KADOKAWA Technology Review
×
承認間近の初のCRISPR治療、新たな法廷論争の幕開けか
Stephanie Arnett/MITTR | Envato
生物工学/医療 Insider Online限定
The first CRISPR cure might kickstart the next big patent battle

承認間近の初のCRISPR治療、新たな法廷論争の幕開けか

バーテックス・ファーマシューティカルズは、CRISPRの技術を応用して、鎌状赤血球症の遺伝子編集療法を開発し、2023年中にもFDAの承認を得る見込みだ。しかし、CRISPR技術の特許権をめぐる法廷闘争が、新薬の普及を妨げるかもしれない。 by Antonio Regalado2023.12.07

それは本当にすばらしいCRISPR(クリスパー)療法だ。もしそれに何か起きるようなことがあったら残念だ。

こんな皮肉な物言いは捨てて、悪者は脇に置いておこう。とはいえ、似たような会話を今後、耳にする可能性がある。歴史的な遺伝子編集療法が、早ければ年内にも市場に投入されようとしているからだ。

ボストンに拠点を置くバーテックス・ファーマシューティカルズ(Vertex Pharmaceuticals)は12月中旬までに、画期的な新治療薬の販売承認を米国食品医薬品局(FDA)から取得する見込みだ。これは鎌状赤血球症の治療薬で、ヒト細胞内のDNAを改変するために初めてCRISPRを応用した薬だ(バーテックスは、すでに英国で規制当局の承認を取得済みである)。

問題は、CRISPRでのヒト細胞の編集に関する米国特許をバーテックスが所有しておらず、マサチューセッツ工科大学(MIT)とハーバード大学が運営するブロード研究所が特許権者になっていることにある。おそらく米国最大の遺伝子研究機関である同研究所は、バーテックスの競合であるエディタス・メディシン(Editas Medicine)にライセンスを独占的に供与している。エディタスは、独自に鎌状赤血球症の治療薬を開発しており、試験を進めている。

このような背景から、エディタスはバーテックスに支払いを求めることになるだろう。支払わない場合、ブロード研究所とエディタスが特許侵害を主張して訴訟を起こし、特許権使用料や損害賠償を要求するか、治療薬の販売差し止めを求める可能性もある。

イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校ロースクールの教授で遺伝子編集特許を専門とするジェイコブ・シャーコウは、「年末までに訴訟になると予想しています」という。「この分野の特許訴訟担当者が待ち望んでいた瞬間です」。

ここで、いくつかの免責事項に触れておきたい。まず、この記事を執筆している私(MITテクノロジーレビュー[米国版]編集者)はMITで働いている。ただし、CRISPR特許から直接の利益を得ているわけではない。とはいえ、周囲には利益を得ている人間がいる。ある科学者と最近話をしたところ、CRISPRに関するいくつかのフォローアップ研究で補助的役割しか果たしていないにもかかわらず、多い時には年収に匹敵するほどの年間特許権使用料を小切手で受け取っているとのことだった。

CRISPRの特許管理をめぐる悪名高い争い(リンク先は米国版)をMITテクノロジーレビューがいち早く報じたのは、2014年のことだ。それから10年近く経っても、その紛争は、DNAを正確に切断するようプログラムできるスーパーツールに付きまとう話のひとつとして残っている。

紛争によって競い合うことになったのは、ブロード研究所の研究員であり、MITで教授を務める遺伝子学者のフェン・チャンと、CRISPR編集の開発で最終的にノーベル賞を受賞した研究者たちだ。カリフォルニア大学バークレー校のジェニファー・ダウドナ教授と、現在はドイツのマックス・プランク研究所に所属するエマニュエル・シャルパンティエ教授だ。

ノーベル賞を受賞したのはダウドナ教授とシャルパンティエ教授だったが、CRISPRゲノム編集の真の発明者だと …

こちらは有料会員限定の記事です。
有料会員になると制限なしにご利用いただけます。
有料会員にはメリットがいっぱい!
  1. 毎月120本以上更新されるオリジナル記事で、人工知能から遺伝子療法まで、先端テクノロジーの最新動向がわかる。
  2. オリジナル記事をテーマ別に再構成したPDFファイル「eムック」を毎月配信。
    重要テーマが押さえられる。
  3. 各分野のキーパーソンを招いたトークイベント、関連セミナーに優待価格でご招待。
【春割】実施中!年間購読料20%オフ!
人気の記事ランキング
  1. Why handing over total control to AI agents would be a huge mistake 「AIがやりました」 便利すぎるエージェント丸投げが危うい理由
  2. OpenAI has released its first research into how using ChatGPT affects people’s emotional wellbeing チャットGPTとの対話で孤独は深まる? オープンAIとMITが研究
  3. An ancient man’s remains were hacked apart and kept in a garage 切り刻まれた古代人、破壊的発掘から保存重視へと変わる考古学
MITTRが選んだ 世界を変える10大技術 2025年版

本当に長期的に重要となるものは何か?これは、毎年このリストを作成する際に私たちが取り組む問いである。未来を完全に見通すことはできないが、これらの技術が今後何十年にもわたって世界に大きな影響を与えると私たちは予測している。

特集ページへ
日本発「世界を変える」U35イノベーター

MITテクノロジーレビューが20年以上にわたって開催しているグローバル・アワード「Innovators Under 35 」。世界的な課題解決に取り組み、向こう数十年間の未来を形作る若きイノベーターの発掘を目的とするアワードの日本版の最新情報を発信する。

特集ページへ
フォローしてください重要なテクノロジーとイノベーションのニュースをSNSやメールで受け取る