がん治療にも遅れ、米国の深刻な医薬品不足の根本原因
米国で今年に入ってから医薬品不足が顕著になり、患者の治療に深刻な影響をもたらしている。きっかけはインドの医薬品工場の閉鎖だが、根本的な原因は別のところにある。 by Cassandra Willyard2023.08.29
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
この数カ月、健康に関するトップ記事を追っていた人であれば、処方薬の多くが在庫不足に陥っていることを耳にしたかもしれない。ニューヨーク・タイムズ紙には先日、ADHD薬が不足しているという記事が載った。また、いくつかのステロイドも入手が難しくなっている。しかし、私の目に止まったトップ記事の多くで取り上げていたのは、一般的な化学療法薬の不足である。がん患者にとって、化学療法薬の不足は生死を分けることになりかねない。
米国医療システム薬剤師会(ASHP)は、昨今の医薬品不足の深刻さを評価するため、会員を対象として実施した調査の結果を発表した。医薬品が不足するのは、何も目新しい話ではない。しかし、1000人を超える薬剤師に対する調査結果が示すところによると、現在起こっている危機はことさら問題なようだ。回答者のうち99%を超える人間(そのほとんどが病院など医療機関で働く薬剤師である)が、医薬品不足に直面していると報告したのだ。一部の事例では、医薬品不足は面倒ではあるものの、対処可能な範囲となっている。
「今話題となっているのは、何か別のもので簡単に代用できる医薬品のことです。あるいは投薬量を変えるとか、投薬方法を変えるといったこともできます」と話すのは、米国医療システム薬剤師会で薬局業務および品質に関する上級部長を務めているマイケル・ガニオである。しかし今回実施された最新の調査では、回答者の3分の1近くが現在の医薬品不足によって勤めている病院で治療または手術において、節約や遅延、または中止が起こっていると述べている。「重大なことです」とガニオ部長は続ける。
現在のがん医薬品に関する危機は、昨秋におきた事件に端を発している。米国で販売されている医薬品の多くは、海外で製造されている。米国食品医薬品局(FDA)は2022年11月に、インドにある米国向けに医薬品を製造している工場の1つを調査した。インタスファーマ(Intas Pharmaceuticals)が所有している施設だ。調査官は品質管理やデータ健全性に関して、違反を数多く発見した。その結果、調査の対象となったインタスファーマの工場は製造を中止した。この件が、がん治療薬の全国的な不足に向けてバタバタと倒れていったドミノにおける、最初の1ピースとなったのである。
インタスの施設は閉鎖される前、米国に供給される「シスプラチン」の約50%を製造していた。シスプラチンは一般的ながん医薬品であり、睾丸、卵巣、膀胱、頭および首、肺、そして頚椎のがんの治療に使用される。インタスの工場が製造を停止した際、他のメーカーはシスプラチン不足の回避に十分なほど、製造量を上げることができなかった。他のメーカーは、そのような事態に対処できるよう製造量を上げるだけの能力を持ち合わせていないのだ。ある企業が市場シェアの10%分を常に製造している場合、「他のメーカーは30%や40%分を製造するだけの能力を持ちたいと思うでしょうか」と話すのは、ジョンズ・ホプキンズ・ブルームバーグ公衆衛生大学院で健康政策に関する研究をしているマリアナ・ソーカル医師だ。
シスプラチンが品薄となると、がん専門医は「カルボプラチン」へと切り替えた。こちらもまた一般的ながん治療薬であり、やはりインタスが製造していた。インタスはもはやカルボプラチンを製造しておらず、需要が増えたために、カルボプラチンもまた、今や品薄となっている。「まるでサプライチェーンにおける波及効果のようでした」とソーカル医師は言う。
5月に米国のがんセンターに対して実施された調査により、回答者のなんと93%がカルボプラチン不足を経験していたことが明らかになった。
患者に対する影響は重大なものとなっている。投薬量を減らされた患者もいるし、治療を飛ばしたり、遅延したりすることを余儀なくされた患者もいる。一部の医療機関は医者たちに対し、治癒の可能性がある患者のためにシスプラチンやカルボプラチンを取っておくようアドバイスをしている。
「今回の医薬品不足は人々の死につながっています」と、カリフォルニア州フレズノのがんセンターで働くがん専門医であるラヴィ・ラオ医師はニューヨーク・タイムズ紙に語った。「避けて通れない事実です。シスプラチンやカルボプラチンのような命をつなぐ医薬品を使わない以上、悪い結果は避けようがありません」。
仮にインタスが稼働を再開し、医薬品不足が緩和されたとしても、医薬品製造のシステムは不安定なままだろう。ソーカル医師は医薬品製造のシステムを、慢性的な病を抱える人物に例えている。症状は出たり引っ込んだりするだろうが、「慢性的な病は、サプライチェーンのあらゆる所に潜み続けることとなるのです」。
ジェネリック医薬品は特に不足しやすい。利益が小さいからだ。シスプラチンとカルボプラチンの値段は、どちらも1瓶あたり25ドルもしない。「自由市場からの要求により、価格競争は底まで行き着きました」とソーカル医師は述べる。価格、そして利益がそこまで低いと、メーカーにはシスプラチンやカルボプラチンのような医薬品の製造方法を改善するために投資をする動機が無くなってしまう。ここで言う改善には、機器のアップグレード、製造能力の拡大、そして冗長性を作り出すことなどだ。
メーカーによるブランドの医薬品は特許下にあるため単一の企業によって製造されており、上記のようなことは通常当てはまらない。「メーカーによるブランドの医薬品の場合、製造ラインを稼働させ続けることには大いに経済的な動機付けがあるのです」と、ガニオは語る。
医薬品不足の影響を和らげる方法は存在する。計画立案の改善は役に立つだろう。現状、医薬品不足はほぼ前兆無しに起こっており、市場は対応を余儀なくされた。しかし人工知能(AI)により、医薬品不足の前兆を早期に伝え、メーカーや薬局が前もって計画するのに役立つシステムを実現し得るのだ。サプライチェーン管理の企業の1つであるトレースリンク(TraceLink)は、まさにそのようなことをするために設計された製品を開発した。
トレースリンクのツールはサプライチェーンからのリアルタイムなデータを使用し、医薬品の不足やその期間を予測する。トレースリンクによれば、このシステムは最大90日後までの予測をして、正確度は80%を超えるという。しかしながらインタスの施設の閉鎖のような出来事は、予測が難しいかもしれない。米国食品医薬品局は違反を記録した際に、必ずしも発見したことを適宜公開するとは限らないとガニオは言う。「米国食品医薬品局の調査報告書および警告書は、往々にして数カ月間遅れるのです」。
先進製造プロセス技術もまた、医薬品不足に歯止めをかける一助となり得る。医薬品の3Dプリンティング、上手く稼働していない可能性のある機器を発見するための自動監視、そして、効率が良いが実装のための費用が高額なバッチ製造に代わる連続製造などが挙げられるとガニオは述べる。
しかし、こうした技術では問題の根本には対処できないだろう。ジェネリック医薬品のメーカーに対しては、費用だけでなく品質にも注力するための動機付けが、もっと必要だ。「現状でサプライチェーン上で誰もが活用できる情報と言えば、価格しかないのです」とソーカル医師は語る。医薬品の購入者側に品質に関する評価基準が存在し、例えば品質に関する問題を一度も起こしたことがないメーカーには高いグレードを、そして製造に関する違反を起こしてきた工場には低いグレードを与えていれば、そのような測定基準を購入する際の判断材料にできる可能性がある。評価基準の実装については、米国食品医薬品局(FDA)が力となるかもしれない。実際のところ、FDAは長年に渡り、評価基準を実装しようとしてきたのだ。あるいは、購入者自身が企業に対し、契約において自社の評価を公開するよう求めるようになるかもしれない。
今回提案した解決策はどれも簡単でも単純でもないが、早急に必要とされていることである。「人の命が懸かっているのです」とソーカル医師は言う。「米国の公衆衛生は、医薬品のサプライチェーンが稼働を続け、信頼に足る存在であるからこそ成り立つのです」。
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さかのぼること2013年、カレン・ワイントラウブはバイオテックの巨大企業2社がバイオ医薬品の新しい製造方法を発明する(リンク先は米国版)ために競い合っていたことについて、記事を書いている。
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