商業化へ離陸する気候テック、2025年の課題とは?
MITテクノロジーレビューが発表した2025年版の「世界を変える10大技術」のうち3つは気候関連だ。どれも実現済みか、実現間近なものばかりだが、課題がないわけではない。 by Casey Crownhart2025.01.17
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
新年を迎えて、新しいスタートを切るのが好きだ。そして、私の1月を盛り上げてくれるものに、2025年版の「ブレークスルー・テクノロジー10(世界を変える10大技術)」がある。
2025年版やそれ以前の記事をまだご覧になったことがない方のために補足しておくと、本誌の「ブレークスルー・テクノロジー10」では、注目を集めつつあるテクノロジーや社会を変えつつあるテクノロジーを10個リストアップする。編集部では通常、初期段階の研究から、人々が今まさに手にしようとしている消費者向けテクノロジーまで、さまざまなテクノロジーを選出している。
完成したリストに目を通したとき、私はある事実に衝撃を受けた。リストには商業化が3年先、あるいは5年先のテクノロジーもある一方で、気候関連のテクノロジーはすべて、新しく商業化されたものか、あるいはまさに商業化されようとしているものばかりなのだ。特に、気候変動との闘いに新たな緊急性が持ち上がっているように思われる今年、これはもっともな結果だ。私たちは世界的な政治的変化に直面しており、2020年代の後半を迎えようとしている。これらの気候テクノロジーが成長し、世に出る時が来た。
グリーン鉄鋼
鉄鋼は建築物や自動車に欠かせない材料だが、その製造プロセスで世界の温室効果ガス排出量の約8%を占める温室効果ガスが排出される。新しい製造方法は、重工業のクリーン化に大きく貢献する可能性があり、商業市場への参入が目前に迫っている。
ステグラ(Stegra)という会社は、再生可能な資源から得られる水素を使って鉄鋼を製造する、世界初の商業規模のグリーン鉄鋼工場の立ち上げを間近に控えている。(この会社の旧社名は「H2グリーン・スチール(H2 Green Steel)」だ。2023年の「注目すべき気候テック企業」に選出されたので、ご存知の方も多いだろう)。
数年前に私が初めてステグラに注意を向け始めたとき、巨大グリーン鉄鋼工場計画の実現ははるか先のことに感じられた。しかし、同社によると、来年までに同工場で鉄鋼生産を開始する予定だという。
この分野における最大の課題は資金だ。新しい製鉄所の建設には多額の費用がかかる。ステグラはこれまで70億ドル近くを調達している。また、同社の製品は従来の製品よりも高価になるため、高いお金を払ってくれる顧客を見つける必要がある(今のところ、見つかっている)。
鉄鋼をクリーン化する取り組みは他にもある。たとえば、スウェーデンの企業ハイブリット(Hybrit)や、異なるプロセスを使用するスタートアップ企業のボストン・メタル(Boston Metal)やエレクトラ(Electra)などだ。しかし、いずれも資金面で同様の課題に直面することになるだろう。グリーン鉄鋼について、あるいは、商業化の新たな段階に入るときに直面しうる障害についての詳細は、ステグラに関するこの短い紹介記事とこの長文の特集記事を読んでほしい。
牛のゲップ対策
人間はハンバーガーやステーキ、牛乳やチーズが大好きなので、たくさんの牛を飼育している。問題は、このような畜牛は、強力な温室効果ガスであるメタンを大量に発生させる奇妙な消化プロセスを持っているということだ。そこで、畜牛によるメタン排出量を削減する解決策を開発しようとする企業が増えている。
これは、今年のリストで私が最も気に入っているテクノロジーのひとつである(そして間違いなく私のお気に入りのイラストだ。少なくとも、この紹介記事をチェックしてイラストを楽しんでほしい)。
現時点ですでに市販されている選択肢がある。DSMファーメニッヒ(DSM-Firmenich)の「ボベアー(Bovaer)」という飼料添加物だ。乳牛では30%、肉牛ではそれ以上のメタン排出量を削減できるという。ほかのいくつかのスタートアップ企業も自社製品を開発中で、その中にはさらに優れた製品もあるかもしれない。
これらの企業が今後直面する大きな課題は、規制当局、農家、消費者に受け入れてもらうことだ。一部の企業は、自社製品が安全で効果的であることを証明するために、長期間の試験をする必要がある。そのような試験は高額なことも多い。また、農家に受け入れを説得する必要もある。また一部の企業は、消費者が新しい添加物に抗議する原因となっている誤情報に直面するかもしれない。
環境負荷の少ないジェット燃料
世界を縦横に飛び回る航空機の動力源の大部分は化石燃料である。しかし、代替燃料も使われ始めている。
現在、主に使用済み食用油などの廃棄物から作られている新しい代替燃料は、航空機からの温室効果ガス排出量を削減できる。2024年には、代替燃料は燃料供給全体の約0.5%を占めた。しかし、新たな政策によって、代替燃料が新たな脚光を浴びる可能性があり、新たな代替燃料によってその供給が拡大されつつある。
ここでの大きな課題は規模である。昨年の全世界のジェット燃料の需要は約3.8億キロリットルだった。したがって、航空機からの排出量を削減するには、新たな生産者による大量の燃料供給が必要となる。
その規模を把握するために、2024年に開設されたランザジェット(LanzaJet)の新工場を例に挙げる。同社の新工場はエタノールでジェット燃料を製造できる世界初の商業規模の施設で、年間約3.4万キロリットルの生産能力がある。つまり、世界の需要を満たすにはこのような工場が約1万基必要ということになる。かなりの数だ。詳細については、こちらの記事を読んでほしい。
牛のゲップやジェット燃料、グリーン鉄鋼など、導入の新たな段階に入りつつあり、今後数年間で新たな課題に直面することになるテクノロジーは多岐にわたって存在する。私たちはそのすべてを見守っていく。今後ともお付き合いいただきたい。
2025年版「ブレークスルー・テクノロジー10」の全リストはこちら。
2025年のEV市場はどうなる?
本誌のジェームス・テンプル編集者が最新記事で取り上げているように、電気自動車(EV)は2025年も(ほぼ)堅調な成長が予測されている。米国の次期政権による影響や、中国がいかに他国を圧倒しているかなど、EVの今後の展開について詳しくはこちらをチェックしてほしい。
気候変動関連の最近の話題
- かつて冬は、カリフォルニア州にとって山火事を心配する必要のない唯一の季節だった。しかし、州南部で急速に広がる山火事は、もはやそうではないことを示している。(ブルームバーグ)
- テスラ(Tesla)の年間販売台数が十数年ぶりに前年割れ。2024年第4四半期の納車台数は予想を下回った。(AP通信)
- 一方、中国では、EVが予定より数年も早くガソリン車の販売台数を追い抜く見込みだ。今年の自動車販売台数の50%をEVが占める可能性があると予測されている。(フィナンシャル・タイムズ紙)
- スタートアップ企業のコボルド・メタルズ(KoBold Metals)が、人工知能(AI)を使って銅を採掘するために5億3700万ドルの資金を調達した。この資金調達により、同社の評価額は29億6000万ドルに達した。(テッククランチ)
→ 詳しくは、2021年の同社のプロフィールを参照。(MITテクノロジーレビュー) - 米国で水素の普及を促進するための税額控除の最終規則がついに発表された。詳細はこちら。(ヒートマップ)
- 中国は世界で最も高額なインフラ・プロジェクトを承認した。この水力発電ダムは3億人分の電力を生産可能で、現在最大のダムの3倍の容量となる。(エコノミスト)
- 1979年、ジミー・カーター大統領(当時)はホワイトハウス(大統領府)の屋根に32枚の太陽光パネルを設置した。わずか数年後に撤去されたものの、そのパネルはその後複数の場所で何度も利用された。カーター元大統領の逝去を受け、彼の小さな遺産について読むのは本当に楽しかった。(ニューヨーク・タイムズ紙)
- カリフォルニア州の露天掘り鉱山は、米国で唯一、ネオジムやプラセオジムなどの希土類金属(レアアースメタル)を採掘・抽出している鉱山だ。鉱山の興味深い一面を紹介する記事。(EEEスペクトラム)
→ 昨年の特集記事で、希土類金属のリサイクルの取り組みと、それが金属供給の長期的な将来に与える影響について考察した。(MITテクノロジーレビュー)
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- ケーシー・クラウンハート [Casey Crownhart]米国版 気候変動担当記者
- MITテクノロジーレビューの気候変動担当記者として、再生可能エネルギー、輸送、テクノロジーによる気候変動対策について取材している。科学・環境ジャーナリストとして、ポピュラーサイエンスやアトラス・オブスキュラなどでも執筆。材料科学の研究者からジャーナリストに転身した。