KADOKAWA Technology Review
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「X」最新プロジェクトは
ロボット「海藻」調査、
本誌記者が現場に初潜入
Agoes Rudianto
気候変動/エネルギー Insider Online限定
Inside Alphabet X’s new effort to combat climate change with seagrass

「X」最新プロジェクトは
ロボット「海藻」調査、
本誌記者が現場に初潜入

かつて「グーグルX」と呼ばれたアルファベットの新規事業部門である「X」は今、気候変動への取り組みを進めている。水中カメラやコンピューター・ビジョン、機械学習を活用して、海藻の炭素吸収量を見積もるプロジェクトだ。 by James Temple2023.01.27

2022年9月下旬、インドネシア東部にあるサソリの形をした火山島、フローレス西部の海岸で、ビアンカ・バーマンは海藻の草原の上をシュノーケリングしていた。バーマンは海底に向かって足ひれをゆっくりと動かしながら進み、小さないかだのような装置に吊るした水中カメラを操る。

この水中カメラはステレオ(立体視)カメラで、わずかに異なる角度から高解像度の映像を2種類撮影し、海底に生えたリボンのような葉の3Dマップを作る。

バーマンは、タイダル(Tidal)のプロジェクト・マネージャーだ。彼女のチームではこうしたカメラに加えてコンピューター・ビジョンと機械学習を駆使し、海中の生き物を調査している。タイダルでは同じカメラ・システムを使って、ノルウェー沿岸の養殖場で数年にわたって魚を監視してきた。

この記事では、タイダルが独自のシステムを使って世界中の海藻生息地の保護と回復を目指し、海洋の力を活用して、より多くの二酸化炭素の吸収と貯蔵を試みる活発な取り組みを紹介する。

タイダルは、アルファベット(グーグル)の「X」部門、ムーンショット・ファクトリーと呼ばれるプロジェクトの1つである。タイダルのミッションは、汚染、乱獲、海洋酸性化、地球温暖化の脅威が高まる中、海洋保護の取り組みに関する情報を提供し、活動を奨励することで、水中の生態系への理解を高めることだ。

バーマンは、タイダルのツールは「海洋世界に絶対に必要な分野を解き明かせます」と言う。

20世紀半ばと同程度の水準の気温を維持するためには、現状よりもさらに年間数十億トンの二酸化炭素を除去する必要がある。そして、そのかなりの部分を海洋で吸収できる可能性があると複数の研究が示している。しかしそのためには、沿岸の生態系の回復、より多くの海藻の生育、プランクトンの成長を促進する栄養の付加などが必要だ。

タイダルが最初に海藻に着目したのは、海藻は成長が早く、特に浅瀬で二酸化炭素を効果的に吸収できるからだ。もしコミュニティや企業、非営利団体などが海藻生育地を広げるための対策を講じれば、現在よりもはるかに多くの二酸化炭素を吸収できるかもしれない。

とはいえ、海藻がどれだけの炭素を吸収しているのか、また気候の調節にどれだけの役割を果たしているのか、研究者たちはまだ基本的なことしか分かっていない。海藻生育地を回復する取り組みが実際に炭素の吸収量を増やすことを証明するための知識と、コストの低い手段がなければ、気候変動の進展を追跡し、そのような活動に対価を支払う説得力のある炭素クレジット市場を構築するのは難しい。

タイダルは撮影した海藻の3次元マップから、そこに保持されている炭素量の信頼性の高い推測値を導き出すモデルとアルゴリズムを開発することで、この問題を解決する糸口を作ろうとしている。うまくいけば、タイダルはこのデータ収集テクノロジーを自動化し、これまでにはなかった海藻の炭素吸収量を検証するツールを実現できるはずだ。それは海洋を利用した炭素クレジットに関するプロジェクトや市場の活性化と信頼性の向上につながり、海洋生態系の回復と気候変動の抑制に役立つかもしれない。

研究チームではこのツールの自律版の開発を構想している。カメラを搭載して海岸線を遠隔監視できる遊泳ロボットが、バイオマスの増減を推定する。

「海藻による炭素吸収とバイオマス形成のシステムを定量化して測定できれば、その保護と維持のための投資を活性化できるでしょう」とタイダルのニール・ダヴェ事業部長は言う。

さまざまな課題の中でも、特に変化し続ける炭素濃度を地球上の遠く離れた場所からタイダルのテクノロジーで正確に推定できるのか、疑問視する研究者もいる。さらに自然を利用した炭素クレジットへの批判も高まっている。いくつもの調査や報告書では、炭素クレジットの取り組みは気候変動の抑制効果を過大評価し、環境リスクを生み出し、環境に対する公正な判断に懸念をもたらすと指摘している。

ダヴェ事業部長は、タイダルの構想がどこまでうまくいくかはまだ分からないと認めている。タイダルのチームがオーストラリアの研究者グループと共にインドネシアに行ったのは、まさにそれを確認するためだと話す。

「X」部門

グーグルは2010年初頭、当時「グーグルX」と呼ばれていた組織を立ち上げ、次のグーグルを生み出すような、大規模かつ困難で、奇抜なアイデアを追求し始めた。

グーグルX発の自動運転車プロジェクトは、今ではウェイモ(Waymo)の名で知られる企業に引き継がれた。ほかにも、ユーチューブのレコメンデーションやグーグル翻訳をはじめとするグーグルの多くのコア・プロダクトを強化する機械学習ツールを開発してきた「グーグル・ブレイン(Google Brain)」がある。拡張現実(AR)ヘッドセットのグーグル・グラスを世に出したのもグーグルXだ(世の中が望んでいたかどうかは別だが)。中には、宇宙エレベーターやテレポーテーションなどの短命なプロジェクトもあった。

X部門は設立当初から気候変動に関連するプロジェクトを推進してきたが、この分野の実績は今のところ順調とは言い難い。

例えば、ループ状の大型凧から風力エネルギーの取り込みに奮闘していたマカニ(Makani)を買収したものの、2020年には閉鎖している。また、海水からカーボン・ニュートラル(炭素中立)燃料を製造するプロジェクト「フォグホーン(Foghorn)」も進めていたが、ガソリンと同等のコストで製造するのが難しいことが分かり、中止された。

気候変動に関するX部門からの「卒業生」として、現在も続いているプロジェクトは2つある。1つはスピンアウトして独立企業となったマルタ(Malta)で、溶解塩を利用した送電網にエネルギーを「熱」として貯蔵する事業が継続している。もう1つのダンデライオン・エナジー(Dandelion Energy)は、地熱エネルギーを利用して住宅の冷暖房を提供している。しかし、どちらの事業も比較的小規模のままで、まだそれぞれの市場で支持を得るのに苦労している。

設立から12年を経たX部門は、気候変動対策やクリーン・テクノロジーの分野では大きな成功をまだ収めていない。Xの戦略の転換、そしてタイダルのような現在の気候変動関連への取り組みが、その実績の改善につながるかどうかは分からない。

X部門のアストロ・テラー責任者は、MITテクノロジーレビューに対し、Xは当初「抜本的なイノベーションを追求していました」と言う。しかし、さまざまな面で徐々に「厳密さ」の比重を高め、追求するアイデアの実現可能性を重視するようになったと話す。

X部門の初期の気候関連の取り組みは、全体としてリスクが高いハードウェア中心のプロジェクトだった。斬新な方法で電気や燃料、貯蔵施設を生産し、エネルギー・テクノロジーや温室効果ガス排出対策に直接取り組むものだった。

現在、X部門が実施を公表している気候変動対策プロジェクトは明らかに異なる。タイダル以外には、ソーラーパネルを搭載したロボットと機械学習で農業活動を改善するミネラル(Mineral)、送電網管理のシミュレーション・予測・最適化の方法を開発しているタペストリー(Tapestry)の2つがある。

X部門はタイダル、ミネラル、タペストリーといったプロジェクトによって、産業界が環境危機への取り組みを強化し、より暑くて厳しい世界でも生態系が生き残れるようにするツールを作っている。また、アルファベットが得意とするロボット工学に関する専門知識や、人工知能(AI)を使って膨大なデータから知見を得る能力を活用している点も特徴だ。

こうした取り組みは、それほどイノベーティブには見えないかもしれない。例えば、空飛ぶ風力発電機などに比べれば、これらはムーンショットではなく実現しやすいテクノロジーに見える。

テラー責任者はこの新しい考え方が「現在のX部門で見られる事業の性質を、変えつつあるかもしれません」と認める。だが、その一方で、Xが取り組む課題が以前ほど困難でも大規模でもなく、また重要でもなくなっているという指摘は受け入れない。

「対象範囲が変わっただけで、タイダルが何らかの言い訳をする必要があるとは思いません」。

「人類には海が必要ですし、人類は海を滅ぼしつつあるのです」とテラー責任者は付け加える。「人類のために海からもっと価値を引き出し、同時に海の資源を枯渇させ続けるのではなく、再生する方法を見つける必要があります。そして自動化テクノロジーを海で活かす道を見つけない …

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