量子コンピューターは、機械学習・流体シミュレーション・材料科学など、広範な分野に革命的な進化をもたらすと期待されている。だがその一方で、現実的にはデバイスを設置した環境からのノイズや接続といった種々の物理的な制約のため、実際の運用において「量子優位性」を保てるかどうかはまだよくわかっていない。
東京大学で准教授を務める吉岡信行(Nobuyuki Yoshioka)はこの問題に対し、量子多体系・計算物理・情報科学の手法を駆使して、2030年に実現すると見込まれる規模の量子コンピューターにおいて、現代科学では未解決の量子物質シミュレーションが実行可能であることを示した。この成果は、量子コンピューターの開発意義そのものを示す重要な結果として評価されている。
さらに吉岡は、人工ニューラルネットワークを利用して相関を自動抽出する手法を提案し、世界最大級の規模で量子コンピューティングの基盤技術に関するシミュレーションと精度を達成した。具体的には、量子誤り訂正機能を持つトポロジカル量子ビットの実現に不可欠な、量子スピン液体状態の熱安定性解析において、従来の手法を大きく上回る精度を実現。また、量子相関を操作することで量子ビットの安定性を数十倍に高める手法も提案している。これらの成果により、熱ノイズや量子ビット寿命の影響を精査・抑制する手法を構築した。
吉岡は、量子技術の究極的な目標を「量子人工知能の創出」に据えている。すなわち、ありとあらゆる自然科学的な問いに、量子アルゴリズムによって現実的な時間で正確に答えられるような汎用ソルバーの構築を最終的なゴールとしている。量子人工知能の開発は、ハードウェアからソフトウェアまでの技術を結集する必要があり、「科学技術の“総合格闘技”ともいうべき人類最大の挑戦」であると吉岡は述べる。
すでに吉岡の研究は、量子ビットのノイズ解析・除去に代表される「情報×量子」や、量子優位性達成の要件定義による「物理学×量子」など、領域間の橋渡しを完成させ、現代の物理学を変革する道を明らかにした。さらなる研究により、機械学習・材料探索・最適化問題の常識も変えていくものと考えられる。吉岡は、これらの成果を「現代の魔法」として社会実装につなげ、量子技術の恩恵を広く社会に還元することを目指している。
(中條将典)
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