日本で承認された新世代mRNAワクチン、従来とどう違うのか?
昨年11月、日本で承認された自己増殖型mRNA(saRNA)ワクチンが注目されている。従来のmRNAワクチンとどう違うのか。 by Cassandra Willyard2024.03.07
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
今回の話題は、mRNAワクチンだ。
「聞き飽きた」という不満の声が一斉に聞こえてきそうだが、ちょっと待ってほしい。mRNAワクチンについては、確かにこれまで散々耳にしてきたと思う。しかし、日本で少し前に、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に対する新しいワクチンが承認された。これが、かなり興奮するニュースなのだ。皆さんがよくご存知のあのmRNAワクチンと同じように、この新しいワクチンも新型コロナウイルスのスパイク・タンパク質を作る指示を体内に届ける。しかし、体内でmRNAをさらに多く作る方法も伝えるという点が斬新だ。要するに、指示を増やすための指示を提供する。つまり、自己増殖型である。
何のことやらと、頭が爆発していることだろう。
「自己増殖型mRNA(saRNA)」ワクチンには、少なくとも理論的には、従来のmRNAワクチンと比べていくつかの大きな利点がある。saRNAワクチンにはコピー機が組み込まれているため、接種量を大幅に減らすことができる。ある研究チームは、従来のmRNAワクチンとsaRNAワクチンの両方をマウスでテストし、わずか64分の1の投与量で同等のインフルエンザ予防効果が得られることを発見した。さらに、saRNAワクチンはRNAが自己複製を続けより長く留まるため、より持続的な免疫反応を引き起こす可能性がある。mRNAは1日か2日間持続する可能性があるが、saRNAは1カ月間持続する可能性がある。
従来のmRNAに少し手を加えただけのものだと思っているなら、そうではない。「saRNAはまったく別ものです」とブリティッシュコロンビア大学のアンナ・ブラクニー助教授(生物工学)はネイチャー誌に語っている(同助教授は本誌の「35歳未満のイノベーター」の1人である)。
何が違うのか? 従来のmRNAワクチンは、新型コロナウイルスのスパイク・タンパク質の遺伝暗号を持つメッセンジャーRNAから成る。そのmRNAは体内に入ると、ヒト体内に存在するメッセンジャーRNAを翻訳する細胞機構によってタンパク質に翻訳される。
saRNAワクチンには、スパイク・タンパク質をコードする遺伝子に加え、コピー機の役割を果たす酵素であるレプリカーゼをコードするウイルス遺伝子も含まれている。つまり、1つのsaRNA分子が、さらに多くのsaRNA分子を作り出せるということだ。体内で自己複製するワクチンと聞くと、少し不安になるかもしれない。しかし、明確にしておきたいことがある。このようなワクチンに自己増殖能力を与える遺伝子はウイルス由来だが、ウイルスそのものを作るのに必要な情報はコードしない。したがって、saRNAワクチンは新しいウイルスを作り出すことはできない。また、従来のmRNAと同様、saRNAも体内ですぐに分解される。従来のmRNAよりは長持ちするが、永遠に増殖するわけではない。
ベトナムでの1万6000人を対象とした治験の結果に基づき、日本では2023年11月下旬に、saRNAを用いたこの新しいワクチン「ARCT-154」が承認された。12月にはARCT-154と、ファイザーとバイオンテック(BioNTech)が共同開発したmRNAワクチンである「コミナティ(COMIRNATY)」を直接比較した研究結果が発表されている。800人を対象としたこの研究では、ワクチン接種済みの被験者に、4回目の追加接種として5マイクログラムのARCT-154または30マイクログラムのコミナティのいずれかが投与された。どちらのワクチンも副反応は軽度で、すぐに治まる傾向があった。しかし、saRNAワクチンのARCT-154を接種した人の方がコミナティ接種者よりも高い割合で抗体が誘発された。そして1カ月後、オミクロンBA.4とBA.5に対する抗体レベルはARCT-154の接種者の方が高かった。これは効果が長続きしている証拠かもしれない。
ARCT-154の開発企業は、すでに欧州での承認を申請している。また、季節性インフルエンザと新型インフルエンザの両方に対するsaRNAワクチンの開発にも取り組んでいる。この他にも、saRNAが、希少遺伝性疾患において欠損したタンパク質を置き換えるのに役立つ可能性を探っている企業もある。より優れたワクチンや新しい治療法につながることが期待される。
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