「脳波計」100周年、神経科学を発展させた技術の現在と未来
脳波計が誕生してから今年でちょうど100年になる。この機器によって、神経科学の研究は長足の進歩を遂げてきた。そして脳波計にはまだまだ有用な使い道がありそうだ。最新の研究成果の一例も合わせて紹介しよう。 by Jessica Hamzelou2024.08.28
- この記事の3つのポイント
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- 100年前に発明された脳波計は神経科学の発展に大きく貢献
- 現在では睡眠障害の診断や意識障害患者とのコミュニケーションにも使われている
- 将来は一般向け脳波計の普及やAIによる脳活動の解読も期待される
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
先週、ある記念すべき日を迎えた。人類が脳波計(EEG)で脳の電気的活動を測定した日から、ちょうど100年を迎えたのだ。脳波から得られた知見は革命的だった。例えば、てんかんは性格の問題ではなく(かつては本当にそう思われていた)、神経疾患の一種であるという理解が進むきっかけとなった。
脳波計の基本的な仕組みは1世紀経った今もほとんど変わっていない。科学者や医師はいまも、人々の頭に電極を装着して、脳内で起こっていることを解明しようとしている。一方、情報を集めた後にできることは大幅に増えた。
私たちは脳波計を使って、ヒトが考え、記憶し、問題を解決する方法について、より多くの知見を引き出せるようになった。脳波計は、脳疾患や聴力障害の診断のほか、患者の意識水準の測定にも使われる。現在は、脳波計を装着された人が思考の力でコンピューター、車椅子、ドローンなどを操作することさえ可能になった。
100年の節目は、未来を考えるのにいい機会だ。お気づきかもしれないが、MITテクノロジーレビューは今年、創刊125周年を迎え、次の125年にテクノロジーがもたらす変化について考察する記事を用意している。100年後、私たちは脳波計を使って何ができているのだろう?
最初に、脳波計とは何か、どんな仕組みなのかを簡単におさらいしよう。脳波計は、人の頭の表面に電極を装着して脳波に由来する電気信号を収集し、データをコンピューターに取り込んで分析する。今日の脳波計は、水泳キャップに似ているものが多い。fMRIスキャナーなど、ほかの脳画像テクノロジーと比べて非常に安価で、小型かつ持ち運びやすいのも特徴だ。
脳波計を使って初めて人間の脳波を測定したのは、ドイツの精神科医ハンス・ベルガー。ベルガーはテレパシーの研究に夢中になっていた。脳波計を「精神エネルギー」を測定するツールとして開発し、研究の初期に、当時10代だった自身の息子に秘密裏に使っていたと、英リーズ大学の認知神経科学者ファイサル・ムシュタク教授は説明する。当時から現在に至るまで、ベルガーは毀誉褒貶のある人物で、これはナチス政権とのつながりが疑われるためだと、ムシュタク教授は指摘している。
ともかく、脳波計は神経科学の世界を席巻した。神経科学の研究室の必需品となり、新生児をはじめあらゆる年齢層の人々に使われた。神経科学者たちは脳波計を使って、赤ちゃんがどのように学び、考えるのか、さらには何に笑うのかを解き明かそうとしている。過去に私は、明晰夢と呼ばれる現象を脳波計を使って解明しようとする試みや、睡眠中に記憶が整理される仕組みを理解しようとする試み、そして思考だけでテレビのスイッチを入れることを可能にする試みを紹介してきた。
脳波計は、他者とコミュニケーションを取れない人々の、心の世界に通じる窓口としての役割も果たし得る。遷延性意識障害(かつては「植物状態」と呼ばれた)にある人々の意識の兆候を検出するのにも使われている。このテクノロジーはまた、筋萎縮性側索硬化症(ALS:Amyotrophic Lateral Sclerosis)で身体が麻痺している患者が、思考を通じてコミュニケーションを取ることを可能にし、家族に自分は幸せだと伝えられるようにした。
これから私たちはどこへ向かうのだろう? ムシュタク教授は、中国・成都にある電子科技大学のペドロ・ヴァルデス=ソーサ教授のチームと共同で、神経科学者、臨床神経生理学者、脳外科医など脳波計の専門家500人にこの質問を投げかけた。具体的には、研究チームはチャットGPT(ChatGPT)を利用して、未来予測のリストを作成した。リストの中には早々に実現しそうな項目もあれば、やや空想的なものもあった。500人の調査協力者たちは、予測の各項目について、もし実現するとすればいつ頃になると思うのかを推定値で回答した。
この調査によれば、もっとも実現が近そうなブレークスルーは「睡眠分析」だ。脳波計はすでに睡眠障害の診断や計測に使用されているが、今後10年以内に一般的な診断法の1つになるだろう。一般消費者用の脳波計も近い将来に登場する可能性が高く、これにより自分自身の脳活動について学び、幸福感との関連を知る機会が、多くの人々に開かれるだろう。「野球帽などに内蔵できるようになり、使用者は装着したまま出歩けるようになるでしょう。スマートフォンとつながる可能性もあります」(ムシュタク教授)。このような脳波計キャップは、すでに中国企業の社員を対象に試験的に導入され、トラック運転手や鉱山労働者の疲労度の監視などに使用されている。
現在のところ、脳波計を使ったコミュニケーションは実験室や病院でしかできない。そして、麻痺や意識障害に見舞われた人々をこのテクノロジーで支援することに焦点を当てた研究が進んでいる。だが、臨床試験をあと1回通過すれば、近い将来、現状は変化するだろう。調査の回答者たちは、おおむね20年以内に、脳波計が上記のような患者たちにとっての主要なコミュニケーション・ツールとなるだろうと考えている。
一方で、ムシュタク教授が実現可能性を「やや空想的」と評した応用例としては、脳波計を使って人々の思考、記憶、夢を解読するというものがある。
ムシュタク教授はこの予測を「かなり突飛」だと考えている。記憶がどこでどのように形成されるのかさえ、まだはっきり分かっていないことを考えれば、仮に実現するとしてもはるか先の話だろう。それでも、完全なサイエンス・フィクションとは言い切れない。回答者の中には、こうようなテクノロジーが60年くらい先に登場する可能性があると予測した人もいた。
人工知能(AI)はおそらく、脳活動の隠れたパターンを特定することで、脳波計の記録からより多くの情報を引き出す上で神経科学者を助けてくれるだろう。実際、すでに個人の思考を書き言葉に変換する試みに脳波計が使われている。ただし、まだ精度には難がある。「私たちは今まさにAI革命に飛び込もうとしているのです」と、ムシュタク教授は述べた。
この種の技術革新は、精神的プライバシーの権利や、自分自身の思考をどのように守るかといったことについての疑問を呼び起こす。私はこのテーマについて昨年、デューク大学のニタ・ファラハニー教授に話を聞いた。ファラハニー教授は未来学者であり、ノースカロライナ州ダーラムにあるデューク大学で教授を務める法倫理学者でもある。ファラハニー教授によれば、脳データそのものは思考ではないものの、個人が考え感じていることを推定するのに利用できる。「現時点では、あなたの脳データは唯一あなただけのもので、あなたの脳内にあるソフトウェアによってのみ分析可能です。しかし、ひとたび頭に装置を装着すれば(中略)それはすなわち、装置の製造企業や仕組みを提供する企業とデータを共有することになります」。
ヴァルデス=ソーサ教授は脳波計の未来に楽観的だ。廉価で、持ち運びが容易、そして使いやすいことから、このテクノロジーはリソースに乏しい低所得国で大いに活用されているという。ヴァルデス=ソーサ教授は1969年から、自身の研究に脳波計を使用してきた(下の写真は、1970年当時の彼が実験に使っていた機材だ)。世界中で、脳の健康状態の計測と改善に脳波計を活用すべきだと、彼は主張する。「難しいでしょうが(中略)、今後実現する見込みはあると思います」。
MITテクノロジーレビューの関連記事
ニタ・ファラハニー教授はインタビューで、脳データのきわめて不穏な用途について語っている。全編はこちら。
ロス・コンプトン容疑者の心臓データは2016年、オハイオ州の自宅に放火した疑いで起訴された際、不利な証拠として採用された。脳データも同じような形で使われるかもしれない。すでに、ある人物が警察官への暴行容疑で起訴されたときに、脳インプラントの記録を司法当局に提出するよう強制された前例がある(後に判明したのだが、この人物は事件当時にてんかんの発作を起こしていた)。過去の記事で、脳データが本人に不利な形で使用されかねない例をほかにも取り上げている。
超小型の脳波計キャップが、脳オルガノイド(脳に似せて作られたニューロンの塊)の電気的活動の測定に使用されている。本誌のリアノン・ウィリアムズ記者は数年前、この件について報じた。
脳波計は「脳同士のネットワーク」の構築にも利用され、3人の実験協力者がゲームの「テトリス」を思考のみで操作する協力プレイに成功した。
一部の神経科学者は、まったく刺激に反応していないように見える人々の中に意識の兆候を探す目的で、脳波計を使っている。ある研究チームは、外傷性脳損傷を負った21歳の女性に、こうした兆候を発見した。「実験的なものもすでに確立されている臨床診断検査だけでなく、実験的な検査も試して、意識の兆候が一切見つからなかったにもかかわらずです」。彼女を担当する神経生理学者はMITテクノロジーレビューに語った。脳波計を使った検査で意識の兆候が発見されたあと、この神経生理学者はリハビリテーション担当者に、「徹底的に探して彼女を見つける」ように伝えた。およそ1カ月後、彼らは大きな成果をあげた。理学療法と薬物療法により、彼女は指を動かして簡単な質問に答えられるようになったのだ。
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- ジェシカ・ヘンゼロー [Jessica Hamzelou]米国版 生物医学担当上級記者
- 生物医学と生物工学を担当する上級記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、ニューサイエンティスト(New Scientist)誌で健康・医療科学担当記者を務めた。