メキシコ国境のハイテク監視塔、3倍増計画も効果見えず
米国政府はメキシコ国境に設置しているハイテク監視塔を大幅に増やす計画だ。関係当局は、不法入国者や違法薬物の取引などの取り締まりを強化するためだとしているが、効果を疑問視する声が上がっている。 by Tate Ryan-Mosley2023.04.30
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
何年もの間、米国は外国から押し寄せる移住希望者への対応に苦労してきた。長引く問題は危機的な段階に達しており、移民の死者数は過去18カ月間で急増している。
今年1月に移民数の推定値は過去20年間で最多となり、国境施設は対処しきれなくなってきた。事態を受けてバイデン政権は、トランプ政権時代の移民政策に近い、より厳格な措置を発表。4月12日には、バイデン政権の売りの1つであった移民プログラムの一時停止も発表した。これは移住希望者の受け入れ手続きを刷新し、人道的理由による米国への入国をより容易にするためのものだった。
政治的圧力が高まる中、手っ取り早い解決策として、輝かしい新技術に大金がつぎ込まれている。
昨年の終わりに、国境警備を担う組織である米国税関・国境警備局(CBP)は、監視塔ネットワークの2億ドル規模のアップグレードおよび拡張に関する提案を要求した。カリフォルニア州サンディエゴから、テキサス州ポートイザベル付近を結ぶ国境線上に点在するネットワークだ。CBPは、監視塔は職員による越境の監視、人身売買と違法薬物密輸の阻止、危機の際に不可欠なサービスの提供を支援するものと主張。2005年以来プログラムにかかった費用は10億ドル以上にのぼっている。
監視塔は長距離カメラ、レーダー、レーザー照明を搭載しており、画像やその他のデータを生成する。データはCBPのアルゴリズムが処理し、人や物の特定に役立てられる。CBPが示すところによると、拡張されたプログラムは、終了予定となっている飛行船監視プログラムが残す国境監視設備のすき間を埋めることになる。
だが、監視塔がCBPの主張ほど有用でない可能性を示す証拠は山のようにある。電子フロンティア財団(Electronic Frontier Foundation)による調査では、監視塔によって任務に成功した例は少ないことが明らかになっており、監視塔は洗練された効果的なバーチャル国境というよりも、おんぼろのパッチワークに近いものだと指摘する。
監視塔は余力のない組織が増大する一方の越境者を効果的に管理する助けとなっているのだろうか。それともこのプログラムも、警備組織が大した実績もない侵略的なテクノロジーに税金を注ぎ込み、ほとんど効果を上げられない新たな事例なのだろうか。詳しく見ていこう。
監視塔プログラムとは何か? 電子フロンティア財団は国境地帯を実際に訪問し、グーグルやVRアプリ「ワンダー(Wander)」の衛星画像を徹底的に調べ、公共記録の開示請求を出すことで、監視塔の位置を示す地図を作った。この地図は、公的なものとしては初めてのものだ。さらに、データベースからそれぞれの監視塔を作った会社、監視塔が備える技術的能力といった、追加情報が得られる。
いくつかの驚くべき発見があった。その最たるものが、米国の国土にある監視塔が、パトロールが手薄になる可能性がある砂漠付近の遠隔地ルートではなく、メキシコの人口が密集する都市付近に集中しているという事実だ。「これらのカメラはメキシコ人地域に向けられています」。電子フロンティア財団で、このプロジェクトの主任研究員を務めるデイヴ・マースは語る。
電子フロンティア財団によると、CBPは今後数年で監視塔の数を現在の135基から442基と3倍以上に増やすとともに、既存の監視塔を新技術でアップグレードする計画を立てている。
監視塔には、統合型固定監視塔、遠隔ビデオ監視システム、自律監視塔の3種類がある。3種類とも遠方からの人の探知に重点を置いており、統合型固定監視塔と遠隔ビデオ監視システムを作った会社は、監視塔が搭載する高性能カメラ、レーダー・センサー、レーザーは12キロメートル以上離れた場所にいる人物を探知できるとしている。自律監視塔は3種の中で最新のもので、監視範囲は上記2種より狭い(約2.7キロメートル離れた場所にいる人物を探知可能)が、動体検知レーダーと、人によるチェックなしで画像分析ができる検出用人工知能(AI)を搭載している。
2023年のCBP予算によると、CBPは単一の相互運用可能プログラムに全監視塔を統合する計画を立てており、最終的にメキシコとの国境線上に723基の監視塔を設置しようとしている。
しかし、マース主任研究員によると、これだけのテクノロジーがありながらも、プログラムの目標は完全には明らかになっていないという。「私はこのプログラムの目標について、あまり明確な説明を聞いたことがありません。目標は、人々に国境越えを思いとどまらせることがでしょうか。国境を越える人々の記録を残すことでしょうか。国境を越えようとする人々を捕まえることでしょうか。何が目標なのか、よくわからないのです」。
ではなぜ、プログラムはこれほど大幅に拡張されているのだろうか? CBPは公式なコメントを拒否しており、確信できる事実はない。マース主任研究員によると、正当化の根拠は、国境で移民に対応しているCBPの危機意識にあるという。「耳に入ってくるのは、国境での危機、国境での危機ばかり」だが、本当の危機は、各入国検問所や移民がよく利用するルートで起こっていると、マース主任研究員は指摘する。「エルパソの橋の下で多数の難民申請者が野宿していることを知るのに、監視塔は必要ありません」。
マース主任研究員は、米国が1930年には国境で監視塔を活用しはじめていたことを示す証拠を発見したという。しかし、より高度で、より包括的で、より精度の高いテクノロジーがもたらすリスクは現実のものであり、国境地域を標的とするならなおさらだ。
あらゆる手段による監視が、国境地域に暮らす人々の日々の生活を邪魔しており、米国自由人権協会(ACLU)テキサス支部による最近の報告は、実際に監視されている場合だけでなく、監視されていると思い込んでいる場合でも、住人のメンタル・ヘルスに甚大な影響を及ぼすということを示した。ACLUテキサス支部の専属弁護士であるデイヴィッド・ドナティは、「大部分の人々が、国境警備隊と遭遇することを恐れて、食料品店、病院、投票所、コミュニティ・センターといった生活を送る上で重要な場所に行くことを避けた」ということが調査で示されたと語る。
ドナティ弁護士はまた、圧倒的多数の移民は、当局の目をかいくぐろうとすることなく合法的に米国へ入国しており、多くの場合、監視テクノロジーは必要ないと指摘した。合法的な選択肢が狭まると、移住希望者はより危険な方法に頼るだ、監視を増強したところで、根本的な問題解決の役には立たないと、ドナティ弁護士は語る。
「我々はテクノロジーへの莫大な投資がもたらした結果を知っています。しかし、その投資が有効であることを示すものは何もありません」。
マース主任研究員は、監視網の拡張は米国が移民に対応する方法について、新たな疑問をもたらすという。マース主任研究員が抱える疑問の1つは、彼自身が何度も尋ねられてきた疑問だ。「それほど多くの監視の目があるならば、なぜ多くの人がなくなっているのでしょうか」。
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テック政策関連の注目動向
- もちろん私は、米国防総省のウクライナ戦争に関する極秘文書の漏洩について読んでいる。現在逮捕されている21歳の州兵が「ディスコード(Discord)」のサーバーで極秘文書を公開したことに端を発する事件だ。問題のディスコードのグループに関するこちらのニューヨーク・タイムズ紙の記事は、そのデジタル・カルチャーに迫るすばらしい読み物だ。
- 中国はアリババが4月11日に公開したチャットGPTの競合相手などの生成AIテクノロジーに対する新たな監査を提案している。提案された規制には、生成コンテンツは「社会主義の核心的価値を表現するものであるべきで、国家権力を毀損したり、社会主義体制の打倒を支持したり、国家分断を扇動したり、国の結束を損なういかなるコンテンツも含んではならない」という警告が含まれている。
- ニューヨーク警察は、テクノロジーの活用拡大に向けた試験的プログラムの一環として2台のロボット犬を購入した。このプログラムではほかにも、車両追跡を目的に、GPSを搭載した発射体を撃ち出す装置や、自律パトロールのために設計されたセキュリティ・ロボットを導入している。ニューヨーク警察による以前のロボット犬実験は大衆の反発を受けて終了した。新たなロボット犬がどうなるか見てみよう。
テック政策関連の注目研究
スタンフォード大学とグーグルの研究者が発表した新たな研究で、ビデオ・ゲームの「ザ・シムズ(The Sims)」に似た環境にAIエージェントを置いて交流させると、複雑な人間のような振る舞いを見せることが分かった。パーティを開く、友情を築く、決まった習慣を確立するといった振る舞いを見せていた。将来AIエージェントが、人間相手でもAI同士でも、いかにして交流できるかについて、すばらしい知見を提供する研究だ。
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- テイト・ライアン・モズリー [Tate Ryan-Mosley]米国版 テック政策担当上級記者
- 新しいテクノロジーが政治機構、人権、世界の民主主義国家の健全性に与える影響について取材するほか、ポッドキャストやデータ・ジャーナリズムのプロジェクトにも多く参加している。記者になる以前は、MITテクノロジーレビューの研究員としてニュース・ルームで特別調査プロジェクトを担当した。 前職は大企業の新興技術戦略に関するコンサルタント。2012年には、ケロッグ国際問題研究所のフェローとして、紛争と戦後復興を専門に研究していた。