200人以上が受けたCRISPR治療、国際サミットで議論されたこと
3月にロンドンで開催されたヒトゲノム編集国際サミットでは、進行中の治験の成果がいくつも報告された。臨床現場への早期投入も期待されるが、費用が大きな問題となっている。恩恵を受けられる人々の大部分は貧しい国で暮らす一方、治療されるのは経済的に豊かな国の人ばかりだ。 by Jessica Hamzelou2023.04.19
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
遺伝子編集ツールを使用してヒトゲノムに変更を加えるべきなのか? ここ数日、私はその方法や時期について考えてきた。とても大きな問題であり、特にヒト胚の編集に関しては、感情的な議論となる。
3月第2週にロンドンで開催された「第3回ヒトゲノム編集国際サミット(Third International Summit on Human Genome Editing)」では、科学者、倫理学者、患者支援団体らがこのテーマについて議論を交わした。
遺伝子編集に関しては、ワクワクするような話題がたくさんある。クリスパー(CRISPR)で細胞のゲノムを編集できることが明らかになってから10年、この技術を難病に応用するための臨床試験が数多く実施されるようになった。CRISPRを使った治療を受けて、命が救われ、人生が変わった人もいる。
しかし、順風満帆だったわけではない。すべての治験が計画どおりに進んだわけではなく、治験ボランティアの中には亡くなった人もいる。成功した治療法は高額なものになる可能性が高く、そのため治療を受けられるのは一部の裕福な人に限られる。また、このような臨床試験では、成人の体細胞の遺伝子に変更を加えることが多いが、CRISPRやその他の遺伝子編集ツールを卵子、精子、胚に使用することを希望している人もいる。「デザイナー・ベビー」への不安は今もこの分野に影を落としている。
2018年に香港で開催された第2回の同国際サミットで、当時中国・深センの南方科技大学に所属していた賀建奎(フー・ジェンクイ、当時准教授)が、ヒト胚にCRISPRを使用したと発表した。世界初の「遺伝子編集ベビー」誕生を意味するこのニュースは、大方の予想どおり大騒動を引き起こした。全米医学アカデミーのビクター・ザウ会長は、「私たちはその時の衝撃を決して忘れることはないでしょう」と語った。
フー元准教授は結局刑務所に収監され、昨年釈放されたばかりだ。中国では当時、次の世代に遺伝する可能性のあるゲノム編集はすでに禁止されていた。2003年から非合法化されていたが、その後、このようなことが二度と起こらないようにするための一連の法律が追加で制定された。北京幹細胞・再生医療研究所の彭耀進(ペン・ヤオジン)は、「現在、遺伝性のゲノム編集は刑法で禁止されています」とサミットで聴衆に説明した。
今年のサミットでは、劇的な発表は本当に少なかった。しかし、感動する話題はたくさんあった。遺伝子編集を鎌状赤血球症の治療に役立てる方法を考えるセッションでは、鎌状赤血球症を克服した37歳のヴィクトリア・グレイが登壇した。グレイは、幼少期と思春期は重い症状に苦しみ、医師になる夢を断たれたことを聴衆に語った。そして、数カ月間入院するほどの激痛に襲われたエピソードを紹介した。グレイの子どもたちは、母親が死ぬかもしれないと心配していた。
しかしその後、グレイは自分の骨髄から採取した細胞の遺伝子を編集するという治療を受けた。グレイが「スーパー細胞」と呼ぶその新しい細胞によって、彼女の人生は一変した。編集された細胞の輸血を受けてから数分で生まれ変わったように感じ、喜びの涙を流した、と彼女は語った。体調が良くなるまでには7、8カ月かかったが、それ以降は「私には手に入らないと思っていた生活を本当に楽しめるようになりました」と彼女は語った。私の周りでは、普段は感情を表に出さない科学者たちが、涙を拭いていた。
ヴィクトリアは、臨床試験でCRISPRを利用した治療を受けた200人以上の患者の1人であると、マサチューセッツ工科大学(MIT)とハーバード大学が共同で運営するブロード研究所のデイヴィッド・リウ教授は説明した。リウ教授はCRISPRの新しい改良型の開発を主導してきた人物だ。また、がん、遺伝性視覚障害、アミロイドーシスなど、他のさまざまな疾患に対する治験も進行中だ。
リウ教授は、T細胞という白血球の一種を侵すタイプの白血病と診断された英国の10代女性、アリッサの事例を取り上げた。化学療法も骨髄移植も効果がなかった。そこで、ロンドンのグレート・オーモンド・ストリート小児病院(Great Ormond Street Hospital)の医師たちは、CRISPRを使った治療法を試みた。
この治療法では、ドナーから健康なT細胞を採取し、CRISPR でそのT細胞を改変する。処理された細胞は、アリッサの免疫系に拒絶されることなく、アリッサ自身のがん化したT細胞を追跡して攻撃できるように改変された。そして、この細胞が治療薬としてアリッサに投与された。効果があったようだ。
「治療から約10カ月経った現在も、彼女のがんは検出されないままです」とリウ教授は語った。
このような成功例をすでに耳にできることは、本当に信じられないことだ。しかし、懸念もある。
同サミットでは、衡平性の問題が何度も取り上げられた。遺伝子編集治療には、数百万ドルという多額の費用がかかると見込まれている。そのような高額な治療費を支払えるのは誰だろうか? おそらく、低・中所得国に住む人たちではないだろうと、複数の出席者が懸念を示した。
今のところ、CRISPR療法はまだ実験的なものであり、承認されていないため、CRISPR療法を受けるには臨床試験に参加するしかない。その大半は富裕国だ。アルゼンチンのブエノスアイレス大学の心理学者で生命倫理学者のナターチャ・サロメ・リマ博士は、世界のがん患者の70パーセントが低・中所得国にいる一方、がん遺伝子治療の臨床試験の3分の2は富裕国で実施されていると指摘した。
同サミットの主催者は、世界中から講演者を集め、遺伝子編集療法の対象となる疾患を持つ人々にも参加してもらおうと努力していたことは確かだ。しかし、参加者の中には、まだ議論に参加できていない人々がいると感じた人もいたようだ。「LGBTQコミュニティはどうでしょう?」スイスのチューリッヒ工科大学のマーク・デュセイエ講師が私に問いかけた。彼はバイオハックとバイオアートに関心のある自称「ワークショップ研究者」だ。
また、すべてのCRISPR治療が成功したわけではないことも指摘しなければならないだろう。複数の研究者が、CRISPR治療法がどのように機能するのか、私たちはまだ完全に理解できていないと指摘した。DNAを切断でき、DNAの塩基や遺伝暗号の塊を入れ替えることができることは分かっている。しかし、ゲノムの他の場所に及ぶ意図しない影響については、まだよく分かっていない。偶然に他の場所で遺伝子の変化が引き起こされ、それが有害な影響をもたらす可能性もあるのだ。
2022年、27歳のテリー・ホーガンは、筋肉が衰えていく致死的な病気であるデュシェンヌ型筋ジストロフィーの治療を目的としたCRISPR治療の臨床試験に参加し、その試験の最中に死亡した。ホーガンの死因と、それが治療に関連していたかどうかは明らかにされていない。
サミットが開催されたフランシス・クリック研究所に所属する幹細胞生物学者のロビン・ラベル・バッジ主席研究員は、「悪質な科学者が会社を設立して、お金を払うのをいとわない絶望的な状況の人々に未承認の治療法を提供するリスクは常にある」と指摘した。そうした科学者は、治療ではなく、人体を強化する目的で作られた未承認の治療法を販売する可能性さえある。
サミット初日、会場の入り口には「デザイナー・ベビーを止めろ」と書かれた横断幕を掲げた2人の抗議者が立っていた。多くの科学者が同じ思いを抱いている。特に将来、卵子、精子、胚の遺伝子を編集しようと企む者が出てくることが懸念されている。
理論的には、赤ちゃんに遺伝性疾患が発症することを防ぐために胚のDNAを変更することは可能だ。しかし、初期胚(科学者は通常、破棄するまでの14日間しか研究することができない)を対象とした研究結果は、初期胚が遺伝子編集によって意図しない有害な影響を受ける可能性がより高いことを示している。そして、そのDNAの変更は次の世代にも受け継がれることになる。
参加者の多くは技術的、倫理的な問題に注目していたが、デュセイエ講師は別の懸念を抱いていた。「サミットはあまりに面白みにかけていた」とデュセイエ講師は私に語った。遺伝子編集をめぐる深刻な問題は、ある程度のユーモアをもって取り組むことができるはずだ。「もっと奇妙なことが必要です」とデュセイエ講師は主張した。「もっとジョークが必要です」。
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がん、HIV、血液疾患などの治療にヒトの遺伝子編集を利用する実験的研究が50件以上進行中だ。そのほとんどがCRISPRを使ったものであることを、本誌のアントニオ・レガラード編集者が3月7日に伝えた。
そして昨年、ニュージーランドのボランティアが、世界で初めてコレステロールを下げるために実験的なCRISPR治療を受けた。この研究に携わった科学者の一人は、この治療法がほぼすべての人に恩恵をもたらす可能性があると考えている。
CRISPRは、遺伝性の失明の治療法としても研究されている。2020年に最初のボランティアが実験治療を受けた。
フー元准教授の研究論文は発表されることはなかった。提出先の複数の一流医学雑誌に却下されたのだ。しかし、本誌のアントニオ・レガラード編集者はその原稿を手に入れ、4人の専門家に見せた。その結果、4人の専門家から厳しい評価を受けた。フー元准教授の主張は彼の研究結果によって裏付けられていなかった。赤ちゃんの両親は、実験に参加するよう圧力をかけられていた可能性があり、研究チームは自分たちが何をしているのか十分に理解しないまま実験を進めた。
サミットはヒトのゲノム編集に焦点を当てたものだったが、CRISPRは養殖動物をより大きく、より強くする方法としても研究されている。例えばある科学者チームは、ナマズの病気に対する抵抗力を高めるために、ナマズにワニの遺伝子を組み込んだ。
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- ジェシカ・ヘンゼロー [Jessica Hamzelou]米国版 生物医学担当上級記者
- 生物医学と生物工学を担当する上級記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、ニューサイエンティスト(New Scientist)誌で健康・医療科学担当記者を務めた。