コロナ禍で定着した「パルスオキシメーター」に潜む人種問題
血中酸素濃度を計測するパルスオキシメーターは、使用者の肌の色によって計測値が変わってしまう問題を抱えている。さまざまな研究者が問題解決に向けて知恵を絞っているが、米国食品医薬品局は決定的な解決策を見つけ出せていない。 by Cassandra Willyard2024.02.20
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
医療機関を訪れると、最初に患者がやることの1つが、パルスオキシメーターを指に装着することだろう。この装置は心拍数と血中酸素濃度を計測し、患者の健康状態に関する重要な情報を提示する。だが、欠点もある。肌の色が濃い人がパルスオキシメーターを使うと、血中酸素濃度が過大に評価されてしまうことがあるのだ。危険なほど酸素濃度が下がっていても、パルスオキシメーターの数値からは健康に見えてしまう可能性がある。
米国食品医薬局(FDA)は、この問題をどう解決するか、いまだに結論を出せていない。2024年1月にFDAの諮問委員会は会合を開き、さまざまな肌の色を持つ人々に対して、パルスオキシメーターの性能を適切に評価する方法を検討した。一方で、エンジニアたちもこの問題を考え続けている。今回は、パルスオキシメーターの問題に目を向け、計測値に誤りが生じる理由、技術的な解決策の候補を探ってみよう。
問題を把握するにはまず、パルスオキシメーターの仕組みを理解する必要がある。この種の装置のほとんどは、身体のどこかの部位に挟み込むように取り付ける。通常は手の指先に挟むが、場合によっては耳たぶや足の指に取り付けることもある。指先などに挟むクリップの片側にはLEDが組み込まれており、赤色光と赤外光という2種類の波長の光を発している。クリップのもう一方の側にはセンサーがあり、LEDが発した2種類の光のうちどれくらいが組織を透過したかを測定する。酸素化された血中ヘモグロビンと脱酸素化された血中ヘモグロビンでは、2種類の波長の光の吸収度が異なる。装置は赤色光と赤外光の測定値の比であるR/IR比を計算して、血中酸素飽和度を算出する。
ここで問題が生じる。光の吸収度がほかの要因に影響される場合があるのだ。例えば、濃い色のマニキュアは測定値を乱す恐れがある。タトゥー、そしてメラニンもだ。「肌の色が濃い人ほど、より多くの光を吸収します」と、スワースモア大学のエンジニアで、インクルーシブ工学設計に関心があるマギー・デラノ准教授は語る。100個の光子が指を透過していくと想定しよう。その一部は血液、一部は骨、一部は皮膚のメラニンに吸収される。「20個の光子が透過するような場合でも、肌の色が濃い人では5個ということもあるのです。この影響を何らかの方法で電子機器が補正しなければ、結果に誤りが生じる可能性があります」とデラノ准教授は指摘する。
このような誤りは臨床結果に重大な影響を与える恐れがある。血中酸素は、酸素投与や入院の必要性を判断する際に医師が利用する重要なバイタルサインの1つだ。
この問題を解決しようと、エンジニアたちはさまざまな方法で取り組んでいる。タフツ大学のバレンシア・コムソン准教授のチームは、信号品質が悪かったり、利用者が肌の色が濃い人であるようなときに、送出する光を増量することで補正する装置を開発した。「私たちが扱っている光学信号は非常に弱い上、光を吸収したり散乱させたりするさまざまな組織を透過させなければならないのです」と、コムソン准教授は「インヴァース(Inverse)」に語っている。「自動車に乗って、トンネルを走行している状況に非常によく似ています。基地局が送出する携帯電話の信号はさまざまな素材に吸収され、失われていきます。その結果、トンネル内では携帯電話の信号が届かなくなります」。
コムソン准教授のチームは医療機器メーカーと協力し、臨床試験向けに試作機を開発している。オープンオキシメトリー(Open Oximetry)の最近のコンテストで最終選考に残ったおかげで、同チームはカリフォルニア大学サンフランシスコ校の低酸素ラボで装置を無償で検証できる。
一方、ブラウン大学のエンジニアは、偏光ビームを発出する特殊なLEDを活用して解決策を見出そうとしている。カリフォルニア大学サンディエゴ校のエンジニアであるジェシー・ジョカースト教授は、肌の色合いも補正できる、光と音を使用するオキシメーターの開発を続けている。また、テキサス大学アーリントン校のチームは、標準的なパルスオキシメーターが使用する赤色光を、緑色光に置き換えることを目指している。緑色光は組織に吸収されずに、跳ね返される。ジョンズ・ホプキンス大学のエンジニアは、血中酸素飽和度を算出する際に肌の色合いを考慮するパルスオキシメーターの試作機を開発した。
セントルイス・ワシントン大学のニール・パトワリ教授は、パルスオキシメーターの機器はそのままに、アルゴリズムの入れ替えで問題を解決しようとしている。パルスオキシメーターは2種類の波長の光を2回ずつ、計4回発して測定する。測定できるタイミングは2回。心臓が血液を動脈へと押し出して血流量は最大になるときと、脈拍の間の血流量が最小になるときだ。こうして計測した4種類の数値をアルゴリズムで処理することでR/IR比を算出する。具体的には、一方の比を他方の比で除算することで、R/IR比が得られる。しかし、「2つの数値を取得し、除算する際に、分母にノイズがあると奇妙な影響が現れることがあります」と、パトワリ教授は語る。ノイズを増やす要因の1つは、肌の色の濃さだ。パトワリ教授は、よりバイアスの少ないR/IR比を提供できるアルゴリズムを発見したいと考えている。
上記のいずれかの戦略でパルスオキシメーターの誤計測の問題を解決できるかどうかは、まだ見通せない。だが、改良された装置が規制承認審査を受ける頃には、求められる性能はより高くなっているだろう。FDAが2月2日に開催した委員会では、人間の肌の色を10段階に分け、少なくとも24名以上の被験者で10段階すべての肌の色について装置をテストするよう企業に求める提案を審査した。現在FDAは、「肌の色が濃い」2名を含む、10名が参加する試験で機器をテストするように求めている。
他方で、医療従事者は現在のツールの使い方や、信頼性の問題と向き合っている。2日に開催された諮問委員会で、委員の1人はパルスオキシメーター大手のメドトロニックの代表者に、装置の自主的リコールを検討したかと尋ねた。「当社の装置はFDAの現行基準に準拠していると100%確信しています」と、メドトロニックのサム・アジジアン患者モニタリング担当最高医療責任者(CMO)は述べた。「パルスオキシメーターは手術室、ICU、ER、救急車などあらゆる場所で使用されている基本的な装置であり、話がリコールにまで発展すると公共の安全を損なうことになるでしょう」と語った。
だが、誰もが害を上回る利益が得られると同意しているわけではない。昨秋、カリフォルニア州オークランドを本拠地とするルーツ地域医療センター(Roots Community Health Center)は、パルスオキシメーターの大手数社を相手取って訴訟を起こした。肌の色が濃い人で測定値が正確であると証明されるまで、もしくは装置に警告ラベルが貼付されるまでの間、カリフォルニア州での装置の販売を禁止するよう裁判所に求めている。
「パルスオキシメーターは、この国の医療産業とそれを監督する規制当局が、白人の健康を非白人患者の現実より優先させたときに発生する悲劇的な害悪の一例である」と、ルーツ地域医療センターのノハ・アボエラタ最高経営責任者(CEO)は声明で述べている。「人種バイアスがかかったパルスオキシメーターの製造、マーケティング、使用を続けることは、この国の医療システムに対する告発だ」。
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