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映画『ザ・サブスタンス』に見る、「産む機械」的価値観の根深さ
Stephanie Arnett/MIT Technology Review | Adobe Stock, Envato
Why the term "women of childbearing age" is problematic for research and health advice

映画『ザ・サブスタンス』に見る、「産む機械」的価値観の根深さ

新作映画『ザ・サブスタンス』は、女性の老化と若返りをテーマにした作品だ。しかし、その描写の背後には「女性の価値は生殖能力で決まる」という偏見が潜む。この考え方は現代の医学研究や健康政策にも深く根付いており、女性の健康を脅かす結果を招いている。 by Jessica Hamzelou2024.11.30

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

どんなジャーナリストにもお気に入りの話題がある。定期的に私の記事を読んでいる方は、ヒトの老化を遅らせたり逆転させたりする試みや、生殖健康および受胎のための新たなテクノロジーといった私のお気に入りのテーマをすでに知っているかもしれない。だからこそ、中年女性が若さを取り戻そうとする映画『ザ・サブスタンス』(日本版注:日本公開は2025年5月予定)の予告編を見たとき、これは絶対に見逃せないと思った。

映画のネタバレは避けるが(怖がりの方や、お尻や乳首が大写しになる場面に嫌悪感を覚える方にはおすすめしないとだけ忠告しておく)、この映画の重要な前提には、女性の老化に関する有害な考え方が含まれている。

「女性の受胎能力は25歳から下がりはじめるって知ってましたか?」映画の序盤、権力者の男性がこう問いかける。「50歳でストップするんです」と、彼はさらに畳み掛ける。具体的に何がストップするのかは説明されないが、観客へのメッセージは明確だ。女性の価値は受胎能力に結びついており、その期間が終われば、女性としての存在価値も終わるということだ。

女性の身体は何よりもまず子どもを育てるための容器であるとみなす。こうした悪辣な考え方は、すべての人々に多大な悪影響をもたらす。それだけでなく、科学研究や保健政策の妨げにもなる。

先日私は、カナダ・オンタリオ州にあるウォータールー大学の政治学者、アラナ・カタパン助教授とこのテーマについて話をした。カタパン助教授は「生殖年齢の女性(Women of reproductive age)」という概念について研究しており、この表現は保健研究や政策において広く使用されている。

カタパン助教授がこの研究プロジェクトの着想を得たのは、約8年前、ジカ・ウイルスのニュースが盛んに報じられていた時期である。「私はパートナーの研究の関係でカリブ海地域を訪問する予定でしたが、『生殖年齢の女性は渡航をやめるべきだ』と何度も忠告されました」と、彼女は私に語った。当時、ジカ熱は新生児の小頭症(頭部が異常に小さい先天性異常)との関連が疑われており、このウイルスが胎児発達の重要な段階に悪影響を及ぼすと考えられていた。

カタパン助教授は妊娠していなかったし、当時妊娠を希望していたわけでもなかった。それなのに、ウイルスの流行地域を避けるよう忠告されたのは一体なぜなのか?

彼女はこの経験をきっかけに、私たちの身体に対する考え方がいかに妊娠可能性という概念に支配されているかについて考え始めた。たとえば、疾患の原因や治療に関する生物医学的研究を考えてみると、女性の健康は男性の健康に比べて長らく軽視されてきた。その理由の一つとして、男性の身体が長い間、人体の「デフォルト」と見なされていたことが挙げられる。また、臨床試験も、女性が利用しにくい形で設計されてきた歴史がある。

医薬品が胎児に与える可能性のある影響への懸念もまた、妊娠可能性のある人々が研究対象から排除される結果に大きく関与してきた。「科学研究は『生殖年齢』の女性、つまり妊娠する可能性のある女性を一律に排除してきました」と、カタパン助教授は指摘する。「現代の医薬品研究の多くは、臨床試験に女性を含めておらず、とりわけ妊娠中の女性は完全に排除されています」。

このような研究の不足は、女性が男性よりもはるかに高い確率で医薬品の副作用を経験する理由の一つであろう。中には致命的な副作用もある。卵巣や子宮を持つ人々を臨床研究に含める努力がなされるようになったのは、ここ20〜30年のことだ。しかし、まだ課題は多い。

女性はまた、妊娠中であるかどうかに関わらず、胎児を保護することを目的とした医学的助言を受けることが珍しくない。たとえば、米環境保護庁(EPA)は、水銀を含む魚の摂取量に関する安全基準について「出産年齢の女性」に異なる基準を設けている。また、2021年には世界保健機関(WHO)が、「出産年齢の女性」をアルコール消費量削減政策の対象とすべきであると表明した。

要するに、胎児の健康を考えるべきなのは女性だ、というメッセージを発しているのだとカタパン助教授は指摘する。原因物質を生産する業界やそれを規制する行政機関の責任でもなく、妊娠に関与した男性の責任でもない。妊娠する可能性がある女性だけが、望むと望まざるにかかわらず、その責任を負わされている。「将来世代の健康という重い責務を、女性たちに丸ごと押し付けているのです」。

もうひとつの問題は、言語表現そのものにある。「生殖年齢の女性」という表現は通常、15歳から44歳の女性を指す。しかし、この年齢範囲の一方の端にいる女性ともう一方の端にいる女性では、身体や健康上のリスクがまったく異なる。この表現はまた、妊娠の可能性があるが女性として自己認識していない人々を排除してしまう。

この表現が大雑把すぎる場合もある。たとえば、ジカウイルスの場合、15歳から44歳の女性すべてが特別な注意を払う必要があったわけではない。たとえば、子宮摘出を受けた人や、男性との性行為の経験がない人にはこのアドバイスは当てはまらないとカタパン助教授は指摘する。「ここでは精密性が重要です」。

このようなケースでは、より個別的な健康アドバイスのほうが有益だろう。また、ガイドラインはしばしば読み手が無知であるかのようなトーンで書かれているという。「もっと良い方法があるはずです」とカタパン助教授は話している。

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トランプ次期政権、「反ワク」長官指名で波紋

ドナルド・トランプ次期米大統領は11月14日、ロバート・F・ケネディ・ジュニアを米保健福祉省長官に指名すると発表した。このニュース自体は青天の霹靂だったわけではない。トランプ次期大統領は選挙集会で支持者に向け、「保健」「食品」「医薬品」に関してケネディに「自由にやってもらう」と発言していたからだ。

長官に就任すれば、ケネディは複数の政府機関に対し、一定の統制権を持つことになる。これには、米国の医薬品規制を担う米国食品医薬局(FDA)や、公衆衛生上の助言やプログラムの調整を担当する米国疾病予防管理センター(CDC)などが含まれる

科学者、医師、保健研究者たちは、この状況に深い懸念を抱いている。ケネディがエビデンス(科学的根拠)に基づく医学に懐疑的であり、特に反ワクチンの立場で知られているからだ。数週間前、ケネディはXへの投稿の中で、FDAが「幻覚剤(サイケデリックス)、ペプチド、幹細胞、非加熱生乳、高圧酸素療法、キレート化合物、イベルメクチン、ヒドロキシクロロキン、ビタミン、クリーンフード、日光、運動、栄養補助食品など、人類の健康を増進するが製薬会社が特許を取得できない、ありとあらゆるものを徹底して弾圧している」と主張した。

「FDAやこの腐敗したシステムの一部に勤めている人たちに、私から2つメッセージがあります」として、投稿は続く。「1. 記録を保存しろ。2. 荷物をまとめろ」。

この投稿にはかなりの解説が必要だ。しかし簡潔に言えば、精神変容を引き起こすサイケデリック医薬品(幻覚剤)がメンタルヘルスのすべての問題を一挙に解決するといった一部の主張を裏付ける十分な証拠は、まだ存在していない。また、全米各地のクリニックで実施されている多くの未承認幹細胞療法についても、その効果を裏付ける十分な証拠がない。こうした「治療」は危険を伴う可能性がある。

保健当局は現在、低温殺菌されていない牛乳を飲用しないよう警告している。これは、米国の酪農場で発生が確認されている、鳥インフルエンザウイルスが混入しているおそれがあるためだ。また、すべてのビタミンを一括りにするのは単純すぎる考え方だ。一部の人には有益なものもあるかもしれないが、すべての人がサプリメントを必要としているわけではなく、大量に摂取すれば有害になることもある。

ケネディは、2021年に出版した著書『人類を裏切った男(The Real Anthony Fauci )』(2023年、経営科学出版刊)を通じて、すでにエイズに関する偽情報の拡散に加担してきた。MITテクノロジーレビューでは、今後も最新の動向を報じ続ける予定だ。どうぞお見逃しなく。

医学・生物工学関連の注目ニュース

  • ロバート・F・ケネディ・ジュニアが米保健福祉省長官に指名されたニュースへの、科学コミュニティとバイオ医薬品投資家たちの反応をまとめている。「保健福祉省がまともに機能するとは思えない」と、ある生物工学業界アナリストは語っている。(STAT
  • ウイルス学者のベアタ・ハラシーは、自らラボで培養したウイルスを使い、自身の乳がん治療を成功させた。後悔はしていないという。(ネイチャー
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ジェシカ・ヘンゼロー [Jessica Hamzelou]米国版 生物医学担当上級記者
生物医学と生物工学を担当する上級記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、ニューサイエンティスト(New Scientist)誌で健康・医療科学担当記者を務めた。
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