マウンテンゴリラの森
ヴィルンガ国立公園が賭ける
ビットコインの夢
マウンテンゴリラの生息地として知られるコンゴのヴィルンガ国立公園は、森林と野生生物を保護するためにビットコイン採掘施設を運営する初の国立公園になった。紛争が続く現地で安定した運営資金を得るため、ときに批判を受けながらも、試行錯誤が続いている。 by Adam Popescu2024.09.17
- この記事の3つのポイント
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- コンゴのヴィルンガ国立公園がビットコイン採掘施設を運営している
- 採掘施設は公園の水力発電所から電力供給を受けている
- 採掘による収入は公園の運営や地域の開発に役立てられている
予備の弾倉を括り付けたジャングルスタイルの自動小銃AK-47は重いが、それを携行している男は緑が生い茂る山中を怯むことなくパトロールしていた。
アフリカ・コンゴの東部では、ソ連製の旧式武器が闇市でわずか40ドルで手に入る。民兵たちは武器が持つ「ダワ(魔力)」を使って、この地域の長年の希望であり呪いでもある土地、木材、象牙、希少金属鉱物(レアメタル)を奪っている。
だが、冒頭の迷彩服を着た男は民兵ではない。この無法地帯では珍しい公職者、レンジャー(自然保護官)である。普段は絶滅の危機に瀕したマウンテンゴリラで有名な、ヴィルンガ国立公園(Virunga National Park)をパトロールしている。ただ、今日の業務はいつもとは違った。ヴィルンガ国立公園のすぐそばにある村落のルヴィロで、世界初の国立公園が運営するビットコイン採掘(マイニング)施設を警備するのだ。クリーン・エネルギーで稼働しているこの採掘施設は、公園やその周辺で働く多くの人を活気づける一種の賭けだ。同時に専門家たちは、暗号通貨と自然保護に何の関係があるのか、懐疑的な味方を示している。
2022年3月下旬の蒸し暑いある日、数千台の高性能コンピューターが詰め込まれた10個のコンテナの前を、レンジャーは歩き回っていた。コンピューターは、真昼の暑さの中でうなりを上げている。突然、水平線のかなたに何かが光った。レンジャーはベレー帽をかぶり直し、旋回してくるセスナを見ながら、近くの未舗装滑走路の安全を確保するため急いだ。
飛行機はまもなく、危険なほど急降下して短い滑走路に着陸した。降り立ったパイロットは定期視察のために訪れた、ヴィルンガ国立公園のエマニュエル・ドゥ・メロード園長(52歳)だった。彼は片手に鞄の革ひもをつかみ、もう一方の手で胸を張って太陽の下で直立不動するレンジャーたちに敬礼を返す。きれいに髭を剃った白髪混じりのメロード園長は、この中で唯一、武器を持っていない人物だ。背後に見えるセスナの翼には弾痕があり、ガムテープで補修されている。
メロード園長は吠える野良犬の側を通り過ぎ、長さ約12メートルの深緑色をしたコンテナに入った。配線、ノートPC、そして体臭でいっぱいの内部で、メッシュのベストを着た技術者チームが採掘を監視している。
コンテナの機械は1日中、数学の複雑な問題に取り組み、数千ドル相当に値するデジタル通貨を報酬として得る。コンテナは、ルヴィロの山にある巨大な水力発電所から電力供給を受けている。ここは熱帯雨林の深い緑に覆われた、21世紀のグリーン・テクノロジーの聖地なのだ。
ヴィルンガ国立公園における採掘施設の運営は、施設の存在自体が多くの点で奇跡的だ。電力送電網や安定した政府と同じくらい外国からの投資が稀なコンゴにおける、汚職と森林破壊で知られるこの不安定な地域では、多くの問題が起きている。「インターネット接続、採掘に影響する気候条件、隔離された状態での作業といった問題があります」と話すのは、近くのゴマ大学を卒業した採掘施設の従業員、ジョナス・ムバヴモジャ(24歳)だ。さらに、近隣の数十の反乱軍による脅威がある。この地域では暴力が頻発しており、長年にわたる反政府組織の活動、ミサイル攻撃、マチェーテ(なた)による襲撃が深刻なトラウマを残している。
アフリカで最も歴史のあるこの保護公園にとって、今は極めて重要な時期だ。病気の流行、パンデミックによるロックダウン、流血事件が4年間にわたって続いた結果、ヴィルンガ国立公園は不足している運営資金を切望し、それを得る機会を渇望している。コンゴ政府は公園運営予算のわずか1%しか提供しておらず、ほぼ自力で何とかしなければならない。だから、公園は暗号通貨に大きく賭けているのだ。
ビットコインは一般的に、自然保護や地域開発とは無縁だ。むしろ、その反対のものとして知られている。しかしここでは、ヴィルンガ国立公園の貴重な自然資源(土地から水力発電まで)を、公園と地域住民の双方の利益へ転換するための大きな計画の一部となっている。型破りかもしれないが、利益を生み出し、しかも環境に優しい事業と位置づけられているのだ。
ビットコインの売上は、すでにヴィルンガ国立公園の職員の給与、道路や揚水機といったインフラ・プロジェクトなどの支払いに充てられている。ほかにも公園の水力発電所からの電力は、ささやかな事業開発に役立っている。
メロード園長は、(採掘は)ヴィルンガ国立公園の資源に結びついた持続可能な経済を構築する方法だと話す。たとえ、採掘施設の誘致が一種の幸運な偶然であったとしてもだ。
「私たちは発電所を建設し、徐々にネットワークを構築していくつもりでした」とメロード園長は説明する。「その後、(反乱軍による)誘拐が頻発したため、2018年に観光業を停止しなければなりませんでした。2019年には、エボラ出血熱のせいで観光業を再び休止せざるを得ませんでした。そして2020年以降は新型コロナのパンデミックです。この4年間で、公園収入の40%を占めていた観光収入は完全に失われました」 。
メロード園長は続ける。「想定外の事態でしたが、何か解決策を講じる必要がありました。そうしなければ、公園は破綻していたでしょう」
2020年9月、世界の大部分でロックダウンが実施される中、ヴィルンガ国立公園はビットコインの採掘を開始した。「その後、ビットコインの価格が一気に上昇しました。私たちは、たった一度の幸運に巡り合ったのです」(メロード園長)。
私が訪問した2022年3月下旬、コンゴ人の採掘作業員は進捗状況をメロード園長とフランス語で話していた。この時点でビットコインは4万4000ドル前後で取引されており、彼は1カ月に約15万ドルの収入を見込んでいた。最盛期の観光収入に近い金額だ。
差し迫った問題は、彼らの幸運が尽きてしまうかどうか、ということだ。
10年ほど前、反乱軍による侵攻や巨大石油企業の脅威と戦う姿が描かれた有名なネットフリックスのドキュメンタリー映画『ヴィルンガ(Virunga)』のおかげで、ヴィルンガ国立公園は一躍有名になった。だが現在、その脅威が再来し、すべてが危機にさらされている。
コンゴ政府は最近、ヴィルンガ国立公園内とその周辺にある石油採掘権を競売にかける計画を発表した。計画はまだ初期段階だが、もし石油の採掘が実施されれば、人々の営みや主要な野生生物の生息地が破壊される。そして、地球の健康が危険に曝されるといっても過言ではない。コンゴ盆地はアマゾンに次ぐ世界で2番目に大きな熱帯雨林で、重要な二酸化炭素の吸収源だからだ。
一方、M23と呼ばれる反政府組織はヴィルンガ国立公園のマウンテンゴリラ生息区域を占拠し、コンゴ軍と交戦しながら周辺の街からの略奪を繰り返している。これまでM23は公園との直接対決を避けてきたが、この数カ月間で状況は変わってきたようだ。
その上、2022年11月の暗号通貨取引所FTXの破綻と、それに続く暗号通貨産業全体を揺るがした惨事によって、メロード園長の賭けはまさにハイリスクなものに思えるもしれない。しかし彼は、日々の採掘は純粋な利益を生んでおり、ビットコインの価値がどれだけ変動しても、プラスである限り利益をもたらすと強調する。
こうした脅威に直面してもメロード園長は、ヴィルンガ国立公園の切り札はビットコイン採掘施設だと信じている。彼は、利他主義者でも暗号通貨の詐欺師でもなく、リスクを恐れない実利主義者なのだ。
ヴィルンガ国立公園が持ちこたえられれば、賭けに勝ったことになる。
「戸惑うような場所」にある「型破りの解決策」
コンゴ民主共和国を細かく観察して最初に気づくのは、豊富な雨量と火山性の豊かな土壌の恵みによって育まれた、エメラルドに広がる緑の多さだ。ヴィルンガ国立公園はコンゴ盆地にあり、ウガンダとルワンダの国境に接している。約7770平方キロメートルの公園には、世界に残るマウンテンゴリラの約3分の1を含む、アフリカの陸生動物の半分が生息している。
ヴィルンガ国立公園に隣接する地域には約500万人が住んでいる。多くの人は泥で固めた家に住み、調理や照明、暖房に必要な電気は引かれていない。さらに、公園内には8万人が住んでいる。多くはコンゴがベルギーの植民地として支配されていた1925年の公園設立以前から定住している人たちで、近年の暴力から逃れてきた難民もいる。
ヴィルンガ国立公園内での農業、漁業、狩猟、伐採はすべて違法だが、公園は木炭(スワヒリ語でマカラ)や食糧の重要な供給源となっている。2001〜2020年にかけて森林面積の10%近くが失われたように、公園内の資源は定常的に奪われている。メロード園長は、樹木と象牙で年間1億7000万ドルが公園から略奪されていると推計している。しかし、地域住民が略奪以外に取り得る手段は、地元の反乱軍にお金を払えず飢えることしかない。汚職が生じる条件としては完璧だ。
「コンゴは、道徳的な判断を下すには途方に暮れてしまうような国です」。ベルギー君主による19世紀の悲惨な統治時代を描いた『King Leopold’s Ghost(レオポルド王の亡霊)』(1998年刊、未邦訳)の著者、アダム・ホックシールドは言う。コンゴは「その広大さ、数百もの言語を話す人々、そして富を搾り取る植民地化」という背景があるため、さらに複雑になっていると彼は話す。「このような状況下において、公正で公平な社会を築くことは非常に難しい」。
コンゴには、ウクライナとほぼ同数の難民がおり、数十年にわたる国連平和維持活動にもかかわらず、何十年にもわたって紛争が続いている。公園から盗まれた利益のほとんどは反乱軍に流れる。ほかにより良い選択肢がないため、反乱軍に参加する地域住民もいる。この地域には過去の戦争の名残もあり、特に有名なのが1994年の隣国ルワンダのジェノサイドだ。また、ISIS(イスラム過激派組織)との関連が疑われる反乱軍もある。最大の反乱軍は、ツチ族が率いるM23だ。ルワンダが支援していると国連に言わしめるほど、非常に優れた武装をしている反乱軍だ(ルワンダは否定しているが、ルワンダ経済はコンゴの資源に大きく依存している)。
その結果、ヴィルンガ国立公園は、定期的に職員を埋葬している唯一のユネスコ世界遺産かもしれない。1996年以来200人以上、毎月平均1人のレンジャーが命を落としている。レンジャーとして8年間過ごしたチェルビン・ノラヤンバジェは自身の職業を「世界で最も危険な仕事」と呼んでいる。
ヴィルンガ国立公園のレンジャー(女性35人を含む800人近く)は、公園内で武装した反乱軍や違法に農業を営んだり生活をしている民間人に遭遇することがたびたびある。近隣の街ルツルに住む活動家のサムソン・ルキラは、地域住民の多くは公園の境界線さえ知らないと指摘する。彼は、自然保護の問題を解決するにはコミュニティの協力が必要だが、「安全ではない地域では、レンジャーが対話をすることは難しい」と言う。
メロード園長は、ヴィルンガ国立公園の豊富な資源の利用を拒否されているという地域住民の不満に対して同情的だ。「数十万、もしかしたら数百万という人々が、公園を有益な資産へ変えるために短期的なコストを負担しています。もし私たちの取り組みが失敗したら、益よりも害が大きくなってしまう。ですが、この生態系、公園を必ず変えられると強く信じています」。
それを実現するメロード園長の計画は、2013年以降、ヴィルンガ国立公園が開設したマテベ、ムトワンガ、ルヴィロの3つの水力発電所にかかっている(4つ目も現在建設中だ)。理屈上は、各家庭に電力を供給できれば、料理をするために木を切る必要はなくなる。電気は、コーヒー組合やチアシードの生産といった新しい仕事やビジネスを支える。そしてもちろん、ビットコイン採掘施設もだ。
メロード園長は、「私たちが最も正したいのは、ヴィルンガ国立公園は野生生物だけのものという誤解です」と続ける。「そうではなくて、公園は野生生物を通したコミュニティなのです。私たちの役割は、それを促進することです」。世界で最も困難な状況にあるコンゴで、地元の支援なしに自然保護を実践することはできない、とメロード園長は話す。
すべてのヴィルンガ国立公園の水 …
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