バッテリーと水素、大型トラックの未来を担うのはどっち?
乗用車の世界ではバッテリー搭載の電気自動車(EV)の普及が進んでいる。しかし大型トラックの世界は、乗用車とは同じようにはいかないかもしれない。燃料電池車を含む複数の選択肢を残しておくことが必要だ。 by Casey Crownhart2024.08.10
- この記事の3つのポイント
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- トラック輸送のクリーン化への取り組みが始まっている
- バッテリー駆動トラックには高コストや重量増加などの問題点
- 水素など多様な選択肢を検討することが重要だ
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
トラック運転手は、厳しい時間的制約を受けながら、毎日大量の荷物を遠く離れた場所に送り届けなければならない。その仕事で彼らが頼りにしているのが、セミトレーラーだ。この車両のディーゼル・エンジンは、気候変動の要因である温室効果ガスだけでなく、人体に極めて有害な窒素酸化物も吐き出す。
トラック物流、特に大型トラックのクリーン化は大きな課題である。一部の企業が、物流業界を変革へとそっと導こうとしているのは、それが理由だ。最近の記事で、カリフォルニア州マウンテンビューに本拠を置くレンジ・エナジー(Range Energy)というスタートアップ企業を取り上げたが、この企業はセミトレーラーのトレーラー部(トレーラー・ヘッドにけん引される部分で、通常は駆動力を持たない)にバッテリーとモーターを載せている。この電動トレーラーをディーゼル・エンジンのトレーラー・ヘッドに連結させれば、燃費を改善できるわけだ。そして、 バッテリーや水素で駆動するゼロエミッションのトレーラー・ヘッドにつなげれば、効率を改善し、航続距離を延ばせるだろう。
トラック輸送の進歩を妨げているのは何か、そしてその現状を変える可能性のあるいくつかのテクノロジーについて専門家たちはどのように考えているのか。私は取材で多くのことを学んだ。
輸送産業全体が、徐々に電動化を進めている。電気自動車(EV)の新車販売台数は増加の一途をたどり、2023年には乗用車全体の新車販売台数のうち18%を占めるようになった。
トラックがその動きを追う可能性は高い。低公害車の普及を目指す技術者団体である米カルスタート(CALSTART)のデータによると、すでに世界中で、350車種ほどの中・大型ゼロエミッション・トラックが販売されているのだ。ワシントンD.C.を本拠地とする非営利団体の世界資源研究所(World Resources Institute)で、電動車戦略と製造目標を担当するステファニー・リー部長は、「特にバッテリー式EVには、多くの強みと需要があると見ています」という。
しかし、バッテリー駆動のトラックが路上を走るようになれば、いくつかの大きな問題を引き起こすだろう。第一に、そしておそらく最も重要なのが、そのコストだ。バッテリー駆動のトラック、特にセミトレーラーのような大型車両は、ディーゼル・エンジン駆動の車両よりもはるかに高価になる。
この点については朗報もある。燃料補給とメンテナンスのコストを考えると、電動トラックがディーゼル車と張り合える日は遠くないように見えるのだ。国際クリーン交通委員会(International Council on Clean Transportation)の2023年の報告書によると、2030年までに米国では、バッテリー駆動で長距離を走るトラックの総所有コストが、ディーゼル・エンジンの大型トラックの総所有コストを下回る可能性が高い。この報告書ではカリフォルニア州、ジョージア州、ニューヨーク州など多数の州を調査しており、電動トラックの比較的高い初期費用を、低い運用コストが相殺することを明らかにした。
バッテリー駆動トラックのもうひとつの大きな問題は重量だ。車両が大きくなれば、バッテリーも大きくなる。これが問題になるかもしれない。現在の規制では、安全上の理由と道路の損耗を防ぐために車両の重量に制限をかけている(米国では約36トン)。物流業者は、1台の車両になるべく多くの荷物を詰め込みたがるものだ。そのため、バッテリーの追加による重量増加を良く思わない可能性がある。
最後に、トラックがどれほどの距離を走れるのか、そしてどれほどの頻度で停車する必要があるのか、という問題がある。トラック運転手と物流業者にとって、「時は金なり」だ。トラックが担当区域を走り回るのに十分な航続距離を確保するために、バッテリーは、単位体積当たりに詰め込めるエネルギーの量を増やさなければならない。ここで、充電がもうひとつの大事な要素になる。運転手がトラックを止めて充電するとき、急速充電が可能なより強力な充電器を求めるだろう。しかし強力な充電器は送電網に大きな負担をかける可能性がある。送電事業者は、大量のバッテリーに急速充電ができるほどの膨大な電力を供給するために、地域によっては設備の更新を強いられるかもしれない。
このように、バッテリー式電動トラックには課題が山積している。 「企業が本当に求めているのは、交換できるバッテリーです」。ボストンに本部を置く非営利団体であるクリーン・エア・タスク・フォース(Clean Air Task Force)で、輸送テクノロジーの責任者を務めるトーマス・ウォーカーは言う。そして今のところ、バッテリーのクリーン化は十分には進んでおらず、化石燃料の代替にはなれていない、と付け加える。
将来の大型トラックに向けたテクノロジーに関しては、選択肢を広げておくべきだと一部の専門家が言うのはこのためだ。そしてその選択肢には水素も入ってくる。
今年初めの記事で取り上げたように、バッテリーは現在、輸送のグリーン化競争で水素を打ち負かしつつある。大半の車両、そしてほとんどの人にとって、バッテリーは単純に、水素より理にかなっている。水素ステーションなどの水素供給網の貧弱さから水素補給にかかる費用に至るまで、あらゆる理由を挙げることができる。
しかし、大型トラックの話になると事情は一変する。重い車両、大きなバッテリー、高出力の急速充電器、そして走行距離の長さといった要因は、水素に有利に働く可能性がある。ただそこには、水素自動車を「経済的」と言えるようになるほど水素の価格が下落するのかといったことなど、いくつかの重要な「もしも」がある。
大型トラック輸送のように脱炭素化が難しい産業には、できる限りの支援が必要だ。「勝ちそうな方を選ぼうとするのでなく、スタート時点では多くの選択肢を残しておき、それを絞り込んでいくことが重要です」とクリーン・エア・タスク・フォースのウォーカーが述べているように。
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- ケーシー・クラウンハート [Casey Crownhart]米国版 気候変動担当記者
- MITテクノロジーレビューの気候変動担当記者として、再生可能エネルギー、輸送、テクノロジーによる気候変動対策について取材している。科学・環境ジャーナリストとして、ポピュラーサイエンスやアトラス・オブスキュラなどでも執筆。材料科学の研究者からジャーナリストに転身した。