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下水浄化で活躍するバクテリアの驚くべき力
Jeffrey Coolidge/Getty Images
How some bacteria are cleaning up our messy water supply

下水浄化で活躍するバクテリアの驚くべき力

私たちが飲んで体外に排出される薬剤の成分、シャンプーや美容液などが流れ込む下水の処理施設は、こうした汚染物質を処理するように設計されていない。ところが、臨機応変に対応する微生物にとっては宝になるかもしれない。 by Cassandra Willyard2024.03.19

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

糖尿病治療薬のメトホルミンは、奇跡の薬としてもてはやされてきた。このメトホルミンは糖尿病をコントロールするだけでなく、炎症やがんを抑制し、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の最悪の影響を回避し、さらには老化の進行を遅らせることもできるのだ。これだけ人気になっているのも不思議ではない。米国ではメトホルミンの処方件数は、2004年の4000万件から2021年の9100万件へと、20年足らずで2倍以上に増加している。

そして世界中で、私たちは年間1億キログラム以上のメトホルミンを消費しているのだ。 これは驚くべき数字だ。

メトホルミンはすべて体内に入る。しかし、(体内で作用した後)ほとんどそのまま体外に排出され、最終的には下水に流れ込む。下水から検出されるメトホルミンの量は、1リットルあたり数十マイクログラムと非常に微量であり、これが人体に害を及ぼす可能性は低い。しかし、たとえ少量であっても、文字通りその中を泳いでいる水生生物には影響を与える可能性はある。

ミネソタ大学の生化学者であるローレンス・ワケット名誉教授は、約10年前にこの問題に興味を持った。研究者らは、一部の下水処理施設では流入するメトホルミンの量が、流出する量よりもはるかに多いことを観測していたのだ。2022年、同名誉教授のチームと他の2つのグループは、メトホルミンの代謝に関与する細菌を特定しそのゲノム解析をした。しかし、同名誉教授は依然としてどの遺伝子が、メトホルミンの代謝に関与しているのかを突き止めることはできなかった。

そして現在、ワケット名誉教授はどの遺伝子がメトホルミンの代謝に関与するかを知っている。2月下旬、同名誉教授の研究チームは、メトホルミンを分解できるタンパク質をコードする2つの遺伝子を特定したと報告した。この研究は、米国科学アカデミー紀要(PNAS)に掲載された。これらのタンパク質は、3大陸の下水汚泥中に見られる少なくとも5種のバクテリアによって生成される。しかし私が驚いたのは、これは偶然ではないということである。これらのバクテリアは、メトホルミンを分解する能力を進化させたのだ。バクテリアは、環境中にこの薬物が遍在していることを利用する機会を見出し、そして分解する能力を獲得したのだ。「このようなことは、よくあることです。微生物は、私たちが作る化学物質に適応するのです」。

別の例を示そう。1960年代、農家は「アトラジン」と呼ばれる新しい除草剤を使用し始めた。約10年間、研究者たちはこのアトラジンは土壌の中でゆっくりと分解されるようだと報告していた。しかし、10年ほど後に状況が変わった。「多くの研究者が『いや、数週間や1カ月くらいという、ものすごい速さで分解されている』と報告し始めたのです」(ワケット名誉教授)。それは、バクテリアがアトラジンを代謝して窒素を抽出する能力を進化させたからなのだ。「『選択圧』というものが存在します」と同名誉教授は言う。「窒素を取り出す方法を発見したバクテリアは、大きな選択的優位性を持っているのです」。

この種のバクテリアの進化は驚くべきことではない。人間や家畜への過剰な抗生物質の使用が、抗菌薬耐性の危機を引き起こしているという話を誰もが聞いたことがあると思う。だが何らかの理由でバクテリアが私たちに害を与えるのではなく、むしろ私たちを助けるような進化を遂げている可能性があるとは思いもよらなかった。

これは良いニュースである。なぜなら私たちは、水を本当に汚してきてしまったのだからだ。

一歩引いて考えてみることにしよう。この問題は新しいものではない。科学者たちが、水の中で医薬品を初めて検出したのは40年以上も前のことだ。しかし、この20年間で懸念は劇的に高まっている。2008年にAP通信は、米国の飲料水は抗生物質から抗うつ薬、性ホルモンに至るまで、さまざまな薬物で汚染されていると報じた

薬だけに限った話ではない。ココナッツ・シャンプーや保湿ボディウォッシュ、高価な美容液などなど、目が回るほど多くのパーソナルケア製品も下水道に流れ込んでいる。そして廃水処理施設は、こうしたいわゆる微量汚染物質を処理するようには設計されていない。「廃水処理が確立されて最初の100年間ほどは、とにかく感染症を防ぐことが重要だったのです」(ワケット名誉教授)。

現在多くの廃水処理施設では、廃水と空気をタンク内で混合して活性汚泥を形成し、バクテリアが汚染物質を分解するのを助けるというプロセスを実施している。このシステムは元々、医薬品ではなく、窒素、リン酸塩、有機物を除去するために設計されたものだ。そして汚泥中のバクテリアがメトホルミンのような薬物を代謝することに関しては、全く幸運な偶然であり、意図した設計の結果ではないのだ。

バクテリアに依存するある種のテクノロジーは、このような微小汚染物質を除去するのに有効である。例えば、膜生物学的リアクターは活性汚泥と精密濾過を組み合わせるが、バイオフィルム・リアクターは膜の表面で増殖するバクテリアに依存している。酸素の乏しい環境で微生物が汚染物質をバイオガスに変換する、嫌気性の「汚泥ブランケット」(本当に最悪の名前だ)というものさえ存在する。しかし、これらのテクノロジーは高価であり、処理施設は処理水にこれらの汚染物質が含まれていないことを保証する必要はない。少なくとも米国では、必要ない。

欧州委員会(EC)は、2045年までに大規模な廃水処理施設で大量の微量汚染物質を除去する必要があると規定する、新たな規則の導入に向けて取り組んでいる。そしてこの場合、汚染者である製薬会社や化粧品会社がコストの80%を支払うことになる。製薬業界は、この考えに対しては好意的なスタンスではない。製薬業界団体は、この新しい規則により医薬品不足が生じる可能性が高いと述べている

米国では、連邦政府が依然としてこれらの汚染物質にどのように対処するかを模索している段階だ。水中の少量の医薬品が、環境や人の健康にどのような影響を与えるかは完全には明らかになっていないため、難しい問題なのだ。そして、そのリスクは対象となる薬剤によって異なる。中には明確な脅威となるものもある。例えば、経口避妊薬は魚の生殖能力の問題や性転換を引き起こすことが確認されている。

そしてバクテリアは、私たちをエストロゲンからも救ってくれるのだろうか? もしかしたら、そうなのかもしれない。エストロゲンを分解するバクテリアは、すでに100種類以上確認されている。あとは、それを活用する方法を見つける必要があるだけだ。

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2023年の記事で、本誌のジェシカ・ヘンゼロー生物医学担当上級記者が、エクスポソーム(私たちが食べ、飲み、吸入し、消化するすべての化学物質)を研究している科学者たちを紹介した(記事はこちら)。

ヘンゼロー記者は、もう1つの蔓延している汚染物質であるマイクロプラスチックについても記事を書いている。マイクロプラスチックはどこにでも存在するが、これらが私たちに何をしているのか、私たちはまだよく理解していないのだ。

微生物は廃水をきれいにするだけではない。食物の分解にも役立っている。そして一部の企業は、まさにそれを支援するための嫌気性消化槽の建設を望んでいると、昨年、ケーシー・クラウンハート気候変動担当記者が報告している。

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