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電動キックボードも兵器に、
ウクライナ戦争が生んだ
東欧スタートアップのリアル
Gatis Indrēvics/ Latvian Ministry of Defense
ビジネス Insider Online限定
How the Ukraine-Russia war is reshaping the tech sector in Eastern Europe

電動キックボードも兵器に、
ウクライナ戦争が生んだ
東欧スタートアップのリアル

ロシアのウクライナ侵攻は、東欧諸国に大きな衝撃を与えた。彼らもまた、隣国ロシアの脅威に直面する当事者だからだ。その危機感は、防衛分野での新しい動きを生んでいる。時速100キロで疾走する軍用電動キックボード、AR(拡張現実)を使った戦場医療訓練、自律飛行する誘導爆弾——。スタートアップ企業による斬新な発想と迅速な開発手法が、従来の軍需産業の常識を覆しつつある。 by Peter Guest2024.12.16

この記事の3つのポイント
  1. ウクライナ戦争が欧州の防衛産業に変革をもたらしている
  2. ラトビアなど近隣諸国の企業が軍民両用技術の開発を進めている
  3. 軍とスタートアップの協力関係が生まれ、ウクライナでの実戦利用が加速
summarized by Claude 3

電動キックボードの「モスフェラ(Mosphera)」は、一見するとありふれたものに見えるかもしれない。ただ滑稽なほど大きいだけだ。モスフェラは、キックボード界のモンスター・トラックのようなものだ。地面から約18センチメートル離れたフットプレートは十分な幅があり、両足を少し離して立つことができる。親指でアクセルを開けるとロケットのように飛び出すため、そのような姿勢でバランスを保つ必要があるのだ。ラトビア共和国の首都リガの倉庫街の駐車場で試乗したのはモーターにリミッターが装着されたバージョンだった。だが、この大型電動キックボードの製品版は、平地で時速100キロメートルを出すことができる。 全地形に対応するこの乗り物は、1回の充電で300キロメートル走り、45度の傾斜を登る。

ラトビアのスタートアップ「グローバル・ウルフ・モーターズ(Global Wolf Motors、以降グローバル・ウルフ)」は、マイクロモビリティ(小型の電動移動手段)のニッチ分野を埋めることを目指して、2020年に設立された。都市環境で通勤者がキックボードを使用するように、農家や、ブドウを栽培するワイン醸造業者が敷地内のあちこちをすばやく移動するために。あるいは、鉱山労働者や公共事業従事者がメンテナンスやパトロールのために。そして、警察や国境警備隊が森の中の細い道で走らせたり、もしかしたら軍が基地や戦場を横断するために、数台欲しがるかもしれないと同社は考えた。ただ、それがちょっとした大きな賭けであることも分かっていた。

グローバル・ウルフの共同創業者、ヘンリイス・ブカヴスとクラヴス・アスマニスが最初にラトビア軍に話を持って行ったとき、実際に懐疑的な見方と(軍当局者からは、軍用電動キックボードはあまり意味がないとほのめかされた)、官僚主義の壁に直面した。2人は、売り込みのうまさや、プロモーション・ビデオの出来は関係ないことに気づいた(グローバル・ウルフのプロモーション・ビデオは、複数の電動キックボードがジャンプしたり、坂を登ったり、森林や砂漠を隊列を組んで疾走したりする姿がスムーズに映し出された、魅力的なものだ)。軍のサプライチェーンに参入するには、何重にも重なる官僚主義の壁をうまく乗り越えて行く必要があった。

その後、2022年2月にロシアがウクライナへの本格的な侵攻を開始し、すべてが変わった。戦争初期の絶望的な状況下で、ウクライナの戦闘部隊は手に入るあらゆる装備を欲しがった。そして、平時には採用されなかったかもしれない軍用電動キックボードのようなアイデアも、積極的に試していた。アスマニス共同創業者は、ウクライナに向かう1人のラトビア人記者と知り合いだった。その記者のツテを通して、このスタートアップはウクライナ軍に2台のモスフェラを送る手配をした。

数週間もしないうちに、この電動キックボードは最前線に投入された。前線の後方でも、ウクライナの特殊部隊偵察員が大胆な偵察任務で使用した。これは、グローバル・ウルフにとって、予期せぬ重要な一歩だった。そして、ウクライナ国境沿いのテック企業全体に急速に広がる新たな需要に対する初期の指標となった。軍事用にすばやく適応可能な民生用製品への需要の始まりである。

グローバル・ウルフの制作した高解像度のマーケティング用ビデオは、戦場から携帯電話回線で送られてくる数分間の粗い映像にはまったく歯が立たなかった。同社はその後、ウクライナ軍にさらに9台の電動キックボードを出荷し、追加で68台の注文を受けた。かつて軍当局者たちに嘲笑されたラトビアでは、2024年4月に首相がモスフェラの工場を視察し、今ではラトビア政府の高官や国防関係者が定期的に訪れている。

軍事用製品の実績を持たないテック・スタートアップが作った特大の「おもちゃ」に兵士たちが乗り、戦場に向かう姿など、数年前なら想像もつかなかったかもしれない。しかし、ロシアの攻撃に対するウクライナの抵抗は、社会的回復力(レジリエンス)とイノベーションの奇跡を示してきた。ウクライナがリソースを動員する方法は、近隣諸国に警鐘を鳴らすと同時に、新たな発想や意欲、創造的な刺激を与える役割を果たしている。

近隣諸国は、ウクライナのスタートアップや産業界の大手プレイヤー、政治指導者たちが一丸となり、民間のテクノロジーを武器や民間防衛システムに転用する様子を目の当たりにしてきた。ウクライナの起業家たちが軍産複合体制の基盤づくりを支援し、民間のドローンを迫撃砲のスポッター(観測機)や爆撃機に改造。ソフトウェア・エンジニアはサイバー戦士になり、人工知能(AI)企業は戦場の諜報機関に姿を変えた。エンジニアたちは前線にいる友人や家族と直接連携し、信じられないほどのスピードで製品の改良を繰り返している。

ウクライナのスタートアップや関連する企業・個人が達成した成功は、従来の兵器システムの数分の1のコストで実現されることが多い。それは欧州諸国の政府や軍に、スタートアップ型イノベーションの可能性を気づかせると同時に、スタートアップ自身も自社製品の軍民両用性に目覚めるきっかけとなった。つまり、合法的な民間用途を持つ製品が、大規模に改変されて兵器に転用できる可能性に気づいたのである。

市場の需要と存亡の危機が交錯するこの状況は、ラトビアをはじめとするバルト諸国のテック企業に重要な方向転換を促している。自社製品に軍事用途を見いだせる企業は、その製品をより強固なものにしている。そして、スタートアップと協力することに以前より前向きになった軍に売り込む方法を模索している。この方向転換は、ドナルド・トランプ次期大統領政権下の米国が欧州防衛への関与を縮小する場合には、さらに緊急性を増すかもしれない。

とはいえ、各国政府や欧州連合(EU)、北大西洋条約機構(NATO)は、インキュベーターや投資ファンドに何十億ドルもの公的資金を投入しており、それに民間投資家も追随している。しかし、ウクライナと密接に協力してきた起業家や政策専門家の一部は、欧州がウクライナの抵抗から得られる教訓を十分に学び取れていないのではないかと警告している。

もし欧州が攻撃の脅威に備えたいのであれば、テックセクターと協力する新たな方法を見つける必要がある。それには、ウクライナの政府や市民社会がどのようにして民生用製品を迅速に軍民両用ツールに変え、官僚主義を乗り越え、革新的なソリューションを前線に届けたのかを学ぶことも含まれる。ウクライナのレジリエンスが示しているのは、軍事テクノロジーにおいて重要なのは、軍が「何を購入するか」だけではなく、「どのように購入するか」、さらには、危機の際に政治、市民社会、テック業界が協力できる方法もまた鍵となるということだ。

ラトビアのベテラン外交官でテクノロジー政策の専門家でもあるイエヴァ・イルヴェスは「多くの欧州のテック企業は、必要なことをやり遂げるでしょう。彼らは、自分たちの知識や技術を必要な場所に投入するはずです」と語る。しかし、欧州の多くの政府は、依然としてスピードが遅く、官僚的で、資金を無駄にしているように見えるとイルヴェスは懸念している。つまり、「危機が訪れたときに備えて基盤を整えている」とは必ずしも言えないのだという。

「問題は、政治レベルで私たちがウクライナから学ぶことができるかどうか、ということです」とイルヴェスは指摘する。

近隣諸国を目覚めさせる

ラトビアをはじめとするバルト諸国の人々は、西欧諸国の近隣諸国よりも、ロシアの侵略の脅威をより本能的に感じ取っている。ウクライナと同様に、ラトビアもロシアやベラルーシと長い国境を接し、多くのロシア語話者を抱え、過去に占領を経験している。また、ウクライナと同じく、ここ10年以上にわたってサイバー攻撃や偽情報キャンペーン、その他の不安定化工作といったロシア政府による「ハイブリッド戦争」戦術の標的となってきた。

2年以上前にロシアの戦車がウクライナ領内に侵入して以来、ラトビアは物理的な衝突への備えを強化してきた。ロシアとの国境沿いに3億ユーロ(約3億1600万ドル)以上を投資して防御施設を整備し、徴兵制を限定的に復活させ、予備部隊を増強している。2024年に入ってからは、ラトビアの消防局が全国の地下構造物を調査し、防空壕として転用可能な地下室、駐車場、地下鉄駅を探している。

そして、ウクライナと同様に、ラトビアには砲弾や戦車を大量生産できる巨大な軍産複合体制は存在しない。

ラトビアや他のもっと小さな欧州諸国が自国用に生産でき、同盟国にも販売できる可能性があるものは、小規模な兵器システムや、ソフトウェア・プラットフォーム、通信機器、特殊車両だ。ラトビア人彫刻家のサンディス・コンドラッツが11年前に設立した医療技術プラットフォーム「エクソニカス(Exonicus)」のようなツールに、ラトビアは多額な投資をしている。この拡張現実(AR)戦場医療訓練シミュレーターの利用者は、ヘッドセットを装着して、映し出された負傷者を診断し、治療方法を考え出さなければならない。このようなすべてデジタル化された訓練は、消耗品のマネキンなどにかかる費用と現場の重要なリソースの節約になるとコンドラッツは言う。

「訓練で医療用品をすべて使い切ってしまったら、本番で使う医療用品がなくなってしまいます」とコンドラッツは語る。エクソニカスは最近、ラトビア、エストニア、米国、ドイツの各軍と契約を結び、軍事サプライチェーンに参入した。このシステムはウクライナの衛生兵の訓練にも使用されている。

ラトビアの元ラリー・ドライバー2人が設立した企業「VRカーズ(VR Cars)」も、2022年に陸軍特殊部隊向けのオフロード車両を開発する契約を結んだ。さらに、量子暗号化企業「エンタングル(Entangle)」は、携帯電話を安全な通信デバイスに変えるウィジェットを販売しており、最近ラトビア国防省からイノベーション助成金を受けている。

驚くことではないが、ラトビアでは無人航空機(UAV、ドローン)への関心が非常に高まっている。無人航空機は今ではウクライナで戦う両陣営で広く使われる兵器となり、従来の兵器システムに比べて桁違いにコストが安いにもかかわらず、しばしばそれ以上の効果を発揮している。戦戦争が始まった当初、ウクライナはトルコ製のバイラクタル攻撃機や、中国製のDJIクアッドコプターを急ごしらえで改造した機体など、海外から購入したドローンに大きく依存していた。それからしばらく時間がかかったが、1年も経たないうちに国産の無人航空機システムを製造できるように …

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