時差ぼけ、夜勤——概日時計の狂いを調整する薬は実現するか?
ヒトの身体は、大まかに24時間周期のリズムに従って動いている。24時間周期のリズムを作り出すのが「概日時計」だ。概日時計を薬で調節できたら、シフト勤務や時差ぼけでリズムを崩しやすい人々にとって朗報となるだろう。 by Jessica Hamzelou2023.01.24
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
私たちが持つ生物時計は1つだけではない。加齢とともに進む時計のほか、脳内にある概日時計は人体のリズムを刻んでいる。この時計は、起床時間や食事時間、睡眠時間を制御している。
しかし、概日時計の役割はそれだけではない。細胞や臓器にある何百もの分子時計に作用することで、ヒトの身体の働きのもっと細やかな部分まで制御しているのだ。例えば代謝を制御する時計や、遺伝子がタンパク質を合成する過程を制御する時計などがある。こうしたことを考えると、時差ぼけやシフト勤務などで概日リズムが乱れると、健康に悪影響が出るのは当然のこととも言える。
科学者たちは現在、個々人の概日リズムに応じた治療法を研究している。また、概日時計そのものを標的とした医薬品の開発も進められている。私たちは将来的に、概日時計をハックして健康を改善できるようになるのだろうか?
概日時計は、時を刻み続けるというよりも、24時間周期で同じことを繰り返すものだ。この時計は本質的には、共同で働く遺伝子とタンパク質のクラスターである。例えば、概日時計のうちいくつかの遺伝子は、日中にタンパク質を合成するものだとする。十分な量のタンパク質が合成されると、夜間にさらにタンパク質が合成されないように遺伝子を抑制する。タンパク質の量が低くなりすぎると、朝になって遺伝子のスイッチが再びオンとなる。このサイクルを繰り返すわけだ。
こうした周期は、体内で制御されており、脳の視床下部にある「マスター・クロック」と呼ばれる機構がその役割を担っている。この時計は、他のすべての時計を同期させるものだと考えられている。マスター・クロックは独自のリズムを刻んでいるが、その一方で、眼から入る光量、食事や睡眠の時間など、行動の影響も受けている。
分子時計は、さまざまな生物学的機能に影響を与えることが明らかにされてきた。マウスを使ったある研究では、遺伝子の43%が何らかの形で概日リズムに従っていることが判明した。大部分の遺伝子は、夜明け前と夕暮れ前の「ラッシュ・アワー」に、より多くのタンパク質を合成しているようだ。
ヒトを対象にして同じような研究をするのはかなり難しいが、ヒト遺伝子の多くがマウスの遺伝子と似たような働きをしているのは事実だ。ヒトのホルモンや免疫細胞は概日パターンを示しており、1日の間に変動しているように見える。
ヒトのマイクロバイオームでさえも、1日周期で変動しているようだ。科学者が研究参加者の便サンプルを分析したところ、ある種の腸内バクテリアは日中に増加し、別のものは夜間に増加するらしいということが分かった。たとえば、腸内のデンプンや食物繊維を分解するバクテロイデス( Bacteroidetes)属バクテリアの相対量は、夜間に6%高かった。このことがヒトの健康にどのような意味を持つかはまだ明らかではないが、興味深いことに、肥満や2型糖尿病の患者でこうしたパターンが乱れているようだ。
これらの疾患は、いずれも夜勤のある職種に多い傾向があるが、こうした人はまた、循環器疾患やがんのリスクも高い。繰り返しになるが、こうしたリスクのうち、どの程度が概日リズムの乱れによるものかを正確に把握するのは難しい。しかし研究によると、夜勤によって一部の遺伝子がタンパク質を合成するタイミングがずれることが示唆されている。その中には、免疫系に重要なタンパク質、特にがん細胞を殺す働きを持つタンパク質も含まれている。
以上の事実を踏まえると、現在、概日リズムを再調整するツールの探索が進められているのも不思議ではない。メラトニンや光療法に信頼を置く者もいれば、食事や睡眠のタイミングを変えることで自らの概日リズムに働きかけることもできる。しかし科学者たちは、分子時計に直接働きかける薬を探している。
一例として、「KL001」を紹介しよう。この化合物は、「CRY」と呼ぶタンパク質に作用する。時計遺伝子によってCRYの合成がオンになり、CRYタンパク質が高値になると時計遺伝子のスイッチはオフになる。
KL001は、CRYタンパク質のレベルを高い状態に保つように働くことで、概日周期の長さに影響を与えることができる。それによって、同じく概日リズムに従って動いている肝臓の遺伝子に、連鎖的な影響を与えることも可能となる。シャーレ内の細胞を使った研究によると、肝細胞がグルコースを作る過程さえも制御できるという。理論上は、このような薬があれば、シフト勤務が代謝機能に及ぼす影響を最小限にとどめ、糖尿病のリスクを低減させることができるかもしれない。
しかし残念なことに、この薬をヒトに対して使用できるようになるまでには、まだかなりの時間がかかるようだ。だからといって、研究する価値のない魅力の欠けたアイデアというわけではない。こうした研究の過程で、既存の治療法を個々人の概日リズムに基づいて調整することが可能になるかもしれないからだ。
ヒトは皆、大まかに1日24時間周期で活動しているが、その周期には個人差がある。大抵の場合、人々はいずれかの「クロノタイプ」に分類されると考えられている。クロノタイプとは、起床時間、覚醒時間、睡眠時間などを大まかに定めるものだ。要するに、朝型人間か、夜型人間かということだ。一部の研究者は、もしある人の1日の概日時計の変動を分子レベルでより正確に捉えることができれば、投薬や手術に最適な時間を割り出すことができるかもしれないという。
こうしたアイデアの中には、長年言われ続けてきたものもあることを考えると、あまり進展していないのは少し残念に思う。しかし、この研究分野は極めて重要なものだ。概日リズムの狂いがもたらす影響は、おそらく誰もが経験したことがあるはずだ。時差ぼけは辛いものだし、夜遅くまで仕事をすれば、翌日は体調が悪く、グッタリしてしまう。誰もが皆、夜中にスマホやPCの画面を見続けたときの悪影響について耳にしたことはあるだろうが、夜寝る前や起き抜けにスマホをチェックしていないと正直に答えられる人がどれだけいるだろうか。
寝る時間が近づいたらスマホの電源を切り、夜間は人工的な光を避けるべきであることは、誰もが知っている通りだ。規則正しい時間に就寝し十分な睡眠をとることも、概日リズムを正常に保つには当然欠かせない。少なくともちょうどこの時期は、1年の新たな目標を立てるにはベストのタイミングでもあるのだから。
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- ジェシカ・ヘンゼロー [Jessica Hamzelou]米国版 生物医学担当上級記者
- 生物医学と生物工学を担当する上級記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、ニューサイエンティスト(New Scientist)誌で健康・医療科学担当記者を務めた。