KADOKAWA Technology Review
×
人類は再び月面に立てるのか? 「アルテミス計画」の険しい道
Richard Chance
宇宙 Insider Online限定
NASA’s return to the moon is off to a rough start

人類は再び月面に立てるのか? 「アルテミス計画」の険しい道

NASAは、アルテミス計画で2025年までに人類を再び月面に送ることを目指している。だが、政治的思惑に基づいて紆余曲折を経て決まった同計画は、アポロ計画に比べて、正確さや機敏さ、そして資金提供の面ではるかに劣っている。 by Rebecca Boyle2023.01.25

1972年12月14日、アポロ計画の最後のミッションである「アポロ17号」の月面活動の最終日だった。月着陸船「チャレンジャー(Challenger )」は、灰色の月の表面土壌(「レゴリス」と呼ぶ)で内側も外側もびっしりと覆われていた。地質学者のハリソン・シュミットは、地球へ持ち帰るために確保した約110キログラムの岩石を、サンプル用コンテテナに詰め込んでいた。シュミットに最後の科学計測機を手渡した後、司令官であるユージン・サーナン船長は、最後に風景を一瞥してから背後の宇宙船に乗り込んだ。

「我々は月を去るにあたり、来た時と同じように去る。そして天意に叶うならば、全人類の平和と希望を携えて我々は再びここを訪れるだろう」とヒューストンに向けた無線でサーナン船長は語った。そして、月面の低い山々や柔らかな彫刻のような丘の連なりの谷間に最後の靴跡を残し、着陸船の梯子を上った。

それから50年、米国航空宇宙局(NASA)は再び月面に宇宙飛行士を送り込む計画を立てている。ギリシャ神話のアポロの妹にちなんで「アルテミス(Artemis)」と名付けられたこの計画は、月の新たな領域を訪れて新たなサンプルを採取することを目的とし、初の女性や初の有色人種など、新たな面々を含めた月面着陸を目指している。

アルテミス計画が成功するかどうか、また、NASA幹部が望むように新たな月面着陸が宇宙開発で新たな「アルテミス世代」を鼓舞することになるかどうかが、さまざまに議論されている。アポロ計画は多くの人々が考えていたより早く立ち消えになったとは言え、同計画とアルテミス計画との違いは、確かに歴然としている。アルテミス計画は、サーナン船長までの宇宙飛行士たちを打ち上げてきたアポロ計画の宇宙開発ビジョンと比べると、正確さや機敏さで劣り、資金提供でははるかに劣っている。アポロが米国の創意工夫と資本主義の力を示す高価な記念碑として構想され実行されたのに対し、その姉妹計画であるアルテミスは、どちらかといえば米国の政治と惰性力を示すものになっている。

アルテミス計画は公式にはまだ3年しか経っていない。だが、この計画の部分的な要素はもう何年も、場合によっては10年以上も前から取り組みが実施されてきた。NASAや広く米国内の提携大学で研究されてきた補助的なプロジェクトの多くは、トランプ政権がこの計画に名称を与えるずっと以前から存在している。アルテミス計画の第1回打ち上げは燃料の問題と2つのハリケーンで2022年11月に延期されたが、そもそもそれ以前の発端からして不安定なものだった。

アルテミス計画には、さまざまな集団がそれぞれ支持する多くの異なる目的がある。宇宙愛好家の中には、単に我々の集団意識のなかに常に最大規模の訪問先として存在する月を再び訪れるための手段だと捉える人々もいれば、火星へつながる道だと捉える人々もいる。また、宇宙開発における米国の優位性を再び取り戻す手段だと捉える人々もいる。2011年のスペースシャトル退役時に最も目に見える形で失われたものだ。ほかにも、着手したのはアポロ時代であったにしろ、人類が月を見てあれは何だろうと考えたときから始まったと言って差し支えない科学的な発見や発明にとっての新時代を切り開く手段だと考える人々もいる。

2022年11月16日深夜、この計画の初ミッションとなる「アルテミス1号」と名付けられた無人テスト飛行が轟音を立てて宇宙へ向かった。アルテミス1号は、史上最強ロケットである「スペース・ローンチ・システム(Space Launch System:SLS)」によって宇宙へと運ばれた。自由の女神像の高さを4.5メートルほど上回るSLSは、オレンジ色の主タンクと両翼の白いブースターから成り、推進装置も打ち上げ様式も派生元であるスペースシャトルに似ている。打ち上げは何度も延期され、議会や複数のホワイトハウス高官からだけでなくNASAの内部監査室からも批判を受けたが、宇宙開発ファンや科学者たちは月への再訪に大いに盛り上がった。

だが、アルテミス計画の影には、不快な事実が隠れている。それは、ロケットによって運ばれる月へのミッションではなく、ロケットそのものが長らくNASAの有人宇宙飛行計画の主要目的になっているということだ。ロケットが実際にどこへ行くかは常に二の次で、目的地は何度も変えられてきた。もし何かがうまくいかなかったり、SLSがあまりにもコスト高、あるいは持続不可能とでも判断されたりすれば、月計画全体が失敗となるか、少なくともそれに似た判断を下される恐れがある。これは、半世紀ぶりに再び人類を月面に送る取り組みとしては不安定で不確かなスタートであり、もし月への再訪が実現したとしても、非常に短いものになる可能性がある。

2003年2月1日、テキサス州の上空に昼間の流星群かと思われるものが光った。それらの光る物体は、28回目の地球大気圏再突入の際に空中分解したスペースシャトル「コロンビア号」の破片だった。国家が7人の乗組員を追悼するなか、ジョージ・W・ブッシュ大統領はNASAが進むべき新たな道に取り組み始めた。

アルテミス計画はその取り組みに端を発している。コロンビア号の惨劇から1年足らずの2004年1月、ブッシュ大統領は「宇宙探査開発ビジョン」なるものを発表した。2011年までにスペースシャトルを退役させ、2016年までに国際宇宙ステーションを廃止し、「コンステレーション(Constellation)」という新たな計画に置き換えることを呼びかけた宇宙計画の再考だ。コンステレーション計画は、「アレス(Ares)」という月や火星への打ち上げも可能な新たな構成型ロケット、「オリオン(Orion)」という地球低軌道で人員を輸送する新たな宇宙船、そして「アルタイル(Altair)」という新たな月面着陸機で構成されるはずだった。

だが、コンステレーション計画は単なる発想の寄せ集め以上のものになることはなかった。2009年にバラク・オバマが大統領となった時点で、この計画はすでに予定より何年も遅れていた。オバマ大統領は、ロッキード・マーチンの元CEO(最高経営責任者)であるノーマン・オーガスティンを中心とする委員会を新たに招集し、コンステレーション計画を調査させた。オーガスティン委員会は、この計画はあまりにもコストがかかり過ぎて財源が不足するため、成功しないと判断した。NASAの他のミッションを脅かすことにもなる致命的な組み合わせだと監視団は指摘したのだ。オバマ政権はこのプロジェクトへの予算をゼロにし、国家が再び月へと向かう道は事実上遮断されることとなった。

「宇宙ステーションが廃止されるまではこの大型ロケットや月着陸船への資金提供が計画されないということは、この件について語ることを躊躇しない者なら誰もが認めていました」と …

こちらは有料会員限定の記事です。
有料会員になると制限なしにご利用いただけます。
有料会員にはメリットがいっぱい!
  1. 毎月120本以上更新されるオリジナル記事で、人工知能から遺伝子療法まで、先端テクノロジーの最新動向がわかる。
  2. オリジナル記事をテーマ別に再構成したPDFファイル「eムック」を毎月配信。
    重要テーマが押さえられる。
  3. 各分野のキーパーソンを招いたトークイベント、関連セミナーに優待価格でご招待。
人気の記事ランキング
  1. Who’s to blame for climate change? It’s surprisingly complicated. CO2排出「責任論」、単一指標では語れない複雑な現実
日本発「世界を変える」U35イノベーター

MITテクノロジーレビューが20年以上にわたって開催しているグローバル・アワード「Innovators Under 35 」。2024年受賞者決定!授賞式を11/20に開催します。チケット販売中。 世界的な課題解決に取り組み、向こう数十年間の未来を形作る若きイノベーターの発掘を目的とするアワードの日本版の最新情報を随時発信中。

特集ページへ
MITTRが選んだ 世界を変える10大技術 2024年版

「ブレークスルー・テクノロジー10」は、人工知能、生物工学、気候変動、コンピューティングなどの分野における重要な技術的進歩を評価するMITテクノロジーレビューの年次企画だ。2024年に注目すべき10のテクノロジーを紹介しよう。

特集ページへ
フォローしてください重要なテクノロジーとイノベーションのニュースをSNSやメールで受け取る