中国テック事情:EVブランドとなって欧州に戻ってきたMGの戦略
欧州で中国製EVの販売台数が増加している。その理由の1つにブランド戦略が挙げられる。中国の自動車メーカーは、かつて英国の高級スポーツ・カー・ブランドだった「MG」を買収し、欧州向けEVにはこのブランドを付けて輸出しているのだ。 by Zeyi Yang2023.10.12
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
テック分野において、中国がいま最も世界の注目と名声を集めているのは、電気自動車(EV)だろう。中国国内のEV普及率が毎年上昇を続ける中、中国のEVメーカーは上海からミュンヘンまで各地のモーターショーの花形的な存在となっている。地元から遠く離れた地でも成功を再現しようと、メーカー各社はビッグ・プランを練っているのだ(中国のEVがいかにして市場を支配するようになったのか、こちらの記事を参照してほしい)。
だがそのグローバルな野心は、欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長の発表で壁にぶつかった。中国製EVが政府による過剰な助成金の恩恵を受けているか否かを調査するというものだった。
解説記事に書いたとおり、調査は中国政府が自国の自動車メーカーに対して助成金を過剰に交付し、世界舞台で不当に優位な立場を与えたかどうかを検証するものだ。調査によってこの主張を裏付ける証拠が見つかった場合(専門家らに話を聞いたところ、その可能性は非常に高いという)、輸入関税が引き上げられ、欧州市場での中国製EVの競争力は低下する可能性が高い。
ロンドンに本社を置く自動車産業コンサルタント会社ジェイトー・ダイナミクス(JATO Dynamics)の上席アナリストであるフェリペ・ムニョスは、「今回の発表は今後、欧州が域内産業を保護するために検討することになる複数の措置の第一弾に過ぎないと私は考えます」と語る。
今回の調査は、欧州の自動車メーカーが中国ブランドに対する警戒を強める中で実施されることになった。中国ブランドは競争力のあるモデルを欧州の競合メーカーに比べて少なくとも1万ドル以上安い価格で販売している。懸念を生んでいる中国ブランドの多くは、比亜迪(BYD)や将来有望なスタートアップ企業ニオ(Nio、蔚来汽車)など、中国国内で有名な企業だ。
だが、まだあまり一般に知られていない名前が1つある。
「本当の意味でゲームを変えているのはニオではありません。BYDでもないのです」とムニョス上席アナリストは言う。「中国ブランドの欧州での売上の約80%を占めている重要な存在は、MGです」。
MGとはどんなブランドなのか。 正直なところ、(中国出身の)私は名前すら聞いたことがなかったし、当然ながらMGがどれほどの成功を収めてきたのかも、まったく知らなかった。
それから私は、MGが1920年代の英国で誕生したこと、オックスフォードの小売センター「モーリス・ガレージ(Morris Garages)」からその名が付けられたことを知った。MGは80年以上に渡って英国の高級スポーツカー・ブランドとして存在していたものの、2005年にオーナー企業が倒産。中国の中小企業である南京汽車(Nanjing Automobile)に買収され、後に中国最大の自動車企業である上海汽車集団(SAIC Motor)に買収された。以来、すべてのMG車が中国で設計・製造されている。MGはガソリン車とEVの両方を生産しているが、2027年までにすべてEVへと移行する計画だ。
私がMGに全く注目したことがなかったのは、中国ブランドであるMGがすべての自動車を中国国内で製造しており、国内市場の需要が高いにもかかわらず、中国国内市場ではほとんど売れていないからだろう。中国でのMGの2022年の年間売上は、BYDの1カ月分の売上を下回っていた。
だが、MGは欧州では数カ月にわたって、中国製EVとして最高の売上を記録し続けている。同社の成長傾向を上回っているのは、テスラだけだ。
MGが提供する手頃な価格帯の車種は、欧州の大衆市場向け自動車ブランドの多くにとって脅威となっている。「MGは『MG4』と『MG ZS EV』でEVのゲームを変えつつあります」。ムニョス上席アナリストはそう話す。MG4は小型のファミリーカー、MG ZS EVは昨年発売されたSUVだ。「どちらも非常に競争力が高く、特にMG4はすでにフォルクスワーゲンの『ID.3』をはじめとする競合ブランドのEVの販売台数を上回っています」(比較すると、MG4のドイツでの価格は2万8590ユーロから、同等のフォルクスワーゲンID.3は3万9995ユーロからとなっている)。
はっきりさせておきたいのは、MG4がほかの中国製EVよりも売れているのは品質や価格の手頃さが理由ではないということだ。その点については、すでに中国企業はよく理解している。鍵はブランディングだ。
「中国車の最大の欠点は、欧州におけるブランドの知名度が非常に低いことです。彼らが頼れるのは価格の低さだけです」。中国自動車産業のアナリスト、チャン・シャンはそう話す。中国では誰もが名前を知っているようなブランドであるBYDやニオだが、欧州の一般的な自動車購入者にとってはほとんど馴染みがない。
MGが中国ブランドであることを私が知らなかったことの裏返しとして、10年以上前から完全な中国企業である同社が、今でも欧米の多くの消費者にとっては英国の高級ブランドとして認識されているという事実がある。「とても昔気質で、歴史があり、クラシックな自動車」というのが、MGについての認識を聞かれた時に英国人の同僚の頭に浮かんだことだった。そして彼は、MGが中国企業になっていたことを知らなかった。MGはこうして、中国製品はすべて質が低いというステレオタイプから逃れることができたのだ。
とはいえ私は、それこそが欧州市場に割って入ろうとしている中国ブランドにとっての打開策だとは言えない。誰もがイメージの刷新を目的に破綻した欧州ブランドを買収できるわけではないからだ。
だがMGの成功は、製品のテクノロジーと製造に習熟することは国外での成功の第一歩に過ぎない、ということをほかの中国企業に思い知らせるものだ。中国製自動車に対する総合的な認識を変えることは、より困難なことである。中国ブランドは、新たな市場で信頼と認知を築くにあたって、90年代の韓国の自動車メーカーや70年代の日本の自動車メーカーから教訓を得る必要があるとムニョス上席アナリストは言う。
当然ながら、彼らが信頼や認知を築くのには時間がかかった。これが中国企業と、彼らに喝采を送る観測筋両者にとっての現実だと私は思う。中国でよく売れる優れたEV製品を作ることは彼らにとって大きな成功だが、それが自動的にまったく異なる消費者相手の成功に繋がるわけではない。
そしてこの挑戦は、先述の新たな調査とそれに伴う政治的議論によってより困難なものになるかもしれない。「長期的な影響は(中略)中国ブランドに対する消費者の認識は最終的に悪化する可能性があります。中国ブランドは欧州にとっての『問題』になりつつあるからです」とムニョス上席アナリストは言う。一般の政治的状況が不利なところで消費者の信頼を築く?幸運を祈る、としか言いようがない。
◆
中国関連の最新ニュース
1. 先週あなたがグーグルで、1989年に天安門広場で抗議活動に参加した有名な「戦車男」を検索したら、最初に表示された検索結果は人工知能(AI)が生成した自撮り写真だっただろう。(404メディア)
2.杭州で行われたアジア競技大会2022(2023年開催)の開会式では、本物の花火が拡張現実によって生成された花火に完全に取って代わられた。(AP通信)
3.米国内でアマゾンとの直接競争を目指すティックトック(TikTok)が、シアトルにeコマースのハブを設置する。(ザ・インフォメーション)
4.欧米で教育を受けた後、中国に戻って母国の潜在能力に賭けてみようとする中国の超富裕層家庭のZ世代が増えている。(ブルームバーグ)
5. ある中国の一流大学が、全学生に対して卒業への必須条件としていた英語試験を廃止した。これは中国における英語の重要性低下を示している。(サウスチャイナ・モーニング・ポスト)
6. ウォルター・アイザックソンによる600ページに渡るイーロン・マスクの伝記のなかで、彼の中国との取引――テスラ車の半数以上は中国で製造されている――に関して書かれているのはわずか2ページだった。(レスト・オブ・ワールド)
自動車メーカーがスマホに参入
あなたは自分の車のアクセサリーとしてスマホを買いたいだろうか?中国のEVスタートアップ企業ニオは、消費者がそう思うはずだという方に賭けている。9月21日、ニオは同社初のスマホを正式に発売開始した。このスマホは同社の自動車の機能と密接に連動することになる。価格は6499〜7499元(890〜1025米ドル)でアイフォーン15(iPhone 15)に近く、中国の小型高級スマホ・セクターに分類される。さらにニオは、アップルと同様に毎年新機種を発売することを計画している。
ターゲット顧客は?中国の雑誌シーチエ(市界:Shijie)によると、ニオの最高経営責任者(CEO)ウィリアム・リーはニオ車のオーナーがターゲットだと語っている。「私たちがニオの車を500万台売れば、オーナーの半数はニオのスマホを購入し、3年ごとに新しい機種を買ってくれます。それが利益になるのです」。ニオのスマホは従来の自動車の鍵の代わりとなり、様々な車の機能を遠隔で操作できるという。だが消費者のなかには、モバイル・アプリで同じことができるはずなのに専用のスマホがなぜ必要なのかと疑問を抱く向きもある。中国のEVブランドには消費者から熱心なフォロワーが付くようになったところも多いが、彼らの忠誠心は900ドルのアクセサリーを正当化するに足るだけの強いものなのか、ニオはその答えを知ろうとしている。
- 人気の記事ランキング
-
- Google DeepMind has a new way to look inside an AI’s “mind” AIの「頭の中」で何が起きているのか? ディープマインドが新ツール
- Google DeepMind has a new way to look inside an AI’s “mind” AIの「頭の中」で何が起きているのか? ディープマインドが新ツール
- How this grassroots effort could make AI voices more diverse 世界中の「声」を AIに、180言語を集める草の根プロジェクト
- Who’s to blame for climate change? It’s surprisingly complicated. CO2排出「責任論」、単一指標では語れない複雑な現実
- ヤン・ズェイ [Zeyi Yang]米国版 中国担当記者
- MITテクノロジーレビューで中国と東アジアのテクノロジーを担当する記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、プロトコル(Protocol)、レスト・オブ・ワールド(Rest of World)、コロンビア・ジャーナリズム・レビュー誌、サウスチャイナ・モーニング・ポスト紙、日経アジア(NIKKEI Asia)などで執筆していた。