健康管理や疾患コントロールのため、さまざまな生体情報を取得するウェアラブルまたは体内埋め込み型デバイスの開発が進んでいる。しかし、現行のデバイスは電子回路の硬さや基材の厚さなどの原因により、装着時に違和感を覚えやすく、密着性にも課題がある。特に、手のひらや足の裏など、感覚が繊細で柔軟な組織に対しては、現行のデバイスの装着や埋め込みが極めて難しい。
東京大学大学院工学系研究科で講師を務める山岸健人(Kento Yamagishi)は、厚さ数百ナノ(10億分の1)メートルから数マイクロ(100万分の1)メートルの高分子超薄膜上に、電極・配線・アンテナなどを実装および印刷することで電子機能をもたせた「超薄膜エレクトロニクス」を開発した。その厚さは、従来の薄膜型デバイスよりも100倍以上薄く、皮膚や臓器に対してシールのように貼り付けることができる。
超薄膜エレクトロニクスの応用例の一つが、アスリートの運動解析だ。野球ボールを投げるときの手のひら表面の筋電位を計測できるよう、厚さ約300ナノメートルの極薄電極を開発した。これを山岸は「電子ナノ絆創膏」とよんでいる。電子ナノ絆創膏は接着剤などを必要とせず、そのまま皮膚表面に貼り付けることができる。今後、幼児や高齢者、障がい者向けのヘルスケアデバイスや、義手や義足用の生体電極としての応用も見込んでいる。
もう一つの応用例が、光がん治療である。光線力学療法(PDT)とよばれる治療法では、がん組織に光増感剤を集積させてから光を照射することで活性酸素が発生し、がんを攻撃する。PDTでは、がん組織と光の位置を合わせる必要があり、この位置が少しでもずれると治療効果が得られないという課題がある。山岸は、濡れた臓器にもよく貼り付くゴム製の超薄膜と無線給電式LEDを組み合わせ、がん組織表面にシールのように貼り付けられる発光デバイスを開発した。医師との共同研究では、がんをもつマウスにおいて世界に先駆けて体内埋め込み型PDTシステムの有効性を実証した。
フィルムのように薄い電子デバイスが注目されているが、その中でも山岸が開発した超薄膜エレクトロニクスは、薄さ、柔軟性、貼り付けの容易さにおいて特筆すべき性能を誇り、医療も含めた幅広い応用が期待される。
(島田祥輔)
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