中国テック事情:ツイッターの性的広告、政府工作ではなかった?
ゼロコロナ政策に反対する市民による抗議活動を封じ込めるため、ツイッター上に中国政府が大量の性的スパムを投稿しているとの噂が拡散された。だが、実際はただの偶然だったようだ。 by Zeyi Yang2023.01.05
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
数週間前、中国政府の厳格なゼロコロナ政策に反対する市民らによる抗議運動がピークを迎えていた頃、人々はショックを受けていた。ツイッターで中国の主要な都市を検索すると、出会い系や派遣型の性的サービスに関する中国語の広告が延々と流され続けたからだ。その時、人々はこうした広告を流すことが中国政府による戦術なのではないかと疑った。検索結果を広告で埋め尽くすことにより、抗議運動に関する情報へと人々がアクセスできないようにしているのではないかと考えたのである。
だが、こうしたスパム広告は結局のところ、中国政府とは何の関係も無いのかもしれない。スタンフォード・インターネット観測所(Stanford Internet Observatory)が12月19日に公開したレポートはそう伝えている。「スパムは確かに抗議運動に関するまともな情報を押し流した。しかし、それが意図的なものであったという証拠も、中国政府が計画的に行った作戦であるという証拠もありません」と、レポートの著者であるデビッド・ティール主席テクノロジストは述べている。
その実態は、ツイッター上で常に蔓延している、営利目的の一般的なスパムボットに過ぎない可能性が高い。こうした特定のアカウントは、性的コンテンツを見るために海外のネットワークを利用する中国人ユーザーの注意を惹きつけることを目的としている。
では、スパムが「 急激に大きく増加した 」ことは単なる偶然だったのだろうか? 端的に言えば、その可能性が非常に高い。こうしたボットは中国政府とは無関係であるとティール主席テクノロジストが考える主な理由が2つある。
1つ目の理由は、これらのアカウントはずっと前からスパムを投稿していたということだ。60万個以上のスパム・アカウントを対象として、11月15日から29日の間のアクティビティをデータ分析したところ、抗議運動が起こる前の方がツイート回数が多く、頻度も高かったことが分かったという。別の分析では、抗議運動に関する議論が徐々に落ち着いていった後ですら、スパムの投稿が続いていたことが分かった。
こちらの2つのグラフをご覧いただきたい(参考までに伝えると、抗議運動がピークを迎えたのは11月27日の前後である)。
では、抗議運動中にスパムの活動が急激に活発化したのは、単なる気のせいだったのだろうか? このグラフによれば、11月に入ってから実はボットアカウントがさらに増えていることが分かる。
だが、コンテンツのモデレーションには時間がかかることを忘れてはならないと、ティール主席テクノロジストは言う。人々は「生存者バイアス」と呼ばれる効果を無視しがちである。古いスパムコンテンツやアカウントは常にツイッター上から除去されている。しかし、研究者らは凍結されたアカウントに関するデータを持っていない。従って、このようなグラフで可視化されるのは、ツイッターのスパムフィルターから逃れたアカウントのみだ。11月にスパム・アカウントが急増したように見えたのもそのためである。凍結されたアカウントに代わって、最近作成された新しいアカウントが登場したため、アカウントが増えたと錯覚させるのだ。これらの新しいアカウントは今も活動をしているが、すべてが生き残るわけではない。従って、今から数か月後のこのグラフには、これらのアカウントの数が反映されることはないだろう。言い換えれば、抗議運動の直後にデータを分析していたら、スパムが最近になって増え始めたように見えても 不思議ではないということだ。しかし、スパムが増えたように見えるだけであって、実際に増えたわけではない。
2つ目の理由は、スパム用アカウントによって抗議運動に関する情報が実際に封殺されたという成果がはっきりと確認できないことだ。派遣型性的サービスの広告スパムには、多くの主要な中国の都市名がキーワードやハッシュタグとして含まれていた。しかし、これらのスパムは「#A4Revolution」や「#ChinaProtest2022」といった、抗議運動について議論するために実際に使われていたハッシュタグをターゲットとしているわけではないことに、ティール主席テクノロジストは気がついた。「政府が抗議運動を鎮静化しようとしていたなら、こうしたハッシュタグを利用しないはずがありません」。こうしたより強い影響力を持ったハッシュタグを含む約3万件のツイートをティール主席テクノロジストは分析した。しかし、「その中にスパムを見つけることはできなかった」と言う。
「そのコンテンツが中国語であるからという理由だけで、人々はそれが政府の仕業であると考えがちです」と、ティール主席テクノロジストは言う。「確かに、中国政府はこれまでも情報操作のためにネット上でいくつもの作戦を実行してきました。だからといって、今回のスパム急増も政府がやっているに違いない、と考えるのは早計だと私は思います」。
これらの点を踏まえ、抗議運動中に見られた性的コンテンツの広告は、営利目的の一般的なスパム(実際、かなり儲かる可能性がある行為でもある)だろうというのが、ティール主席テクノロジストの考えだ。国内のプラットフォームでは性的コンテンツに対する検閲がより厳しくなったため、中国市民はしばしば性的コンテンツを得るための別の方法を探し求めることがある。中国市民はスチーム(Steam)のようなコンテンツ配信サービスを用いたり、おなじみのVPNによってツイッターのような国際的プラットフォームへとアクセスしたりしている(ツイッターは性的コンテンツに比較的寛容な主要プラットフォームの1つとして知られている)。
そのため、ツイッターは性的サービスを広告するにはこの上ない場所となっている。その一方で、詐欺師たちにとっても活動しやすい場所となっている。ニューヨーク・タイムズ紙の記者たちは、こうしたスパム広告を出すネット広告企業に取材している。この企業は、1か月間の広告キャンペーンを1400ドルという費用で提供していた。こうしたアカウントの中には、本物の性的サービスや、性的コンテンツを共有するための「プレミアム・グループ・チャット」へとユーザーを誘導してくれるものもあるだろう。一方、その他のアカウントは詐欺を目的としている。詐欺アカウントは本当に性的サービスを受けられるかのように見せかけ、「交通費」といった名目で、ネット経由で前払金を要求してくることを、中国のインターネット・ユーザーが明らかにしている。可能な限り金を搾り取った後に、詐欺師は連絡を一切してこなくなる。実際に、こうした詐欺師や関連するアカウントを暴き出すことを目的とした中国語のツイッター・アカウント(職場での閲覧注意)すらも存在している。
しかし、中国市民がツイッターを性的コンテンツにアクセスする手段として利用しているという背景や、性的コンテンツのスパムがずっと前から存在していたということを、誰もが知っているわけではない。だから、政府が黒幕であると考える人がいても責めるべきではない。結局のところ、なぜ人々はスパム用アカウントが中国のプロパガンダ組織によって運営されていると容易に信じてしまうのだろう。その主な理由は2つあると私は考える。
ティール主席テクノロジストの言うように、中国政府はこれまでにツイッター上で数多くの情報操作活動を裏から操ってきた。 政府は、実在しない人物のアカウントを作成したり、自動化された活動によって特定の人物に嫌がらせをしたりしてきた。例えば、2019年に中国政府はスパム用アカウントを利用することで、親中的なメッセージを拡散させ、香港の民主運動家たちを攻撃した。これらのアカウントの一部は、大量の性的コンテンツを投稿していた。どこかで聞いたことのあるような話ではないだろうか?
しかし、戦略的対話研究所(ISD:Institute for Strategic Dialogue)の上級アナリストであり、2019年の政府による工作活動を分析したエリーゼ・トーマスによれば、実際の状況は全く異なるものだという。トーマス上級アナリストは中国政府によって使われたボットアカウントを発見した。これらのアカウントは当初、営利目的の性的なスパムを投稿していたが、後に中国政府の機関へと売却され、プロパガンダ拡散のために使われるようになった。こうした経緯が判明したのは、売却後もアカウントの履歴が削除されていなかったためだ。「中国の機関は古い営利目的のアカウントを購入することがあります。その中には、性的コンテンツ、スパム、暗号通貨などに関連するツイートを投稿していたものも含まれるのです」。つまり、故意に性的コンテンツを投稿していたのは中国政府ではなく、ボットの元の所有者だったわけである。
もちろん、中国政府も戦術を進化させる可能性はある。しかし、政府がソーシャルメディアに干渉する能力を過大評価しないようにすることが重要だ。
最後にもうひとつ、重要なことを付け加えなければならない。研究者にとって、企業内部の分析データが入手できない場合、外国政府がソーシャルメディア上の活動に関与していると断定することは大抵難しい、ということだ。
「ソーシャルメディア上のアカウントと中国政府との繋がりが存在すると断定できるのは、ソーシャルメディア企業だけです。彼らだけが、その繋がりを示唆する正確な情報を得られるのですから。公開されている情報だけに基づいて、個人のアカウントと国に関連する可能性のあるアカウントを区別することはとても難しいのです」。オーストラリア戦略政策研究所(Australian Strategic Policy Institute)で中国の情報操作について研究するアルバート・チャン分析官は言う。「ツイッターやメタ(Meta)は、これまでの中国政府による工作活動に関する情報を公開しています。そうした公開情報を参照し、その中に見られる行動パターンに基づいて、政府が関与している可能性がどれくらいあるのかを評価する。これが研究者にできることです」 。
イーロン・マスクに買収される前まで、ツイッターは外部の研究者を対象とした情報公開やデータ共有を積極的に進めるソーシャル・ネットワーク企業の1社だったと、私が取材した研究者たちは述べていた。しかし、買収前ですら、ツイッターはアカウントが外国政府と関連しているかどうかを判定するために使える内部データを公開することはなかった。
ツイッターがますます混乱した状況に陥っている今となっては、研究者との協力もますます難しくなっている。「ツイッターとの研究協力は現在、全く先行きが読めません。通常、こうした状況では研究者はツイッターと協力します。そして、ツイッターが政府による活動を確認したかどうかを尋ねます。それから、そうした活動を抑制し、起こらないようにするには何ができるかを模索するのです」と、ティール主席テクノロジストは私に述べた。しかし、大勢の従業員がツイッターから脱出したため、スタンフォード・インターネット観測所と協力していた従業員は社内に1人も残っていない。研究者たちは現在、ツイッターと直接連絡を取るための窓口を失っているのだ。
外国政府による工作活動を特定し、公にすることは既に困難な作業となっている。テクノロジー企業と研究者との協力が無ければ、正確に政府に責任を負わせることは一層難しくなるだろう。マスクが経営者になったからといって、状況が良くなるだろうか?
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中国関連の最新ニュース
1.ゼロコロナ体制が大幅に緩和されて以降初となる同感染症による死者が2名出たことを12月19日、中国政府が発表した。(AP通信)
- しかし、実際には報告されている以上に死者が出ていると見られる。北京の火葬場に勤める人物は、新型コロナウイルスに感染した死者の遺体を1日で30体も受け入れたと述べている。(フィナンシャル・タイムズ紙 )
2.中国が国内の半導体産業を支援するために、追加で1兆元(1430億ドル)の投資を計画している。(ロイター通信 )
3.米国が一部の中国企業を監査し、軍事製品を製造しているかどうかを確認することに中国政府は同意していた。その結果として、米商務省は中国企業36社を禁輸リストに追加した。一方で、同省は25社の中国企業を未検証リストから除外し、中国側も恩恵を得ることとなった。(フィナンシャル・タイムズ紙 )
4.インスタグラム上でミームを拡散する中国語アカウントが、冗談や、古い写真や、抗議運動に関するニュースなどを用いて、世界各地の中国人コミュニティと、国内の若者たちとを繋ぐ架け橋を創り出している。(ワイアード)
5.米国の連邦議員および州議会議員らが、政府関係者の携帯電話でのティックトックの利用禁止に向けて動いている。(サウスチャイナ・モーニング・ポスト紙 )
6.中国企業が世界初となるメタンを燃料とするロケットの打ち上げを試みた。その試みは失敗に終わった。(スペース・ニュース誌)
7.フォードは中国のバッテリー大手企業であるCATL(寧徳時代新能源科技)と共同で、ミシガン州にバッテリー工場を建設するという計画を進めている。米中の企業による複雑な計画ゆえに、地政学的な懸念を引き起こさないことが課題となる。(ブルームバーグ )
8.国政において対立することの多い共和党と民主党だが、中国には強硬姿勢で臨むべきとの点で両党の意見は一致している。だが、コーネル大学の研究者で、バイデン政権で1年間働いた経験も持つジェシカ・チェン・ワイス教授は、両党が揃って強硬姿勢を取ることを公然と批判している。(ニューヨーカー誌 )
- バイデン政権が部局横断的な部署である「チャイナ・ハウス」を発足させた。(ポリティコ)
9.作家であるサリー・ルーニーの読者が中国で増加している。その理由は2つある。1つは、中国の若者がルーニーの作品の中に自分たちの姿を見出しているためである。もう1つは、アイルランド人であることにより、悪化していく米中関係からルーニーが護られているためだ。(エコノミスト誌 )
市販の解熱剤、なぜ品薄?
中国全土の都市が新型コロナウイルス感染者の急激な増加への対応に苦慮する中で、市販の解熱剤が大人気となっている。しかし、なぜイブプロフェンのような一般的な薬が、あっという間に売り切れてしまうのだろうか?
医療業界の関係者が中国の医療に関連するニュースを伝えるメディア、サイバイラン(Saibailan)に語ったところによると、国内医薬品メーカーの多くはこれまでイブプロフェンの製造を躊躇していたという。新型コロナウイルス対策が12月に緩和されるまで、市民が解熱剤を購入することは厳しく制限されていたためである。現在は需要が高まっているものの、イブプロフェンのサプライチェーンが生産ペースを元に戻し、需要に応えられるようになるまでには時間がかかる。
生産ペースを上げ、医薬品の供給を確かなものにするべく、地方自治体も介入をしている。一部の自治体は薬局に対し、イブプロフェンの供給量を制限し、販売数を一人あたり6錠以下に抑えるように要請している。製薬工場を買収し、他の地域で解熱剤が売られないようにしている自治体すらあるという。
あともう1つ
2022年に中国で流行したインターネット・スラングはもうチェック済みだろうか? 上海の地方メディアが、まとめリストを発表している。トップ10を占めるスラングは、新型コロナウイルスの流行を反映したもの、ソーシャルメディア上で話題となったものが多い。「团长」(ツァンチャン)は、上海で2か月にも及んだロックダウンの最中、食料品の大量注文を取りまとめていたボランティアたちのことを指す。「嘴替」(ズイチー)は、普通の人なら言う勇気のないことや、うまく言葉にできないことに関して、公に話すことができる人を意味している。第1位となったスラングは私を最も困惑させるものでもあった。それが「栓Q 」(シャンキュー)である。返す言葉が無い時や、うんざりした時に、大げさに「サンキュー」と言っているだけなのだが、ネットの流行に理屈は必要ないのかもしれない。
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- ヤン・ズェイ [Zeyi Yang]米国版 中国担当記者
- MITテクノロジーレビューで中国と東アジアのテクノロジーを担当する記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、プロトコル(Protocol)、レスト・オブ・ワールド(Rest of World)、コロンビア・ジャーナリズム・レビュー誌、サウスチャイナ・モーニング・ポスト紙、日経アジア(NIKKEI Asia)などで執筆していた。