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リサイクル電池材料、iPhoneには使えてEVには使えない理由
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Why your iPhone 17 might come with a recycled battery

リサイクル電池材料、iPhoneには使えてEVには使えない理由

アップルは、2025年から自社製品に搭載する電池に再生コバルトを100%使用すると発表した。電気自動車も同じリチウムイオン電池を使用しているが、自動車メーカーが今すぐにアップルに追随することは不可能だ。その理由を解説する。 by Casey Crownhart2023.05.22

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

スマートフォンは、今では私の手の一部のようなものだ。しかし正直なところ、複雑な気持ちだ。常にネットとつながっていることが、脳細胞に与える影響を心配しているからというだけではない。

ご存じのように、リチウムイオン電池はほとんどの個人向け家電製品で現在、電源として使われている。リチウムイオン電池の材料となる金属の採掘は、多くの汚染をもたらすだけでなく、採掘労働者を有害な環境にさらすことになる可能性がある。携帯電話やノートPCだけでなく、電気自動車にもリチウムやその他のさまざまな材料が使われているため、こうした問題は大きく膨らみ始めている。

以前の記事でも紹介したように、幸いなことに、電池リサイクルに取り組む団体が増え、その一部は主流になりつつある。

アップルは4月13日2025年から自社製品の電池に、リサイクルされたコバルトを100%使用すると発表した発表は、電池リサイクル業界の現状と今後進む方向について多くを物語っていると思う。そこで、今回は、アップルが立てたリサイクルの誓いについて詳しく解説する。

iRecycle

言うまでもなく、携帯電話やコンピューターには膨大な種類の材料が使われており、アップルのリサイクルに関する発表はコバルトだけにとどまらない。2025年までにスマートウォッチやスマートフォンのワイヤレス充電で使用する磁石に、リサイクルされたレアアース(希土類元素)を使用する予定であり、回路基板で使用するはんだ素材のスズや金メッキにもリサイクル材料を使う予定だと発表している。

ニュースの見出しにコバルトが登場するのは、偶然ではない。コバルトは、クリーンエネルギー経済という名目による鉱物採掘がもたらす可能性のある、あらゆる害の代表的存在になっている。リチウムイオン電池の主成分であるコバルトは現在、主にコンゴ民主共和国で採掘されており、その採掘工程は強制労働などの人権侵害と結びついている。このことについては、2021年にザ・ニューヨーカー誌が大特集で取り上げ、新刊も出版されているので、詳しく知りたい方はチェックしてほしい。

2022年の時点で、アップルはすでに同社製品の電池に約25パーセントのリサイクルされたコバルトを使用しており、その割合は2021年の13パーセントから増加している。そして、今回の新たな発表にあるように、わずか数年後には、「アップルが設計したすべての電池」に含まれるコバルトは全量がリサイクルされたものになる。ここで1つ、お知らせしておきたいことがある。発表で挙げているコバルトの総量はどれくらいになるのか。今回の発表に関するいくつかの質問と合わせてアップルに問い合わせてみた。しかし、同社からの返答はまだない。

電池リサイクルに関する以前の取材で、リサイクル材料の需要に応えるには、現在リサイクルされている使用済み電池の量では足りないという傾向に気づいたので、今回の発表をもう少し詳しく調べてみることにした。 

巡り巡って

クリーン・エネルギーに向けた材料については、「循環型経済」が大きな話題となっている。これは、古い電気自動車の使用済み電池を新しい電気自動車の製造に利用し、新しい材料の採掘をゼロ(あるいはごくわずか)にするというものだ。循環型経済を実現するには、再生電池を搭載する新しい電気自動車の台数と使用済み電池を取り出す古い電気自動車の台数が同じくらいでなければならない。しかし、現実はまったくそうではない。

ちなみに、電気自動車は増加傾向にある。2017年に世界で販売された新車のうち、電気自動車はわずか1パーセント強だった。それがたった5年後の2022年には、約13パーセントにまで増加したと国際エネルギー機関(IEA)は発表している。世界各国で電気自動車の導入を推進する新しい政策が可決されることを踏まえると、今後もしばらくは、電気自動車の販売台数は年々増加していくことになるだろう。

電気自動車の急速な普及は気候変動対策の面から見れば朗報だが、電池リサイクル業者にとって厄介な状況を引き起こしている。

自動車に搭載された電池は10年以上使えるし、定置型蓄電池として再利用すれば、さらに長い間使える。つまり、電気自動車の電池をリサイクルできるようになるのは、ほとんどの場合、早くてもおよそ15年後ということになる。15年前の2008年を振り返ってみると、テスラ・ロードスターの生産が始まったばかりだった。電気自動車の生産開始当初の数年間、テスラの年間生産台数はわずか数百台だった。つまり、控えめに言っても、老朽化で廃車になる電気自動車は、現在も、そしてこれからもしばらくの間は、そう多くはならない。

そのため、電気自動車市場が爆発的な成長を続けると、リサイクル材料が不足することになる。例えば、すべての電気自動車メーカーと携帯電話メーカーがリサイクルされたコバルトだけを使うことを望んだとしたら足りなくなる。

電気自動車向け電池の生産は活況を呈している。普通車用リチウムイオン電池の世界生産量は、2030年には1200万トンを超えると言われている。一方、リサイクル可能な普通車向け電池は、2030年になっても20万トン以下にとどまる見込みだ。 

電池リサイクルを専門とするコンサルティング会社のサーキュラー・エナジー・ストレージ(Circular Energy Storage)のハンス・エリック・メリン社長は、このあまりに大きなギャップにもかかわらず、アップルがリサイクルされたコバルトに関する誓約をおそらく達成できるであろう理由がいくつかあると述べている。

例えば、携帯機器には何十年も前から、リチウムイオン電池が使われている。父親が使っていたビデオカメラや、あなたが持っていたモトローラの2006年製のガラケー「モトローラ・レーザー(Motorola Razr)」のおかげで、現在、少なくともいくらかのリサイクル済みコバルトが市場に出回っているのだ。

リサイクル材を使用したときに最終製品の価格に与える影響は、小型家電と自動車ではかなり異なる。メリン社長によると、電気自動車向けの電池のコストは、その大きさゆえに車両全体のコストの40パーセント近くを占めることもあるという。携帯電話のような小型機器ではそのようなことはないので、アップルのような企業であれば、製品全体の価格に影響を与えることなく、リサイクルされた電池材料のやや高めのコストを負担できるかもしれない。

つまり、2025年に発売されるアイフォーン(私の計算では「アイフォーン17」になるはず)には、リサイクルされたコバルトが使われている可能性がある。電気自動車の場合は、もう少し時間がかかるかもしれない。電気自動車向け電池の方が大きく、リサイクルできる使用済み電池の数が少ないからだ。しかし、私たちが慣れ親しんでいるテクノロジーの材料の多くを再利用できる世界へと、少しずつ近づいている。

MITテクノロジーレビューの関連記事

電池リサイクルは、2023年の「ブレークスルー・テクノロジー10」の1つだった。選定理由を説明した解説記事この技術に関する詳細記事をチェックしてみてほしい。

テスラの元最高技術責任者(CTO)で、電池リサイクル企業のレッドウッド・マテリアルズ(Redwood Materials )の創業者兼最高経営責任者(CEO)を務めるJ.B.ストラウベルに以前、話を聞いている。この記事では、電池リサイクルの今後の課題について、ストラウベルCEOの見解を紹介している(レッドウッド・マテリアルズの訪問記はこちら)。

気候変動関連の最近の話題

  • 米環境保護庁(EPA:Environmental Protection Agency)は、米国で販売される新車からの排出ガスの総量を2027年から制限する新しい規則を発表した。この政策は、電気自動車の普及をさらに大きく推進することになる。しかし問題は、米国では充電器の整備が追い付いていないことだ。記事では、新しい規則が意味するものと、それに対応するために充電インフラをどのように拡大する必要があるのかを説明する。(MITテクノロジーレビュー
  • 昔に比べて耐火性の高い建造物を作れるようになったし、都市計画者は火災の広がりを遅らせる戦略を数多く持っている。最も適応が難しい部分は、山火事に対する人々の反応を変えることかもしれない。(MITテクノロジーレビュー、翻訳中)
  • 4月初めにニューヨークで開催された米国内最大級の自動車ショーでは、電気自動車の充電が常に話題になっていた。カナリー・メディア
  • ヒートポンプは魅力的だが、多くの人はちょっとつまらないものだと思っている。そこで、3つのスタジオがヒートポンプのイメージ刷新に挑戦した。(ブルームバーグ
  • → ヒートポンプの仕組みについての詳しい紹介。(MITテクノロジーレビュー
  • 水素は気候変動と戦うための道具になりうるが、事態を悪化させる可能性もある。この記事では、燃料については細部がいかに大きな問題となるか、その詳細について説明している。(ニューヨーク・タイムズ紙
  • リチウムイオン電池は、必要なときのためにエネルギーを蓄えることで、風力や太陽光などの再生可能エネルギーを利用する発電施設のバックアップに役立つ。しかし、エネルギー貯蔵設備が火災を起こしたらどうなるかを心配する声もある。インサイド・クライメート・ニュース
  • 核融合エネルギーは、いよいよ現実のものとなりつつある。しかし、今世紀中に核融合発電所ができたとしても、おそらく誰もが夢見るような安価で無限のエネルギーを提供することはできないだろう。ワイアード
    → 核融合エネルギーの実態を紹介。(MITテクノロジーレビュー
  • 新しい方法で水を使って発電するスタートアップ企業が、巨大なコンクリート・ダムを建設したり、河川の生態系を破壊したりする代わりに、運河に水力発電システムを構築している。AP通信
  • テキサス州は、再生可能エネルギー発電で米国各州をリードしている。しかし、新たな法律がその進展を妨げる可能性がある。(インサイド・クライメート・ニュース
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ケーシー・クラウンハート [Casey Crownhart]米国版 気候変動担当記者
MITテクノロジーレビューの気候変動担当記者として、再生可能エネルギー、輸送、テクノロジーによる気候変動対策について取材している。科学・環境ジャーナリストとして、ポピュラーサイエンスやアトラス・オブスキュラなどでも執筆。材料科学の研究者からジャーナリストに転身した。
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