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ビルから道路、クルマまで、隠された気候コストの問題を考える
Andrew Burton/Getty Images
The hidden climate cost of everything around us

ビルから道路、クルマまで、隠された気候コストの問題を考える

鋼鉄、コンクリートといった日常生活ではありふれた材料は、実は温室効果ガスの大きな発生源となっている。そのクリーン化の方法を考えてみよう。 by Casey Crownhart2024.01.11

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

道路や病院、車から家具に至るまで、世界ではさまざまなものが建てられ、作られている。新しい製品やインフラの恩恵を受ける人々にとっては良いニュースだが、まさに製造業や建設業が材料を貪欲に求める状況を招いている。

1971年以来、鋼鉄の需要は3倍、アルミの需要は6倍、セメントの需要は約7倍に増加した。

特定の材料を製造・使用・廃棄することで膨大な量の温室効果ガスが発生するため、こうした需要の高まりによる気候に関する懸念は高まっている。世界の材料生産の合計は、現在の地球の温室効果ガス排出量の約4分の1を占めている。 

私はずっと、このコンセプトを興味深いものだと思ってきた。とはいえ、セメントでできた歩道は発電所のように二酸化炭素を撒き散らしているわけではない。にもかかわらず、おそらくこの灰色の暑い板は各地の天然ガス火力発電所以上に気候作用にとって難しい課題になっている。材料は、私たちが十分に語りきれていない気候問題だ。その理由を深く探ってみよう。 

まずは鋼鉄だ。鋼鉄はおそらく、材料界において気候に関する最大・最悪の悪役だろう。国際エネルギー機関(IEA)によると、鋼鉄と鉄の生産によって毎年約26億トンの二酸化炭素が発生しているという。これは、すべてのエネルギー関連の温室効果ガス排出量のおよそ7%にあたる。

鋼鉄製造の工程に目を向けてみれば、なぜ気候にとっての悪夢なのか、理解するのはそう難しくないだろう。 とりわけ旧来型の鋼鉄製造メーカーは高炉に依存しており、これが1000 °C以上に達する。この熱によって、鉄鉱石と石炭由来のコークスと呼ばれる材料間に化学反応が起こる。

この温度を得るには膨大な量のエネルギーが必要で、現在の鋼鉄製造の中心は化石燃料だ。高層建築の足場から自動車のフレームに至るまで、あらゆる鋼鉄が温室効果ガスと関係しているのだ。

よりクリーンな鋼鉄製造のために、代替案を求めている企業もある。スタートアップのH2グリーン・スチール(H2 Green Steel)は、化石燃料の代わりに水素を利用しようと考えている。同社は世界初となる商業規模でのグリーン・スチール工場をスウェーデンに建設中だ。この工場は、2026年までに250万メートルトンの鋼鉄を製造する予定だ(本誌はH2グリーン・スチールを2023年の気候テック・スタートアップに選出した。詳しくはこちら)。

電気を用いて鋼鉄製造の見直しを図っている企業もある。ボストン・メタル(Boston Metal)は高炉ではなく、電気化学反応炉を利用するアプローチを採用している。鉄鋼業のように大規模で保守的な産業に割って入るのは挑戦だが、2025年または2026年までに産業規模のユニットを利用可能にする計画を打ち出している。

材料に関しては高温と膨大なエネルギーを求められることが温室効果ガスの特に大きな発生原因だが、問題はそれだけではないコンクリートの重要な材料であるセメントを考えてみよう。コンクリートは、きっとあなたの近くでも今すぐに見つかるはずの、何の変哲もない灰色の材料だ。

セメント製造は世界の二酸化炭素排出量の7%以上を占めている。鋼鉄と同じくセメントの製造にも膨大な量のエネルギーが必要とされ、一般的な稼働中のセメント炉の内部は噴火中の火山の中よりも高温になる。

だが実際のところ、エネルギーの使用はセメントの気候問題の半分に過ぎない。もう一方の問題は、いわゆる直接排出によるものだ。セメント製造に必要な化学処理が原因だ。押しつぶした岩を建築材料として利用できるようにするためには複雑な化学反応が必要で、通常はそこで二酸化炭素が発生する。つまりセメント製造は、気候変動に関して2つの問題をはらんでいるのだ。

セメント製造をクリーン化して温室効果ガス排出を減らすには、2つの関連する、だが個別の課題に取り組む必要がある。化石燃料を燃やさずに処理に必要な電力を確保し、化学反応による排出を避けることだ。

スタートアップのサブライム・システムズ(Sublime Systems)は、両方の課題に取り組んでいる。マサチューセッツ工科大学(MIT)の2人のバッテリー科学者が立ち上げた同社は、水と電気を用いてセメント炉と同じ機能を持つプロセスの開発に取り組んでいる。

手のひらサイズの小規模なセメント作りからスタートしたサブライム・システムズだが、規模を拡大している。現在、ボストン郊外にある本社の試験ラインでセメントを毎年約100トン製造しており、2026年の初頭にはより大規模な実証工場の運転開始を計画している。その後、2028年頃にはさらに大規模な工場の建設を計画しているという。

私たちが依存している材料のクリーン化は簡単なことではなく、セメントと鋼鉄はパズルの2つのピースにすぎない。気候変動への取り組みには、アルミやプラスチックといったその他の材料を私たちがどのように作り、使うのか。そのあり方を改革することも求められるだろう。

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2023年夏、私はサブライム・システムズの本社を訪れ、稼働中の様子を見学した。ハイテクセメント研究所がどのようなものなのか。詳しくはこちらの記事をお読みいただきたい。

本誌はサブライム・システムズを2023年注目の気候テック企業に選出した。詳しくはこちらから。

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ケーシー・クラウンハート [Casey Crownhart]米国版 気候変動担当記者
MITテクノロジーレビューの気候変動担当記者として、再生可能エネルギー、輸送、テクノロジーによる気候変動対策について取材している。科学・環境ジャーナリストとして、ポピュラーサイエンスやアトラス・オブスキュラなどでも執筆。材料科学の研究者からジャーナリストに転身した。
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