検索履歴に刻まれた「痛み」
アルゴリズムの迷宮から
抜け出す試みの記録
父のがんに直面し、私は悲しみをネットで検索した。だが、その行為が呼び寄せたのは慰めではなく、終わりなき苦悩だった。容赦なく表示されるアルゴリズムの「おすすめ」からの脱出を求めてさまよった、個人的な記録。 by Tate Ryan-Mosley2024.09.19
これまでずっとグーグル検索に頼りきり、起こり得ることをなるべく知ろうと努め、将来起こり得ることに対する不安な気持ちをなだめてきた。父の咽頭がんに関してもそうだった。最初は、純粋に医学的な情報を中心に調べていた。分子バイオマーカー、経口ロボット支援手術(TORS)、喉頭蓋の構造と機能など、できるだけ多くを学ぼうとした。
そして、喪失に伴う悲嘆を味わうシナリオが現実的になってきたときも、同じような対処をした。私の人生の柱の1つである父が倒れそうになっているのを知り、その状況を理解し、備えておかなければということばかり考えるようになった。
私は普段から物事を視覚的に考えるタイプで、思考は頭の中の劇場である場面のように描かれる。支えてくれる多くの家族、友人、同僚たちに元気かと尋ねられると、断崖の上に立ってすべてを知り尽くす濃霧に目を奪われている自分の姿が浮かぶのが常だった。崖っぷちにいる私は、両親や姉妹と一緒に下に降りる道を探している。その場面には音も切迫感もなく、私は霧に飲み込まれるばかりになっている。何かの姿や行き先の手がかりが見えないかと目を凝らすのだが、霧はあまりに巨大で灰色で果てしない。
私はその霧をつかまえて、顕微鏡でのぞいてみたかった。アイフォーンで悲嘆の段階、喪失に関する書籍や学術研究をググり始め、コーヒーができるのを待ったり、ネットフリックスを見たりしながら、個人的な災難について深く読み解こうとした。どのように感じるものなのか。どうやって向き合うのか。
私はインスタグラムの動画、さまざまなニュース・フィード、ツイッターの体験談などを通して人々の悲しみや悲劇の体験を消費するようになった。あえて見に行くこともあれば、不意に見てしまうこともあった。 インターネットが密かに私の衝動と手を組み、私自身の最悪の妄想にふけり始めたかのようだった。アルゴリズムは一種の祭司として告解と聖餐の場を与えてくれた。
だが、検索やクリックをするたびに、私はうかつにもデジタル・ライフにベタベタする悲嘆のクモの巣を作り上げていた。最後には、そのもつれを解いて逃げるのは不可能に近くなっていた。私向けにカスタマイズされた悪質なアルゴリズムは、私の悼みに満ちたデジタル・ライフを琥珀の中に永久保存した。私の心の動きを巧みに見抜き、がんと喪失感のコンテンツをもっと、もっとと差し出すアルゴリズムだ。
私は脱出した。やっと。だが、望まないコンテンツの購読をキャンセルしたり、受け取りを拒否したりすることが、なぜそんなに難しいのだろうか。自分に有害であっても、やめられないとはどういうわけなのか。
私はアルゴリズムの力をよく知っている。これまでも、インスタグラムのフィルターがメンタルヘルスに与える影響、巨大テック企業のエンゲージメントに対する執着がもたらす二極化の影響(リンク先は米国版)、特定のオーディエンスを狙う広告主の奇妙なターゲティング手法について書いてきた。しかし、当初はパニックと検索で朦朧として、私のアルゴリズムは善の力なのだと感じていた(そう、「私の」アルゴリズムと感じている。コードが均一なのは知っているが、その出力は非常にパーソナライズされていて、自分のもののように感じられるから)。 アルゴリズムは私と共に働き、悲劇を克服した人の話を見つけやすくし、孤独を和らげ、私の能力が上がったかのように思わせてくれた。
現実には、私は広告主導のインターネットの影響を、身をもってありありと体験したのだ。この影響は、著名なインターネット倫理学者でマサチューセッツ大学アマースト校のイーサン・ザッカーマン教授(公共政策・情報・コミュニケーション)が2014年のアトランティック(Atlantic)の記事で「インターネットの原罪」と呼んだことで有名だ。その中で彼は、適切なオーディエンスを、適切なタイミングで、大規模にターゲティングするように作られた、コンテンツ・サイトに収益をもたらす広告モデルを説明した。もちろん、このモデルには「監視世界へ深く入り込む」ことがついて回る。こうしたインセンティブの構造は、現在「監視資本主義」として知られるようになっている。
プラットフォーム上の各ユーザーのエンゲージメントを最大化する手段を、正確に理解することが収益を得る方程式であり、現状のWebにおける経済モデルの基礎になっている。
原則として、ほとんどの広告のターゲティング手法は依然として基本的にセグメンテーションなどを活用している。人々はジェンダー・年齢・場所などの特性によってグループ化され、同じグループ内の人が好きだとアクションを起こしたものに似たコンテンツが(グループの他の人に)提供される仕組みだ。
しかし、ザッカーマン教授の記事が発表されてから8年半の間に、人工知能(AI)と収集データの増加によって飛躍的にターゲティングのパーソナライズの精度が高まり、さらに長期間保持されるようになった。機械学習の台頭で、人の属性ではなくデジタル上の行動データポイントに基づいてコンテンツを管理することが容易になった。「従来のセグメンテーションよりも強力な予測因子」になり得ると、人とコンピューターの相互作用について研究しているオックスフォード大学のマックス・ヴァン・クリーク准教授は言う。デジタル上の行動データはアクセスしやすく蓄積するのも簡単だ。この仕組みは個人データを取得する上で極めて効率的である。クリック、スクロール、閲覧がそれぞれ個別に記録され、測定され、分類される。
簡単に言えば、インスタグラムやアマゾンをはじめ頻繁に利用するさまざまなプラットフォームは、クモの糸をつかみに行くような私の行動を1日に数分でも数時間でもクモの巣に絡めとり、結果としてコンテンツと広告の提供を増やそうとするのだ。
この事実を知っていようがいまいが、誰もが何らかのデジタル・パターンに引っかかっているはずだ。こうしたサイクルはすぐに有害になる。そこで私は、不届きなアルゴリズムをしっかり管理できるようにするにはどうしたら良いのか、何カ月も専門家に相談し続けた。
悲嘆の履歴
このお話は、マラソンは終わったと私が勘違いしたところから始まる。父が歯痛で歯科医を訪れ、数時間後にがんを告知する留守電が入ってから16カ月後のことだ。勇気が出たのはその日だけだった。
このマラソンは42.195キロメートルにおよぶ、ほふく前進だ。5キロメートル地点に着くころには両肘の皮はずるむけ、ピンク色の皮膚組織と砂利が路上で混ざり合う。16キロメートル地点では骨がむき出しになる。だが、化学療法を伴う33回の放射線治療を経て、父と私はゴールにたどり着いて、マラソンは終わったと思った。
ところがその夏、父のがんがまさかの再発。しかも、治療できるかどうかは定かではないという状況だった。マラソンは終わってはいなかったのだ。
再発後の父の容体は、芳しくなかった。何よりもあの音はひどかった。咳、咳、そしてむせる。父は息をしているのか。息をしていない。息をしていない。 むせる、吐く、咳。息をつく。
この「音」が、私が密かに早々とのぞき見た「父と死による別れ」による喪失感や悲嘆を感じ始めたときのテーマ曲だった。
朝から、ベッドで訃報を読み始めた。
ノートルダム大学の同窓生の夫が、朝のランニング中に倒れて亡くなった。私はその同窓生のインスタグラムを毎日チェックし、すみずみまで見るようになった。それがきっかけで#widowjourney(寡婦の体験談)や#youngwidow(若い寡婦)のコンテンツに引き込まれた。やがて、インスタグラムは他の寡婦たちのアカウントをすすめてくるようになった。
11月の感謝祭の頃、私はダイアナ妃の死にまつわるあれこれにはまり、むせび泣きながら夜を明かした。
その月のうちに、私のアマゾンのアカウントは悲嘆をテーマにした書籍をすすめるフッターを表示するようになった。化粧水を買ったとき、『悲しみにある者(原題:The Year of Magical Thinking)』(2011年、慶應義塾大学出版会刊)、『Hマートで泣きながら(原題:Crying in H mart)』(2022年、集英社刊)、そして『F*ck Death: An Honest Guide to Getting Through Grief Without the Condolences, Sympathy, and Other BS(死なんて死んじまえ:追悼や同情などの気休めなしで、悲しみを乗り越えるための率直なガイド)』(2020年刊、未邦訳) がおすすめとして表示された。
アマゾンのWebサイトには、おすすめ表示は「お客様の興味や関心に基づいて作成されます」と書かれている。そして「お客様の購入履歴、持っている商品、商品の評価などのデータが検証されます。アマゾンのサイトでのお客様のアクティビティを他の購入者と比較し、そのデータを使用して、お客様が興味を持っていただけそうな他の商品をおすすめします 」と説明されている(アマゾンの広報担当者も同様の説明をし、閲覧履歴を自分で編集できると教えてくれた)。
あるとき、喪失に関する書籍を検索したことがあった。
コンテンツのおすすめ表示のアルゴリズムはターゲティング広告に似た方法で動いている …
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