私たちは感染したウイルスや服用した薬の代謝産物を日々尿や便とともに下水に排出している。そのため、下水を調べることでそのエリアの感染症の流行状況や人々の健康状態を推定できる。例えば日本でも、下水を調べることにより潜在的なポリオ患者を検知したり冬のノロウイルスの流行を予測するといった取り組みは以前から限定的に実施されてきた。
「下水サーベイランス」が本格的に注目されるようになったのは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックからだ。下水サーベイランスは現在、新型コロナの流行状況を把握する手段として欧米を中心に普及しているが、このパンデミック以前に下水サーベイランスをビジネスとして初めて事業化していたのが、米国のバイオボット・アナリティクス(Biobot Analytics)である。遠藤礼子(Noriko Endo)はマサチューセッツ工科大学(MIT)の研究者らが2017年に設立したスタートアップ企業である同社に、1人目の社員として入社した。
遠藤が下水サーベイランスへの取り組みを始めた当時は、米国内で蔓延が指摘されていたオピオイド鎮痛剤の過剰摂取の実態を明らかにすることを目指していた。2020年に新型コロナウイルス感染症が流行すると、同社はいち早く新型コロナの検出に事業を展開し、同年3月には全国的な下水サーベイランスを開始した。オピオイドという化学物質からウイルスRNAの検出という技術的な課題を克服し、同社は米国疾病予防管理センター(CDC)の下水サーベイランス事業の大半を担うに至った。その中で遠藤は、データ解析、データコミュニケーション、事業開発、戦略的パートナーシップ、ハードウェア開発まで広く関わり、地方政府から連邦政府、世界銀行といった国際機関、刑務所や長期療養施設まで、さまざまな現場での下水サーベイランスの導入をリードしてきた。
2022年8月、遠藤は京都大学の招聘研究員に就任し、日本での下水サーベイランスの普及に取り組んでいる。行政と市民目線でのデータコミュニケーション、工学と公衆衛生という分野横断的な立場で活動しており、日本における下水サーベイランスの社会実装に大きく貢献している。
(島田祥輔)
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クレジット | 写真:Hiroshi Nohmi |
著者 | MITテクノロジーレビュー編集部 [MIT Technology Review Japan] |