新型コロナ、変異体追跡の革新者 リアルタイム監視可能に
ウイルス変異株の進化を追跡することは、公衆衛生において極めて重要だ。UCSCのトゥラキア博士らのチームは、新型コロナウイルスの変異株を追跡、識別するツールを開発し、ウイルス進化を世界規模でリアルタイム監視できるようにした。 by Rhiannon Williams2023.09.22
2020年初頭、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染が急速に拡大し始めた。人々をより大きなリスクにさらす新しい変異株が次々と出現する中で、科学者たちはウイルスがどのように変異するかを追跡することが、公衆衛生にとって不可欠であるとすぐに認識した。当時、カリフォルニア大学サンタクルーズ校(UCSC)ゲノミクス研究所の博士研究員だったヤティシュ・トゥラキアは、「アッシャー(UShER)」と呼ばれるソフトウェアツールの開発に協力し、新しいサンプルが提出されるたびに、数分以内に既知の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)ゲノムのファミリーツリー上に配置することによって、新型コロナウイルスの変異株を追跡できるようにした。
アッシャーは2021年からオンラインでアクセスできるようになっている。現在は1500万以上のウイルス配列を記録しており、さらに科学者たちは毎日新しい配列を追加している。アッシャーにより、科学者たちや公衆衛生当局が新しい変異株を発見し、名前を付けてその進化を追跡できるようになっただけでなく、グローバル規模でのウイルスのリアルタイム高精度監視も可能となった。
最近では、トゥラキア博士らのチームは、「リップルズ(RIPPLES)」と呼ばれる別のソフトウェアツールも開発した。このツールは、アッシャーの広範なファミリーツリー構造を調べ、変異株の特定の「枝」が組み換え体、つまり遺伝的に異なるハイブリッド変異株である可能性があるかどうかを調べられる。組み換え体は例えば、ゲノムの一部をデルタ型の変異株から、もう一部をオミクロン型の変異株から取り入れることができる。本質的に2つの「親」を持っているため、より稀であり、また識別するのがより困難となる。
リップルズが開発されるまで、科学者たちが組み換え体の可能性があるものを特定するには、他の変異株で発見した変異を記憶することが唯一の方法であった。リップルズはそのプロセスを自動化し、医療専門家がウイルスの進化の歴史を再構築できるようにした。さらに、これまで見たことのない配列が、真に独立した変異なのか、それとも既存の変異株の組み合わせなのかを解明するのにも役立っている。
「トゥラキア博士の研究がなければ、新型コロナウイルスの感染拡大に関する、私たちの世界的な理解は大きく損なわれていたでしょう」と、共にこのプロジェクトに取り組んだ、UCSCゲノミクス研究所の科学部長であるデビッド・ハウスラー特別栄誉教授は語る。「彼のアルゴリズムの成果は他の誰も作ることができなかったものです。ウイルスがどのようにして世界中に拡散したかを全遺伝子的に詳細に示す、世界的な全体像なのです」。
2022年にリリースされて以来、リップルズは何百もの新しい新型コロナウイルス組み換え体の解明に貢献してきた。「パンデミックの最中に、人々の役に立ちたいという理由だけでこのプロジェクトに取り組み始めました」と、31歳のトゥラキア博士は語る。「現在、新しい配列が得られると利用可能なビッグデータに基づいて、その新しい変異株がオミクロン株よりも感染性が高く、免疫侵襲性が高いかどうかを予測できるモデルを、すでにアッシャーを使用して訓練しています」。
いずれのツールも、新型コロナウイルスを追跡する必要性から生まれたものだが、科学者たちが他の病原体の発生に対処するのにも役立っている。トゥラキア博士のチームはすでにこのツールを使用して、RSウイルス(RSV)としても知られる呼吸器合胞体ウイルスとサル痘の追跡をしている。間もなく、結核とインフルエンザの追跡も開始される予定だ。このどちらの感染症も、追跡するのは非常に困難とされている。これらの株はほとんどの病気の菌株よりも遺伝的に多様であるうえ、結核菌は細菌であるため、はるかに大きなゲノムを持っているのがその理由だ。しかし、研究チームはすでに有望な成果を上げているとトゥラキア博士は語る。
「将来的には、基本的にあらゆる病原体に対して汎用的に利用できるツールを作成するつもりです。それが私たちの基本的な目標です」とトゥラキア博士は言う。「病原体をより適切に管理し、病原体の進化により効率的に反応するワクチンを開発することで、多くの人の命を救いたいのです」 。
ヤティシュ・トゥラキア博士は、MITテクノロジーレビューの2023年の35歳未満のイノベーターに選ばれた一人である。
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- リアノン・ウィリアムズ [Rhiannon Williams]米国版 ニュース担当記者
- 米国版ニュースレター「ザ・ダウンロード(The Download)」の執筆を担当。MITテクノロジーレビュー入社以前は、英国「i (アイ)」紙のテクノロジー特派員、テレグラフ紙のテクノロジー担当記者を務めた。2021年には英国ジャーナリズム賞の最終選考に残ったほか、専門家としてBBCにも定期的に出演している。