医療や公衆衛生においては、高リスク患者への介入を優先する「高リスクアプローチ」がしばしば採用される。例えば、生活習慣病を予防するために、健康診断で得られた検査値などから、将来疾病を起こすリスクが高い人にターゲットを絞って、生活指導や薬剤処方などの介入をする。
しかし、高リスクアプローチは必ずしも、十分な効果を保証するものではない。京都大学白眉センター・大学院医学研究科の特定准教授を務める井上浩輔(Kosuke Inoue)は、リスクの高い集団ではなく、効果の高い集団に焦点を当てて介入を実施すべきとする「高ベネフィットアプローチ」を世界に先駆けて提唱。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)・スタンフォード大学と共同研究した高血圧診療においてその有用性を確認した。
井上のアプローチの画期的な点は、治療効果の高い個人を効率的に特定するために、最先端の人工知能(AI)モデルである「因果フォレスト」を用いることだ。因果フォレストは、複数の決定木を組み合わせて因果関係を評価する機械学習モデルである。同モデルにより、特定の介入(治療)によってどんな結果が得られるかという因果関係を、高い精度で定量的に評価することが可能となる。
高ベネフィットアプローチの研究を始めたのは、井上がUCLA留学中に因果フォレストに関する講演を聞いたことがきっかけだったという。経済学から生み出された最先端の機械学習モデルを、どのように臨床医学のコンテキストに落とし込み、フレーミングするかという点で、大きな刺激を受けると同時に苦悩したと振り返る。
井上はさらに、リスクが高い一方で効果が低い集団に対しては、その理由を明らかにし、別の介入手段を検討するべきであると述べる。各個人が置かれた状況を踏まえて、効果のある介入をそれぞれに対して提案できれば、特定の介入に効果のない集団を無視することなく、健康格差を是正することにもつながるだろう。井上が提唱する高ベネフィットアプローチは、新たな個別化医療の地平を切り開く、破壊的イノベーションを創出する礎となることが期待される。
(中條将典)
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