中国テック事情:中国でもチャットGPTバブル、成功者は出るか?
中国でも「チャットGPT」は大きな話題となっている。この熱狂は、中国企業によるAIチャットボット開発を期待する声を呼んでいるが、現時点では難しいと言わざるを得ない。中国企業によるチャットGPTの模倣品の実現を阻む障壁がいくつかあるからだ。 by Zeyi Yang2023.03.08
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
時々、誰もが夢中にさせられるものがある。2月中旬の中国のテック界では、チャットGPT(ChatGPT)がそれだった。
おそらく旧正月だったため、あるいは現在の中国ではチャットGPTを利用できないためだろう。2カ月以上遅れで中国でもやっとこの自然言語処理チャットボットの人気に火がついた(チャットGPTを開発したオープンAI=OpenAIは、「特定の国は我々のミッションと一致する方法で運用するのが困難または不可能な状況にある」ため、中国では運用していないとロイター通信に語っている)。
しかし、この1週間は大規模な競争が繰り広げられた。中国の大手テック企業のほぼすべてが、独自のチャットGPT的なサービスの提供計画を発表したのだ。中には、人工知能(AI)開発能力では知られていなかった企業も含まれる。一方、中国の一般市民も、必死になってこのサービスを試そうとした。
中国でチャットGPTを直接体験した人のほとんどは、VPN(Virtual Private Network)や有料の回避手段を通してアクセスした。頭がいい起業家たちは、オープンAIのアカウントを貸し出したり、20問につき数ドルの料金でチャットGPTへの質問を代行したりした。だが、それよりももっと多くの人々が、チャットGPTのやり取りを撮影したスクリーンショットやショート動画を通じて、質問の結果を目にしている。その2つのコンテンツが、中国のソーシャルメディアを席巻中だ。
新しくて中国から利用しづらいことがもたらす魅力もあるが、チャットGPTの中国語による回答能力が、多くの人(私を含め)の期待を上回ったからこそ、これだけ人気が出たのだろう。オープンAIが2020年に公開したチャットGPTの前世代に当たる「GPT-3」も中国では利用できなかったが、中国語コンテンツの扱いがあまり得意ではなかった。この時も数社の中国企業がGPT-3の代替品として、中国語にローカライズされたチャットボットを開発したが、回答が容易に予測できるものばかりで、同じ回答を何度も反復したり、イライラするほど的外れだったりすると、しばしばユーザーからバカにされてきた。
それらに比べるとチャットGPTは、少々堅苦しいものの自然な回答文を作るのが驚くほど上手だ。中国の伝統とポップカルチャーを理解しているようにも見える。中国のプロパガンダの主要な代弁者であるグローバル・タイムズ紙(環球時報)の元編集長、胡錫進の文体を真似ることができ、中国語のミーム・ソングを知っていて、同じような歌詞をゼロから作ることも可能だ。また、中国のソーシャルメディア・プラットフォームである小紅書(Xiaohongshu)にインフルエンサーが投稿する、絵文字だらけの文体で書くこともできる。
英語版と同様、チャットGPTの中国語での回答を精査すると、厳密には正確さに欠けることがよくあり、事実誤認も見られる。しかしそれでも、米国企業が開発したチャットボットがこれほど現代中国を理解しているという事実が、一般市民の心をつかんだ。私個人も、チャットGPTの多くの回答を読み、畏敬の念を抱いた。間違いなく私より胡錫進の真似が上手だ。
だから、中国のテック企業が今、分け前にあずかろうとしているのも、驚くことではない。検索/AI企業であるバイドゥ(Baidu)は、チャットGPTの代替品を提供するのに最適な立場にあると言っていい。同社は「アーニー・ボット(Ernie Bot)」のテストを3月中に終え、自社のソフトウェア製品とハードウェア製品の大部分に搭載する予定だ。アリババ(Alibaba)の研究開発部門であるDAMOアカデミー(DAMO Academy)は、同様のツールを社内でテストしており、サイバーセキュリティ/検索企業である360は、デモ版を「できるだけ早急に」公開すると述べている。ネットイース(NetEase)、アイフライテック(iFlytek)、JDドットコム(JD.com)など他のテック企業も、教育や電子商取引(EC)、フィンテックなどの特定のシナリオで独自のAIチャットボットを使いたい考えだ。
これらの動きは、興奮とFOMO(Fear Of Missing Out:取り残される恐怖)が入り混じった気分に駆り立てられたものだ。チャットGPTほど世間の注目を浴びることに成功したテック製品は、それほど多くない。その事実が、まだ一般市民は新たなテクノロジーに熱狂し、希望を抱くものだという、めったにない自信を中国企業に与えている。他方で、この大きなトレンドに乗り遅れてはならない、あるいは少なくとも乗り遅れていないように見せなければならないという重圧が、それらの企業にかかっている。
おそらくそれも理由となって、少しばかり無分別な企業行動も見られる。 中国の株式市場は、AIやチャットボットに少しでも関連する事業を持つ企業探しに熱狂した。たとえば、AIのバックグラウンドをほとんど持たない経営不振のEC企業「スークー(Secoo、寺庫)」は2月6日、自社サービスで「チャットGPT的な」技術の使用を検討すると発表し、株価はその日124.4%も上昇した。一方、中国の宅配大手であるメイトゥアン(Meituan、美団)の共同創業者である王慧文は、チャットGPT風の企業を立ち上げるために5000万ドルを投資するとソーシャルメディアに投稿した。その後、AIテクノロジーを理解しておらず、まだ勉強中であることを認めたが、それでもすでにベンチャー投資資金として2億3000万ドルを調達している。
もちろん、この混乱もいつかは落ち着く。そして次に自然な疑問として浮かんでくるのは、あらゆるテック企業がチャットボットの軍拡競争をしているようにも見える米国で起こっていることに、中国企業が実際に追いつけるかどうかということだろう。
しかしここには、中国企業にとってまたとない、本物のチャンスがある。おそらく中国企業は、より優れた中国語のAI訓練用データ・セットを利用でき、新製品を迅速に開発する商業的動機もあると、ニュースレター『ChinAI』を執筆しているジョージ・ワシントン大学のジェフリー・ディン助教授は話す。「結局のところ、これらはビジネスなのです」と、ディン助教授は言う。「オープンAIやマイクロソフトは、チャットGPTで稼ぎたいと考えています。彼らの主たる市場は英語圏です。当然、英語に最適化するでしょう。逆に、バイドゥの場合、英語市場を取り込もうとはしていないので、中国市場に最適化することになります」 。
しかし、スマート・チャットボットの分野に進出し始めた多くの企業の中で、本命視すべき存在はほんの数社に過ぎない。「道理にかなうのは、すでにGPT-3の独自版を開発した企業でしょう」と、ディン助教授は言う。
ディン助教授は、GPT-3の中国語ローカライズ版を5~6種類見たことがあるという。まず、バイドゥの文心(Wenxin)。これには「アーニー 3.0 タイタン(ERNIE 3.0 Titan)」という別名が付いている。ほかに、ファーウェイ(Huawei Technologies)の「盤古-α(PanGu-α)」、インスパー・グループ(Inspur Group)の「源1.0(Yuan 1.0)」などである。これらの企業でさえも、チャットGPTのライバルを作り出すには、まだしばらくかかるかもしれない。オープンAIがGPT-3を発表してからバイドゥが文心を公開するまで18カ月かかっている。これが大規模言語モデルにおける中国と欧米企業とのタイムラグを把握するおおまかな感覚となるはずだ。
さらに問題を複雑にしているのが、中国企業はボットの有害な反応や不正確な反応を減らすことについて、あまり進展していないように見えることだ。チャットGPTは有害な反応や不正確な反応を減らすために、GPT-3を基にした「インストラクトGPT(InstructGPT)」というモデルに依存しており、人間による情報入力を取り入れることで使いやすさに大きな違いをもたらしていると、ディン助教授は指摘する。この分野に関する中国企業による論文を、ディン助教授は見たことがない。
障害となるものはまだある。それは、政治によるものだ。米国の最新のチップ輸出規制により、エヌビディア(Nvidia)の「A100」や「H100」といった最先端のGPUは中国への販売ができなくなった。その結果、大規模言語モデル(チャットGPTは大規模言語モデルの力を借りて動作している)の訓練と実行に必要なコンピューター演算能力を中国企業が持とうとしても、その能力は制限されることになる。
中国のネット言論統制も障害の1つとなるだろう。国産のチャットボットが政治的に慎重な扱いを要する回答を生成してしまうと、取り締まりの対象になる可能性が高い。以前は、中国企業が開発したGPT-3の代替にアクセスするには、ユーザーによる申請が必要だった。企業は政治的な責任を回避するため、チャットGPT的な新サービスにも同じことを要求することになるかもしれない。しかしそうなると、チャットGPT的な新サービスはチャットGPTの人気を再現することができなくなる。人気を再現するには、完全に一般公開する必要があるだろう。
つまり、チャットGPTの中国版が一夜にして登場すると期待してはいけないということだ。中国のAI企業にとって、まだ道のりは長い。テクノロジーの大げさな宣伝は、現れてはすぐに消えることの繰り返しである。中国のチャットGPTマニアが何か風変わりだとは思わない。最終的には、「中国版チャットGPT」が公開された時に実際に使ってみて、自分自身で判断することになる。そして、改めてここで報告することにしよう。
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1. ディープフェイク技術を使い、ソーシャルメディアの偽情報キャンペーンで中国を宣伝し、米国をバッシングする偽のニュースキャスターが作成された。良いニュースは、それらを見分けるのはまだかなり簡単だということだ。少なくとも今のところは。(ニューヨーク・タイムズ )
2. ティックトック(TikTok)がインドで禁止されてから2年以上経ち、同社はついに復帰の試みをあきらめ、同国に最後に残った従業員を解雇した。(サウスチャイナ・モーニング・ポスト)
- ティックトックは最近、ロシアを拠点とする偽情報ネットワークが、昨年に禁止措置を受ける前、欧州のユーザーを標的にし、13万3000人のフォロワーを獲得していたことも公表した。(ニューヨーク・タイムズ )
3.米中間の緊張が高まる中、中国の通信会社は、米国企業が建設を進めているアジアと欧州を結ぶ大規模な海底ケーブル・プロジェクトへの投資を引き上げた。(フィナンシャル・タイムズ )
4. ついに米国で、中国テック企業による新たな新規株式公開(IPO)が行われた。自動運転車に使われるセンサーを作っている上海のヘサイ・テクノロジー(Hesai Technology)が先週、ニューヨークで上場し、2021年のディディ(DiDi)以来最大の中国企業IPOとなった。(ブルームバーグ )
5. 亡命生活を送っているウイグル人は今、昨年から大量に流出している中国警察の資料を利用して、中国にいる親族の情報を探している。(CNN)
中国版ティックトックが薬の宣伝を許可
ECは過剰消費を促進することで繁栄しているが、オンライン薬局も同じことができるだろうか?もうすぐわかるかもしれない。中国の「チャイナ・アントレプレナー(China Entrepreneur)」誌の報道によれば、ティックトックの中国版であるドウイン(Douyin:抖音)が今年、薬局に対して、ライブストリーミング・セッションでの商品の宣伝を許可し始めた。
近年、これらのライブ・ストリーミングは、ネットで買い物をするときの最も人気がある方法となっており、インフルエンサーたちが視聴者に大幅な割引を提供している。しかし、浪費を助長しているとして、しばしば批判されてきた。おそらくそのせいで、現在は法律で禁止されていないにもかかわらず、それらのオンライン・ショールームで薬はほとんど売られていない。
しかし、バイトダンスはずっと以前からオンライン・ヘルスケア業界への参入を目指しており、最近もいくつかの健康関連スタートアップを買収している。そして、市場に参入するためのツールとして、薬局のライブストリーミングを選択した可能性がある。今のところ、司会者は服や化粧品を売る者たちよりも控えめで、多くの場合、目玉商品は市販の風邪薬である。
あともう1つ
2月12日のスーパーボウルのハーフタイム・ショーに出演したリアーナを見てフラッシュバックを起こした人たちがいた。バックダンサーの全身真っ白でふわふわした衣装が、防護服を着た中国のパンデミック・ワーカーを思い出させたからだ。
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- ヤン・ズェイ [Zeyi Yang]米国版 中国担当記者
- MITテクノロジーレビューで中国と東アジアのテクノロジーを担当する記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、プロトコル(Protocol)、レスト・オブ・ワールド(Rest of World)、コロンビア・ジャーナリズム・レビュー誌、サウスチャイナ・モーニング・ポスト紙、日経アジア(NIKKEI Asia)などで執筆していた。