世界初、核融合実験でエネルギー純増を達成=実現可能性示す
ローレンス・リバモア国立研究所は世界で初めて、核融合の実験炉において、投入したエネルギーより多くのエネルギーを産生する「エネルギー純増」の達成を発表した。核融合発電を直ちに実用化する道筋は見えていないが、実現可能性を示す画期的成果である。 by Casey Crownhart2022.12.17
何十年もの試行錯誤の結果、科学者らは核融合研究の一里塚に辿り着いた。ついに、投入した量を超えるエネルギーを生み出す核融合反応を実現したのだ。
米国エネルギー省のジェニファー・グランホルム長官は2022年12月13日、ローレンス・リバモア国立研究所の国立点火施設(National Ignition Facility)の研究者らが、核融合研究にとっての象徴的成功となる、エネルギー純増として知られる状態を達成したと発表した。
今回の成果は、核融合エネルギーが基本的に実現可能であることを示すものであり、研究者らが1950年代から追い求めてきた成果である。だが、この科学実験には世界でも有数の強いレーザーが必要であり、核融合発電を直ちに実用化する道筋は見えていない。さらに多くの科学的・工学的ブレークスルーがあって初めて、核融合を研究所の実験から商業的テクノロジーへと進化させ、信頼性の高いカーボンフリーのエネルギーを送電網に届けることができるようになるだろう。
核融合反応では、原子炉であれ恒星内部であれ、原子が互いに衝突して融合する過程で、エネルギーを放出する。核融合エネルギーの目標は、燃料をその場に留まらせ、反応を維持するために投入されたエネルギー量よりも多くのエネルギーを核融合反応から得ることである。現在に至るまで、実証されたことはなかった。
国立点火施設での今回の核融合反応は、これを達成したのである。レーザーを用いて反応炉に投入された2.05メガジュールを上回る、3.15メガジュールのエネルギーを生み出した。昨年、同施設では、レーザーで投入したエネルギーの約70%を生成することに成功した。このレーザーを稼働させるには、反応炉へ供給するよりも多くのエネルギーが必要となる。それでも、システム内でのエネルギー純増だけでも画期的な節目といえる。
マサチューセッツ工科大学の原子力科学・工学の責任者であるアン・ホワイト博士は、「業界にとって大きな後押しとなります」という。しかし、核融合による電力がすぐに送電網に送られるわけではないと付け加える。「それは現実的ではありません」。
この研究所では、世界でも有数の大きさとパワーを誇るレーザーを用いて、慣性閉じ込め方式と呼ばれる核融合の手法を利用している。慣性閉じ込め方式では、瞬間的な力を用いて、核融合に用いるプラズマを閉じ込める。
慣性閉じ込め方式は、エネルギー純増を達成した最初の核融合方式となった。しかし、核融合の商用化を考えると、最も可能性が高い方法とはいえない。多くの核融合研究者は、磁場閉じ込め方式、特に「トカマク型」と呼ばれるドーナツ型の原子炉が今後の有力な道筋と考えている。
慣性閉じ込め方式の実験で得られた今回のエネルギー純増は、トカマク型などの他の核融合方式にも転用できるわけではない。ホワイト博士によると、そこに至るまでの物理学や工学のさまざまな概念が異なっているのだという。
コモンウェルス・フュージョン(Commonwealth Fusion)などのように磁場閉じ込め方式を追求する潤沢な資金のスタートアップ企業もあれば、ヘリオン・エナジー(Helion Energy)のように磁場・慣性閉じ込めハイブリッド方式に取り組む企業もある。さらに、TAEテクノロジーズ(TAE technologies)のように他の方式を目指している企業もある。ホワイト博士が指摘するように、どの企業も最終的にはエネルギー純増を達成できると主張している。エネルギー純増が核融合を用いた電力システム実現の第一歩だからだ。
それでもなお、何十年も成果を追い求めてきた核融合業界にとって、エネルギー純増の達成は非常に意義深いことである。
TAEテクノロジーズのミヒル・ビンダーバウアーCEO(最高経営責任者)は「これは重大な瞬間です」と言う。さまざまな核融合方式における工学は異なるだろうが、同CEOは、もっとも基本的なレベルで核融合発電が機能することが証明された瞬間であると見ている。
ホワイト博士は、エネルギー純増を達成した核融合研究にとって、次の一歩は、供給エネルギーよりわずかな増量ではなく、はるかに多いエネルギーを生産することだという。これは、慣性閉じ込め方式においては特に重要となる。なぜならレーザーは効率が悪く、核融合炉への供給エネルギーよりも送電網から受け取るエネルギーの方が多いからだ。つまり核融合炉内ではエネルギー純増であっても、実際には、3.15メガジュールを生成するために約300メガジュールのエネルギーが送電網から使われているのだ。
ローレンス・リバモア研究所のキム・ブディル所長が発表後の記者会見で述べたところによると、国立点火施設のレーザーが設計されて以来、より効率的なレーザーテクノロジーが開発されてきた。研究者らは、核融合反応により、僅かな量ではなく数百メガジュールのエネルギーを生成する道筋も見えているという。
信頼性が高く、繰り返し大量のエネルギーを生成できる核融合炉の開発は、容易なことではない。核融合エネルギーの商業利用が可能となるまでには、まだ何度も大発表を待たねばならないだろう。
それでもエネルギー純増の達成は、国立研究所の非実用的な核融合炉内でのことであっても、核融合にとって画期的成果である。ブディル所長が記者会見で語ったとおり、「これは、核融合の実現可能性を証明するもの」なのだ。
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- ケーシー・クラウンハート [Casey Crownhart]米国版 気候変動担当記者
- MITテクノロジーレビューの気候変動担当記者として、再生可能エネルギー、輸送、テクノロジーによる気候変動対策について取材している。科学・環境ジャーナリストとして、ポピュラーサイエンスやアトラス・オブスキュラなどでも執筆。材料科学の研究者からジャーナリストに転身した。