ミシュラン星付きレストランの培養肉料理、そのお味と食感は?
米国では今年、2社のスタートアップが規制当局から培養肉販売の許可を得た。記者はそのうち1社が培養肉を提供しているレストランに予約を入れて、その肉で作られた料理を食べに行ってみた。 by Casey Crownhart2023.11.13
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
ウェイターが華麗な身振りで蓋を持ち上げた。金色の細工が施された陶器製の容器の中には、花びらが敷き詰められた小さな黒い皿が置かれており、その上に2つの鶏肉が載っていた。鶏肉はそれぞれ黒っぽい皮(レカド・ネグロの天ぷらだと後で知った)で覆われ、食用の花と葉がトッピングされている。
普段、気候やエネルギーについて報告するために、サンフランシスコのおしゃれなレストランに行くことはない。しかし私は最近、ミシュランの星付きレストランである「バー・クレン(Bar Crenn)」を訪れた。ここは、現在米国に2軒ある、研究室育ちの肉(lab-grown meat)を提供しているレストランの1つである。目の前の皿に載せられた2口分の肉こそ、私がこの店に来た目的だ。スタートアップ企業、アップサイド・フーズ(Upside Foods)が研究室で作った培養鶏肉1オンス(約28グラム)を試食するのである。
不思議なことに、皿からは煙のようなものが立ち上り、小さくたなびいていた。自分の想像力がいたずらをして、この瞬間をさらに芝居がかったものに見せているのではないかと思った。後でわかったのだが、肉を入れて運んできた円筒状の器の内側に小さな容器が付いており、ドライアイスが入っていたのだ。私は皿を眺めながら、培養肉が将来の私の食事の主食になるのか、それともすべては巧妙なトリックであることが判明するのだろうかと考え込んだ。
研究室からテーブルへ
研究室育ちの肉とも呼ばれる培養肉は、動物そのものではなく、動物細胞を使って作られた肉だ。アップサイド・フーズとグッド・ミート(Good Meat)は今年、規制当局から、培養鶏肉製品の消費者への販売を開始する許可を得た。
両社とも、まず高級レストランでそれぞれの製品を展開する戦略をとった。イート・ジャスト(Eat Just)の子会社であるグッド・ミートは、ホセ・アンドレが料理長を務めるワシントンDCのレストラン「チャイナ・チルカーノ(China Chilcano)」で自社の鶏肉を提供している。アップサイド・フーズはバー・クレンに製品を納入した。
どちらも安くて非難されることはないレストランだ。だが、これらの製品が通常のメニューに並べられたことは、まだ、培養肉の価格が手頃な水準まで下がる過程でのちょっとしたマイルストーンの1つにすぎない。2013年に提供された世界初の培養肉バーガーは、作るのに数十万ドルかかった。アップサイドは、私の皿の上の鶏肉の培養と提供にいくらかかるのか公表していないが、バー・クレンはこの料理をアラカルトメニューとして45ドルで提供している。
私は他の料理もいくつか注文した。金箔で覆ったかぼちゃの種のようなものがトッピングされたパンプキンタルトや、牡蠣の腹部2個に燻製クリームと酢漬けのタピオカを添えた焼き牡蠣料理などだ( そう、牡蠣をさばくことはできるようだ)。
バー・クレンのWebサイトによると、同レストランは2018年にメニューからほとんどの肉を排除した。そうすることを決めた理由は、「工場畜産が動物と地球に与える影響」である。とはいえ、海産物はまだ提供している(だから牡蠣の腹部があった)。
つまり、アップサイドの鶏肉は、メニューに載っている唯一の陸上ベースの肉だ。ただし、限定的にしか提供されていない。毎月1回、アップサイド・フーズのスペシャルナイトの食事として予約することができるが、すぐに売り切れになってしまう。
たらふく食べる
写真を何枚か撮り、いよいよ食べ始めた。銀の食器が配膳されたが、給仕係は指で鶏肉をつまむように勧めてくれた。うま味があり、焦がしたチリアイオリのせいで少しスモーキーな風味だった。調味料やソース、葉野菜がたくさん乗っていて判別するのが難しかったが、いくらか鶏肉っぽい風味も感じられたように思う。
私は味よりも食感に興味をそそられた。食感は、代替肉でよく違和感を覚える要素だ。インポッシブル・フーズ(Impossible Foods)が提供しているような植物由来のハンバーガーを食べたことがあれば、従来の肉で作られたものよりも少し柔らかいと感じた経験があるかもしれない。私は今年、植物性の食材と培養した食材を部分的に使って作られたハンバーガーを試したとき、同じことに気づいた。
アップサイド・フーズは食感に関する難しい課題に取り組み、チキンナゲットやハンバーガーなどの混合食品ではなく、ホールカットの鶏肉フィレを作ることを目指している。
鶏の胸肉やステーキのようなホールカット肉を形作っているのは、筋肉の成長や動作の過程で形成されるタンパク質と脂肪の複雑な構造である。それを培養肉で再現するのは難しい。多くの代替肉企業が、ハンバーガーやチキンナゲットのようなものを目指すのはそのためだ。
しかし、アップサイドが最初に提供したいと考えたのは、研究室で育てた鶏のフィレ肉だった。そしてその結果は、少なくとも私の意見では、ある程度まで再現できていた。バー・クレンの試食用の鶏肉に切り込みを入れると、繊維質のような構造が見えた。そして、ゆっくりと噛みながら吟味したその肉は、鶏の胸肉よりはまだ柔らかかったが、私が試したことのある他の代替肉よりも間違いなく鶏肉っぽかった。
皿洗い
問題は、培養肉が数枚の皿に載るところまで進歩したからといって、すぐにすべての人が食べられるようにはならないということだ。
業界が直面する最大の課題の1つが、生産規模の拡大である。そのためには、巨大なリアクターの中で大量の製品を育てる必要がある。アップサイドは、そのような大規模生産を実現する仕事に着手している。カリフォルニア州に建設されたアップサイドのパイロット施設は、年間5万ポンド(約2万2680キロ)の肉を生産できる能力を持つという。
しかし、私が試食した製品に関しては、今のところずっと小規模である。アップサイド・フーズによれば、バー・クレンで提供される同社の製品は、小さな2リットル容器の中で育てられている。最近ワイアード(Wired)誌に掲載されたアップサイドの培養プロセスに関する掘り下げ記事では、労働集約的な一連の工程において「ほぼ手作業」で肉を生産していると説明されている。
ホールカット製品を作るという決断が、その難しさの一端となっている。アップサイドのウマ・ヴァレティCEO(最高経営責任者)は9月のブログ投稿で、「ホールカットのヒレ肉が当社初のマス市場向け製品にならないことは分かっています」と述べている。アップサイドは今後数年にわたり、より生産が簡単な別の製品の拡大に取り組む予定だ。そういうわけで、私が試した鶏肉が広く食べられるようになるとしても、いつになるのかは明確ではない。
MITテクノロジーレビューの関連記事
規制当局からの許可は始まりに過ぎない。アップサイド・フーズおよびグッド・ミートのマイルストーンと今後の展開について、詳しくは今年掲載されたこのニュース記事を読んでほしい。
私が初めて培養肉を試食したときの詳細は、こちらの記事で読める。
最後に、気候変動対策に対する培養肉の貢献度について、データを詳しく調べた。基本的には、すべて規模次第という結論になる。
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気候変動関連の最近の話題
- あるスタートアップ企業が、電動航空機をバーモント州からフロリダ州まで飛ばした。それがフライトの未来にとってどのような意味を持つ可能性があるのか、この記事で解説されている。(ニューヨーク・タイムズ)
→ バッテリーで飛ぶ飛行機の滑走路は、まだまだ長いかもしれない。(MITテクノロジーレビュー) - ここ数週間、フォードやGMのようなレガシー自動車メーカーの電気自動車(EV)販売台数の減速が話題になっている。電池メーカーはこの猶予に感謝している。(E&Eニュース)
- 一方、業界は、EV税額控除、特にサプライチェーンへの中国の関与に関して、いまだに詳細な情報が出るのを待っているところだ。ニッチで小規模な規則制定だが、米国における電気自動車の値ごろ感に大きな影響を及ぼす可能性がある。(ポリティコ)
- コストの上昇とサプライチェーンの停滞によりプロジェクトが危機に瀕する中、米国の洋上風力発電業界は運命の瞬間に直面している。(カナリー・メディア)
- 気候変動によって加速する干ばつと気温の上昇が、魚にも影響を与えている。コクチバスがもうすぐグランドキャニオンの在来魚に大損害を与える可能性がある。(ハイ・カントリー・ニュース)
- 私は、タマル・ハスペルが書いた物議を醸す食の真実10に関するこのコラムが大好きだ。(ワシントンポスト)
→ 5番目の真実を読んで、数年前に本誌のジェームス・テンプル編集者が書いた記事を思い出した。その記事は、残念ながら有機農業は従来の方法よりも気候変動に対して実際には悪影響があることを指摘している。(MITテクノロジーレビュー) - 洪水の管理に関して、ニュージャージー州ホーボーケンはちょっとした成功例である。しかし、すべての嵐に備えることは不可能に近い。(ニューヨーク・タイムズ)
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- ケーシー・クラウンハート [Casey Crownhart]米国版 気候変動担当記者
- MITテクノロジーレビューの気候変動担当記者として、再生可能エネルギー、輸送、テクノロジーによる気候変動対策について取材している。科学・環境ジャーナリストとして、ポピュラーサイエンスやアトラス・オブスキュラなどでも執筆。材料科学の研究者からジャーナリストに転身した。