オープンソース投票機は
民主主義の「信頼」を
取り戻せるか?
米大統領選を控え、投票機への不信感が高まる中、オープンソースのソフトウェアで透明性を追求する非営利団体が台頭。従来の投票機メーカーに挑戦し、民主主義の信頼回復を目指している。この新たな潮流が、選挙テクノロジーの未来を左右するかもしれない。 by Spenser Mestel2024.08.25
- この記事の3つのポイント
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- 大統領選を前に、米国で選挙のセキュリティへの関心が高まっている
- 従来の投票機メーカーに代わる非営利団体のオープンソース投票機に注目
- オープンソースの投票機が選挙への信頼回復の鍵を握る可能性がある
2023年8月、ニューハンプシャー州コンコードのイベント会場に集まった選挙関係者たちは、ベンダーから最新の投票機の売り込みを受け、息を呑んだ。ささやきが漏れた。「ありえない」。そしてうなずいては、膝の上のスコアカードに書き込む。必要ならベンダーの話しをさえぎり、さまざまな角度から質問を投げた。「新しいスキャナーの重量はどれぐらいですか?」「 中国製の部品は使われていますか? 」「データ形式はJSONですか?」
どの回答も重要だった。何しろ、多くの人がこのプレゼンテーションも参考にして十年に一度のレベルの決断を下すことになるのだから。
コンコードのイベント会場に集まったニューハンプシャー州の選挙担当者は、現在、「アキュボート(AccuVote)」という電子投票機を使用している。電子投票システムの設計・製造・販売企業の「ドミニオン・ボーティング・システムズ(Dominion Voting Systems、以降、ドミニオン)」傘下にある企業が製造したものだ。アキュボートは1989年に初めて導入されたが、マイクロソフトのサポートが終了したオペレーティング・システム上で動作している。また、重大な誤作動を起こしたこともあり、2022年の猛暑の中で実施されたコネチカット州の選挙では、アキュボートの同モデルの一部が溶ける事態も発生した。
ニューハンプシャー州の多くの自治体がアキュボートの使用を止めたいと考えている。だが、代わりに何を使うのか。過去の実績から判断すれば、新しい機械は数十年は使えるものがいい。同時に州の選挙懐疑派を納得させられるだけのセキュリティ機能も欠かせない。会場の外では、その懐疑派らしき人々が「投票機を禁止せよ」などと書いたプラカードを掲げていた。この日、反対運動に集まった人数はそれほど多くなかったが、投票テクノロジーを廃止し、代わりにすべての投票用紙を手作業で集計することを求める運動は全米に広がっている。だが、選挙管理者に言わせれば、手作業による集計はそもそも不可能だ。
こうした状況を背景に、130人を超える選挙関係者がコンコードのイベント会場(法制局庁舎2階会議室)に詰めかけた。そして突きつけられた選択肢は、根本的に異なる2つの未来だった。
1つは、既存のベンダーの利用を続けること。ドミニオン、ES&S(Election Systems & Software)、ハート・インターシビック(Hart InterCivic)の3社のことで、米国の投票テクノロジー市場の約90%を占めている。この3社はいずれも非公開企業だ。財務状況の開示はほとんど義務付けられておらず、ソースコードも完全に公開しない方針だ。
もう1つの未来は、職員わずか17人の非営利団体「ボーティングワークス(VotingWorks)」に賭けること。同団体の投票機を契約しているのはミシシッピ州の5つの小さな行政区だけである。ボーティングワークスは先の大手3社とは正反対のアプローチをとってきた。財務諸表は同団体のWebサイトに掲載されているし、機械を動かすコードはもれなくギットハブ(GitHub)上で公開されていて誰でも点検できる。
コンコードでのイベントでES&Sの代表者は、このオープンソースのアプローチは危険ではないかと述べた。「米国連邦捜査局(FBI)は新しく施設を建てるからといって設計図をネット上に公開したりしないでしょう」。だが、ボーティングワークスの共同創設者ベン・アディダは、投票機器に対する信頼を回復し、投票用紙の手集計を求める全米的な動きに対抗するには、オープンソース化は欠かせないと訴える。同共同創設者は聴衆に向けて「オープンソースの投票システムとは、仕組みに一切秘密がないシステムのことです」と語った。「あらゆるソースコードが公開されて誰にでも見られるようになっているのに、そもそも、なぜ2023年にもなってプロプライエタリ(非公開の)ソフトウェアで票を数えているのでしょうか」。
同様の考えを持つ人もいる。ジョージア州が2020年に手作業の集計の監査に使用したものも含め、現在、10州がボーティングワークスのオープンソース監査ソフトウェアを使用している。他の人たちも、オープンソースの投票テクノロジーを調査・研究している。最近では、マイクロソフトがアイダホ州フランクリン郡で投票ソフトウェアを試験運用をした。オープンソースの投票テクノロジーを義務付ける、または許可する法案が最近少なくとも6つの州で提出された。連邦レベルでも、この問題の検討をさらに進める法案が提出されている。ニューハンプシャー州では、このアイデアは選挙当局、州務長官だけでなく、頑固な機械懐疑派からも支持されている。
ボーティングワークスは、選挙の透明性向上を目指す運動の最前線に立っている。「これまで20年、30年と使ってきた投票機器が現在の危機の原因ではありませんが、それらの機器がこの危機から救ってくれるわけでもありません」とアディダ共同創設者は話した。しかし、理想主義的な非営利団体が、業界の巨大企業を退け、その過程で民主主義への信頼を取り戻すことが本当にできるのだろうか。
当局は長年、米国の投票機が攻撃に弱いのではないかと懸念してきた。米上院情報特別委員会によると、2016年の大統領選挙期間中、ロシアのハッカーは50州すべての選挙システムを標的にした。委員会は票に変更が加えられた証拠を見つけていないが、ロシアが「後日使用するために」攻撃方法の選択肢をリスト化している可能性が示された。
2017年、米国国土安全保障省(DHS)は、選挙インフラを「最重要社会基盤」に指定し、「国家、サイバー犯、ハクティビストに至るまで、悪質なサイバー行為者は巧妙化し、危険性を増す一方だ」と指摘した。
一部の保守派の活動家は、機械を一切使わず、手作業で投票用紙を数えることを提案している。しかし、手作業による票の集計は、とてつもない時間とコストがかかり、間違いが起こりやすくなるのは言うまでもない。例えば、アリゾナ州のある郡が2023年に試算した結果では、2020年の選挙に投じられた10万5000票分をすべて手作業で集計するには、少なくとも245人の人員が休日も含めてほぼ3週間毎日働く必要があるという。
当然、選挙管理者は票の集計を機械に頼らざるを得ない。冒頭のコンコードでのイベントでは、ボーティングワークスと大企業2社(ドミニオンとES&S)が同じ種類の製品を提案していた。基本的には単なる集計機械である光学スキャナーだ。ニューハンプシャー州の有権者が紙の投票用紙に手書きで記入すると、ほとんどの場合、光学スキャナーに挿入され、投票用紙に記された印(マーク)を解釈して集計される。米国全土のおよそ3分の2の票がこの方法で処理される。有権者の4分の1は、機械を使って投票用紙に印をつける(この機械は投票用紙に印をつける機器で、その名の通り「投票用紙マーキング・デバイス(ballot-marking devices)」と名付けられている)。その後、光学スキャナーに挿入するのは先と同様だ。約5%の有権者は電子式直接記録投票装置(DRE)を使用しており、投票は直接機械上で実行され、その票は保存される。手作業での集計は、わずか0.2%にすぎない。
2020年の選挙以来、このような機械を製造する企業は、選挙結果を否認する人々から厳しい監視の目を向けられている。またこれらの企業は、秘密主義、イノベーションの欠如、現状維持といった傾向があると与野党双方から非難されている。
3社(ドミニオン、ES&S、ハート・インターシビック)はいずれも、出資者や財務健全性などの基本情報を公開していない。その機械の価格を知ることさえ容易ではない。そして選挙管轄区はたいてい、こうした企業に依存するようになる。この産業の売上高の3分の2は、機械のサポート、メンテナンス …
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