危機の子どもたちを救う
リモート幼児教育、
シリア難民キャンプの事例
シリア難民キャンプの未就学児を対象とした学習プログラムで、リモート学習は対面教育と同等の成果を出せることが分かった。教育の未来における重要な一歩だ。 by Anya Kamenetz2024.03.14
数人の未就学児が、セサミストリートのお気に入りキャラクターの1つ、丸いものが好きな赤ちゃんヤギのマズーザになりきっていた。子どもたちはトマトで遊んだ。5個まで数えて、1個隠し、それをまた元に戻した。
子どもたちが形や数、想像力を探求している、まったく普通のひとときである。唯一異なるのは、『アーラン・シムシム(Ahlan Simsim =ウェルカム・セサミ)』と呼ばれるこのセサミストリートが、レバノンのキャンプで暮らすシリア難民の子どもたち向けに特注で制作されたものだということだ。そのような子どもたちは幼稚園に通えず、食事さえ満足にとれていないことも多い。
2020年以降、パンデミック、気候災害、戦争による教育の中断が、地球上のほぼすべての子どもたちに影響を及ぼしてきた。ユニセフによれば、紛争や災害によって故郷を追われた子どもたちは過去最多の4330万人にのぼり、その数は過去10年で倍増している。
それにもかかわらず、セサミストリートを制作する非営利団体、セサミ・ワークショップ(Sesame Workshop)のシェリー・ウェスティン代表が指摘するとおり、「世界全体の人道支援の2%未満しか、幼児期の子どもたちのために使われていません」。そのような子どもたちには、食糧や医療だけでなく、特に養育や教育の支援が必要なのだ。
状況が変わり始めるかもしれない。アーラン・シムシム・プログラムは、小さな子どもたちの発育を明確な目的とする、史上最大規模の人道的介入である。セサミ・ワークショップは、非営利の人道支援団体である国際救済委員会(IRC)と提携し、マッカーサー財団(MacArthur Foundation)が運営する助成金コンペで1億ドルを獲得した。2023年5月に発表されたこのプログラムの結果は、まだ専門家による評価を受けていないものの、驚くべきものだった。100%リモートでの学習が、危機的状況にある幼児たちを助けることができるという、初の証拠が示されたのだ。そして、このフォーマットはすでに上手にコピーされ、他の危機的状況にある場所でも利用されている。
このプログラムは、セサミが制作した映像コンテンツに、IRCのサービスを組み合わされたもの。IRCは、危機の影響を受けたコミュニティ出身のボランティアのほか、プロの教師や保護者指導教員も雇い、現地で子どもたちの家族と協力して活動している。過去数年間で200万人の子どもとその養育者たちがアーラン・シムシムを視聴し、かつコーディネートされたサービスを受けた。サービスの中には、全面的に携帯電話で提供されたものもあった。さらに、番組を視聴しただけの子どもも2500万人いた。
2023年、ニューヨーク大学のヒロ・ヨシカワ教育教授らの研究チームは、ある無作為比較試験の結果を発表した。この試験では、11週間の完全リモート学習プログラムに参加したシリア難民の子どもたちと、通常の幼稚園に1年間通った子どもたちを対象に、学習の進み具合を比較した。リモート学習プログラムは、アーラン・シムシムの動画と、現地の幼稚園の先生による携帯電話を使ったライブ・サポートを組み合わせたものだった。そして比較試験の結果、どちらの学習の進み具合も同程度であることが示された。
この試験で測定された学習成果は、学業的なものだけではなかった。子どもたちは、全体的な発達、初期の読み書き能力、初期の計算能力、運動能力、社会的感情能力、さらにはヤギのマズーザになりきるといった、遊びの質における進歩も示した。
「かなり感銘を受けています」。この研究には携わっていないテンプル大学の幼児発達専門家、キャシー・ハーシュ・パセック教授は言う。そして、通常の幼稚園児に比べ「おそらく完全な栄養はとれていないでしょう」と警告した。「しかし、結果は上々でした。このような環境であっても子どもたちに何かがもたらされることは、ちょっとした驚きです」。
セサミとIRCは総合的な介入が助けとなって、世界で最も脆弱な子どもたちが有害なストレスに対処できるようになることを期待している。そのような種類のストレスは、放っておくと発達中の脳の構造を変えてしまうこともある。「危機的な状況や紛争の中で生まれたという理由だけで、潜在能力を最大限に発揮できる可能性が損なわれている子どもたちが、非常にたくさんいます」とプロジェクトに深く関わったIRCの幼児発達・戦略イニシアチブ担当理事、ケイティ・マーフィーは言う。「私たちの取り組みは、その格差を縮めようとしています」。
養育者や地域社会からの適切な支援があれば、世界中のより多くの子どもたちが危機や強制避難、戦争の中でもたくましく成長できると、マーフィー理事たちは信じている。
差別、紛争、飢餓への対処
レバノン東部の農業地帯、ベッカー渓谷の難民キャンプで、このプログラムに参加したシリア難民の母親、アマル、ハナ、マリアムの3人は、ヘッドスカーフと模様入りのローブをまとい、人がほとんどいないテントのカーペットに腰を下ろしていた。ハナの膝の上には、より掛かるように座る4歳の息子がいた。 最近、彼女たちが暮らすキャンプで治安上の事件が起こったため、私たちは近隣のキャンプからズーム(Zoom)アプリを使って通話 …
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