染し、約5000万人が死亡したと考えられている。

それとは別のH1N1ウイルスが2009年に「豚インフルエンザ」パンデミックを引き起こした。このウイルスは若年層を最も苦しめた。若年層は似たような変異株にさらされた経験がないことが多く、したがって免疫力がはるかに低かったからである。この年、15万1700人から57万5400人の死者が出たと推定されている。

現在米国の鳥類や乳牛の間で流行しているH5N1ウイルスの変異株がパンデミックを引き起こすには、このウイルスが動物から人へ感染しやすくなるよう、人から人へ感染しやすくなるよう、そして、人に対してより致死的になるように、遺伝子が変化する必要がある。残念なことに、ウイルスはそのような遺伝子変化をほんの少し起こすだけで、感染しやすくなることが経験上分かっている。

そして新たな感染が起こるたびに、ウイルスがこのような危険な遺伝子変化を起こすリスクが高まる。いったんウイルスが宿主に感染すると、その宿主が鳥であれ、豚であれ、牛であれ、人であれ、ウイルスは進化して、その宿主に感染している可能性のある他のウイルスと遺伝子の一部を交換することができる。「これは大きな博打です」と、オランダのロッテルダムにあるエラスムス大学医療センターのウイルス学者マリオン・クープマンズ教授は言う。「この博打はあまりにも大規模に進行中で、安心できません」。

私たちが勝つ可能性を高める方法はある。新たなパンデミックの発生を防ぐには、ウイルスのまん延を何とかして抑制する必要がある。カーン博士はこの点について、米国は乳牛における感染拡大をもっとうまく抑えることができたはずだと考えている。「もっと早くに感染が発見されるべきでした。感染を防止し、地域社会における病気の実態を認識し、労働者を守るために、もっと積極的な対策を講じるべきだったのです」。

クープマンズ教授によると、各州は農場労働者の感染検査ももっとうまくできたはずだと言う。さらに「牛からウイルスを根絶しようとする取り組みについて、これまで耳にしたことがないのは驚きです」と付け加える。「米国のような国なら、それができるはずです」。

幸いなことに、インフルエンザの人への感染拡大の一般的な動向を追跡するシステムはすでに存在する。世界保健機関(WHO)の世界インフルエンザ監視対応システム(GISRS:Global Influenza Surveillance and Response System)は、世界各国から集められたウイルスのサンプルを収集・分析するものだ。このシステムによって、WHOは季節性インフルエンザワクチンに関する勧告ができ、科学者がさまざまに変異したインフルエンザウイルスの感染拡大を追跡するのにも役立っている。新型コロナウイルス感染症が最初に流行し始めたとき、同様の追跡システムは存在しなかった。

ワクチン製造に関しても、私たちは以前よりも有利な立場にある。米国を含む一部の国では、H5N1ウイルスに対して少なくともある程度は効果があるはずのワクチンをすでに備蓄している(ただし、将来の変異したH5N1ウイルスに対してどの程度効果があるかを正確に予測するのは難しい)。米国戦略的準備・対応管理局(ASPR:Administration for Strategic Preparedness and Response)の担当者からのメールによると、同局は3月末までに「最大1000万回分のプレフィルドシリンジ(薬剤充填済み注射器)とマルチドーズバイアル(複数回の接種に対応した容器)」を準備する予定だという。

また、米国保健福祉省は、製薬会社モデルナ(Moderna)に1億7600万ドルの資金を提供し同社が新型コロナウイルス感染症ワクチンの開発時に利用した短期ワクチン製造技術を使って、パンデミックインフルエンザ用のmRNAワクチンを製造すると発表した。

このようなワクチンが、米国の感染地域の酪農場で働く人々にすでに提供されているべきではなかったのかと疑問を呈する声もある。酪農場労働者の多くはすでに鳥インフルエンザ・ウイルスにさらされ、そのうちのかなりの人数がすでにウイルスに感染したようであり、一部は発病している。カーン博士は、もし自分に決定権があったのならば、今頃彼らにはH5N1ワクチンが提供されていたはずだと語る。そして、2つのインフルエンザ・ウイルスが1人の人間の体内で混ざり合うリスクを抑えるために、彼らに季節性インフルエンザ・ワクチンを確実に提供すべきだと付け加える。

人口約3億4100万人の米国にとって、1000万回分のワクチンでは不十分だと心配する人もいる。しかし、保健当局は「ワクチン過多とワクチン不足の間で微妙なバランスを保っています」とカーン博士は述べる。もしアウトブレイクが起こらなければ、3億4000万回分のワクチンは膨大なリソースの浪費のように思えるだろう。

これらのウイルスがどの程度活動するかも予測できない。インフルエンザ・ウイルスは常に変異しており、季節性インフルエンザ・ワクチンでさえ、その効果が予測できないことはよく知られている。「私たちは新型コロナウイルス・ワクチンで少し甘やかされてしまったようです」とクープマンズ教授は語る。「有効性の高いワクチンを開発できたのは本当にラッキーなことだったのです」。

新型コロナウイルス感染症のパンデミックから私たちが学ぶべきだったワクチンに関する教訓のひとつは、世界中でワクチンが衡平に利用できることが重要だということだ。残念ながら、それが実現しているとは考えにくい。ワクチンの衡平性を求める官民連合の国際組織「Gavi(ガビ)」の最近のインタビューで、感染症流行対策イノベーション連合(CEPI:Coalition for Epidemic Preparedness Innovations)のニコール・ルーリーは、「世界が行動を起こさない限り、低所得国が早期に(パンデミック・インフルエンザ)ワクチンを入手できるようになるとは考えにくい」と語っている。

そしてもうひとつの教訓は、ワクチン接種への躊躇の影響である。ワクチン製造が問題ではなく、人々にワクチンを接種するよう説得することが問題になるかもしれない、とカーン博士は語る。そして、「トランプ政権はワクチン接種をかなり躊躇しています」と指摘する。「そのため、最終的にはワクチンが利用できるようになるかもしれませんが、実際に優れた公衆衛生対策を実施する政治的、社会的意思があるかどうかは、私にはよく分かりません」。

この点も予測不可能なので、私は予測を試みないことにする。しかし、関係行政機関が私たちの守りを強化してくれることを期待している。そして、それが壊滅的なパンデミックの再発を防ぐのに十分であることを願う。

MITテクノロジーレビューの関連記事

鳥インフルエンザが米国の乳牛の間で、この数カ月間流行している。ウイルス学者は、鳥インフルエンザが米国の農場にいつまでも居座り続けることを心配している。

鳥インフルエンザ・ウイルスが広がり続けるにつれて、パンデミックのリスクは高まり続けるこのウイルスがどのように広がっているのかはまだよく分かっていないが、生乳(殺菌されていない牛乳)から検出されていることは確かである(生乳を飲むのは避けよう)。

mRNAワクチンは新型コロナウイルス感染症のパンデミックを乗り越えるのに役立った。現在科学者は、mRNAインフルエンザワクチンの開発に取り組んでいる。これには、複数のインフルエンザウイルスから身を守る「万能」ワクチンも含まれている

次世代のmRNAワクチンが登場しつつある。次世代mRNAワクチンは「自己増殖型」であり、基本的に身体にmRNAをより多く作る方法を伝えるものである。

H5N1ウイルスに感染しているような牛がいる酪農場に代わるものがあるかもしれない科学者は、酵母や植物に牛の遺伝子を組み込んで、通常牛乳に含まれるタンパク質を生成しようとしている。そのタンパク質を使って、塗るチーズやアイスクリームを作ることができる。牛乳の代替品を開発しているある会社の共同創業者は、泡立つ酵母タンクを備えた工場1つで「5万から10万頭の牛を置き換えられる」可能性があると述べている。


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ジェシカ・ヘンゼロー [Jessica Hamzelou]米国版 生物医学担当上級記者
生物医学と生物工学を担当する上級記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、ニューサイエンティスト(New Scientist)誌で健康・医療科学担当記者を務めた。
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