グーグル元CEO特別寄稿:
AIは科学をこう変える
「クラウド」という言葉を提唱したグーグル元CEOのエリック・シュミットは今、人工知能(AI)は科学を再構築し、すべての人々に影響を及ぼすだろうと主張する。 by Eric Schmidt2023.07.10
今年も異常気象の夏が到来した。前例のない熱波、山火事、洪水が世界各国を襲っている。このような異常気象を正確に予測するという課題に対応するため、半導体大手のエヌビディア(Nvidia)は、人工知能(AI)を搭載した地球全体の「デジタルツイン」を構築している。
「アース2(Earth-2)」と呼ばれるこのデジタルツインは、数十テラバイトの地球システムデータを使用するAIモデル「フォーキャストネット(FourCastNet)」による予測を用いて、現在の気象予測手法よりも数万倍速く、正確に今後2週間の天候を予測できる。
通常の気象予測システムは、1週間先までの予測を50種類ほど生成できる。一方、フォーキャストネットは、何千もの可能性を予測することが可能だ。発生することは稀でも致命的な災害のリスクを正確に把握することで、リスクにさらされている人々に準備や避難のための貴重な時間を与えることができる。
気候モデリングに期待されている革命は、ほんの序章に過ぎない。AIの出現によって、科学ははるかに刺激的なものになり、そしてある意味では、これまでとは全く違ったものになろうとしている。この変化の余波は、実験室の枠を超えたはるか遠くにまで及び、すべての人々に影響を及ぼすだろう。
賢明な規制を導入し、科学の最も差し迫った問題に対処するためのAIの革新的な使用を適切に支持することによって、正しく事を進めれば、AIは科学のプロセスを変革できる。AIを搭載したツールが、単純で時間のかかる労働から私たちを解放すると同時に、創造的な発明や発見を提案し、通常なら何十年もかかるようなブレークスルーを促すような未来を築けるはずだ。
ここ数カ月のAIは、大規模言語モデル(LLM)とほぼ同義語になっているが、科学分野においてはさらに大きな影響を与える可能性のある多種多様なモデル・アーキテクチャが存在する。過去10年間、科学における進歩のほとんどは、特定の問題に焦点を当てた、より小規模で「古典的」なAIモデルによってもたらされた。これらのモデルはすでに科学に大きな進歩をもたらしている。さらに最近では、領域横断的な知識や生成AI(ジェネレーティブAI)を取り入れ始めた大規模な深層学習モデルが、その可能性を広げている。
たとえば、マクマスター大学とマサチューセッツ工科大学(MIT)の科学者たちはAIモデルを使い、病院患者にとって世界で最も危険な抗生物質耐性菌の1つと世界保健機関(WHO)が位置付けた病原体に対する抗生物質を特定した。グーグル・ディープマインド(Google Deepmind)のモデルは、核融合反応のプラズマを制御でき、クリーンエネルギー革命に私たちを導いている。保健医療分野では、米国食品医薬品局(FDA)がすでにAIを使用した523の機器を認可しており、そのうちの75%は放射線診断で使われている。
科学の再構築
科学的プロセスの核心は、背景を調査し、仮説を立て、実験によって検証し、収集したデータを分析し、結論を出すという、私たちが小学校で学んだものから変わらない。しかし、AIは将来、これらの各要素のあり方を一変させる可能性を秘めている。
AIはすでに、一部の科学者が文献をレビューする方法を変えつつある。「ペーパーQA(PaperQA)」や「エリシット(Elicit)」のようなツールは、大規模言語モデルを利用して論文のデータベースをスキャンし、引用を含む既存文献の簡潔で正確な要約を作成する。
文献レビューが完了すると、科学者は検証すべき仮説を立てる。大規模言語モデルは基本的に、文中の次の単語を予測することで機能し、それによって文全体や段落全体を構築する。この技術は、科学の階層構造に内在するスケールの大きな問題に非常に適しており、物理学や生物学における次の大発見を予測できる。
AIはまた、仮説の検索範囲をより広く拡大したり、より迅速に狭めたりできる。結果としてAIツールは、より有望な新薬候補を導き出すモデルなど、より強力な仮説を立てるのに役立つ。すでにシミュレーションの実行速度は、ほんの数年前と比べて数桁速くなっており、科学者が実世界で実験をする前に、シミュレーションでより多くの設計オプションを試せるようになっている。
たとえば、カリフォルニア工科大学の科学者たちは、AI流体シミュレーションモデルを使って、バクテリアが逆流して感染症を引き起こすのを防ぐ、より優れたカテーテルを自動設計した。これにより、科学的発見の漸進的なプロセスは根本的に変化するだろう。電球の設計におけるフィラメントの長年かかったイノベーションで見られたように、研究者が長い期間をかけて徐々に設計を改善するのではなく、最初から最適な解決策を設計することが可能になる。
実験の段階では、AIによってより速く、より安価に、より大規模な実験ができるようになる。たとえば、昼夜を問わず稼働する何百本ものマイクロピペットを備えたAI搭載マシンを構築し、人間には真似できない速度でサンプルを作成できる。科学者は、たった6回の実験に制限される代わりに、AIツールを使って1000回の実験ができる。
次の助成金や論文発表、終身在職権の取得について心配する科学者は、もはや成功確率が最も高い安全な実験に縛られることがなくなり、より大胆で学際的な仮説を自由に追求できるようになる。たとえば、新しい分子を評価するとき、研究者は既知の分子と構造が似ている候補に固執する傾向があるが、AIモデルには必ずしも同様のバイアスや制約があるわ …
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